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第129話 クマさん、一緒に踊りまSHOW!!

 月面都市の、よく整備された道を進んでいた。


 筏車の後ろには同じく筏のような形をした牽引車(全長は筏車の二倍くらい)をつなげて、その上に”白薔薇”の部品を積載する。


 月の低重力によるところが大きいのだけれど、筏車は貧相な見かけによらずハイパワーで、明らかに過重積載だろうと思われる物量を一度に運んでいた。


「片道一時間半ってところね」


 メルヘン城へと続く橋の袂で荷降ろしを行う。スピードもあまり出せないし、道が入り組んでいることもあって、結構時間がかかってしまった。


 月での活動時間は各々四時間以内に定め、二班体制でローテーションを組んだ。月面からAEWに戻った際に動けなくならないための処置だ。遺跡内に白薔薇で小さな拠点を造ったのは、帰還時に、突然六倍の重さになってのしかかる自重を支え切れず動けなくなった場合に備えてのものだった。遺跡内に漂う高濃度のマナから隔離しながら体を慣らし、事故を防ぐ。


 僕は重力関係なしにずっと滞在できるのだけど、花太郎との兼ね合いでローテーションに組み込まれた。通信の為だ。


 ユリハと悠里が各班の班長となり、筏車の運転も担った。ユリハには作業員も兼ねて花太郎が、読唇術が使える悠里には僕が通信士となった。

 さらにカイドを班長とするもう一班が、ムーン・グラードの拠点から、遺跡内へと荷物を運ぶ。


 事故もなく安全に作業できたのはよかったけれど、”白薔薇”の部品すべてをメルヘン城の橋の袂まで運び終えるのに三日かかった。アズラだったら屋根づたいにピョンピョン跳ねながらあっという間にたどり着けるけれど、筏車で道なりに進むとなると、荷揚げ荷降ろし時間を入れると、一日二往復が限界だったからだ。


 休暇を終えた咲良とシンベエも合流し、メルヘン城の橋の袂で、”白薔薇”を咲かせることにした。今回はテストだ。


「これから咲かせる”白薔薇”は、JOXAでも試したことのない、過去最大のものよ」

 一九枚の白薔薇をつなぎあわせ、さらに天井までの高さは通常時の五倍。直径三〇メートルの巨大な一輪を組み上げる。これは、設計者であるユリハですら試したことのない規模だった。無重力空間では白薔薇を単体で組み上げて細い通路で繋ぐデザインが主流らしいし、地球の重力では、強度の部分で、実験するまでもなく確実に耐えきれない構造計算が成されていたからだ。


 低重力の月だからこそ、咲かせることができる一輪だった。巨大な白薔薇の中に、アルターホールを格納し、香夜さんの再構築を行うのだ。

 作戦の都合上、白薔薇を迅速に組み上げなければ、作業員の負担が大きくなる。風船でアルターホールの大きさを再現し、ローテーションを組みながら、開けた場所で白薔薇を組み上げた。


 調査隊は月面の環境にすっかり慣れて、部品も軽量なことからテキパキと作業していたけれど、それでも組み上げには二日かかった。


「まるで蜂の巣だね」

 悠里が、床に敷かれた金属版の六角形の紋様と幾何学的な配列を眺めながら、ボソリと呟き、そして天井を見上げた。天井にも同じ紋様が描かれていた。

 美しかった。


[なんか、東京タワー見てる気分に近い]

「ああ、わかるわかる。あれだネ。”合理的な形は、美しい”ってヤツ」

[うん。そんな感じ]

「うまくいくといいね、次は」

「うん」




 調査隊が白薔薇内にワッと集まって、固唾を飲みながら、ユリハに注目していた。その大きさ故、遺跡内では一発で成功した気密テストに二度失敗したのだ。今、三度目の正直で挑んだテストの結果が出ようとしている。 


 空気の感覚だけは敏感に感じ取れるから、空気漏れを見つけたりして、僕も少しは貢献した。それ故に、ちょっとだけ緊張していたりする。

 そして計器類を凝視していたユリハの顔が、綻んだ。

「オールグリーン。成功よ」


 調査隊の面々から喝采が上がる。アキラが「ひゃっほい!」と勢いよく飛び跳ねて、顔をぶつけていた。


「この中に、もう一つ咲かせるわ」


 調査隊の面々が「えっ?」と声を揃えて静止した。動いていたのは顔をぶつけて悶絶しているアキラだけだった。


 目先の困難を乗り越えた達成感ですっかり失念していた。この中にもう一輪、白薔薇を咲かせなければならないのだ。だからこそ、二度の気密テストに失敗したこの白薔薇が、巨大でなければならなかった。


 「こなくそー!」という思いで一致団結した調査隊の行動は迅速だった。天井は若干低くし、七つの白薔薇を繋ぎあわせる作業を一日で終わらせた。気密テストも一発でクリアした。


「ユリハさん、持ってきました」

「グットタイミングよ、咲良ちゃん、シンベエ」

 気密テストをクリアしたタイミングで、咲良たちが帰ってきた。


 昨晩の定例報告で、ユリハが発注した”最後の部品”の調達を終えたとの連絡を受け、丸一日かけて資材を運んできてくれたのだ。 

 二人が運んできたのは、大きな濃紺の布だった。


「特注だから、もっと時間がかかるかと思ったけれど、ターさんが取りなしてくれたのね」

 ユリハの指示のもと、巨大な布で内側の白薔薇を覆って、アルターホールの住居が完成した。

 

 フィブロインの織布しょくふ。咲良や悠里が着用しているケブラースーツにも使われている素材だ。


 鋼鉄の約四倍の強度を持つクモの糸を人工的に作り出して編んだ素材である。


 クモは共食いするため、かいこのように養殖する事は難しく、クモから取り出したフィブロイン(たんぱく質)をバクテリアに接種させて増殖、精製し、粉末上になったフィブロインを再びドーノコーノして糸をつくり、好みの色をつけたりして、布を織りあげたのだそうだ。


 伸縮性もあって、衝撃吸収にも優れている。直径1センチの太さの糸で編んだフィブロインの網は、飛行中のジェット機すら受け止めてしまうらしい。「いつか、実際に試してみたいわ」と微笑んだユリハの表情が冗談に見えなかった。


 白薔薇にかけられた布はたこ糸くらいの太さで、光沢があった。


「なかなか綺麗な色合いだネ ユリっち」

「ええ。香夜ちゃん、黒とか紺色の服、似合うから」

「……そうだね。香夜ポコはクールビューティーだから」

 香夜さんの二人の同僚が、笑いあっていた。


「シンベエ。あんた、甘い匂いがするねぇ?」

「…………すまん」

 なぜかシンベエがアズラに謝っていた。


「大丈夫だ。ちゃんとアズラの分も持ってきてるよ」

 しょぼくれているシンベエに咲良が助け船を出していた。


「咲良ちゃん、なんの話してるの?」

 キョトン、としながら尋ねるサイアを見て、咲良が笑った。


「オレたちが、あんな布切れ一枚だけを、運ぶわけないだろ!」


 サイアが頭の上に「?」マークを浮かべると、きのこフレンズの三人によるサイア争奪戦の火蓋が切って落とされた。


 拠点へ戻ると、宴が始まった。今回は、酒とスイーツだけでなく、調理に手間のかかるためムーン・グラードでは目にかかることのできなかったご馳走を、咲良たちが運び入れてきていたのだ。食料調達班も大きな獲物をしとめてきたため、豪勢な晩餐となった。


「……最短で四日……いえ、五日か」

「ユリハさん! 五日くらい楽勝やでぇ! せやけど、精はつけなアカン。飲めや歌えや、今は食べましょ!」

「……そうね!」


 宴は一夜で終わるけれど、これから僕たちは約五日間、月のメルヘン城で踊りあかすことになるのだ。


 橋の袂で設営した”白薔薇”を解体し、準備が整った。

 僕、花太郎、アキラの三人が、城へと突入する。悠里、カイド、シド、アズラ、シンベエが護衛についてくれた。


 アルターホールが鎮座する大広間。岩石のぬいぐるみたちは、激しい演奏のもとで、身が砕けちるような音でお尻をぶつけ合いながらダンスに興じている。


「はじめるで、ハナども。覚悟はええか」

「とっと始めないと、またおまえが捕まるぞ」

 ”YES”のサインを返して、僕も花太郎に同意した。


「じゃ、じゃあ。あっ。ほな始めるで、ええな!」

 びびってんじゃねぇよニセ関西人。


「ほな、行くで」

「はいはい、こいこい!」


 アキラの「せーの!」のかけ声で、花太郎やカイドたちが「パンパンパン!」と手を大きくたたいて、ぬいぐるみたち注目させた。僕も音は鳴らなかったけれど、取りあえず手は叩いてた。


 アキラが大きく息をすう。


「はーい、アンが唄わばみな続けぇ!!」

「ハーイハイトー!」


 花太郎の合いの声とともに、アキラが島節を唄い始める。僕たちは三人は、ぬいぐるみ達が注目する中、スローテンポな踊りをはじめた。


「さて、よい風 よい波 よい天気~」


 僕たちは、ぬいぐるみ達全員が僕たちの踊りを見よう見まねで踊り始めたことを確認すると、ゆっくりと出口へと向かって進み出した。


 カイド達が先行して、僕たちが後から続いた。ぬいぐるみ達は一匹残らず追随している。


 城門まで近づくと、僕たちは三方に分かれた。事前に調査した、城内の広い部屋の三カ所に分かれて、大広間を埋め尽くしていたぬいぐるみ達を、分散して、収容する。


 うまくいった。ぬいぐるみは三方に分かれてくれた。綺麗に三人均等ではなく、なぜかアキラについて行ったぬいぐるみだけ極端に少なかった。ユリハは残酷にもこの事態を予測していて、アキラには三つの部屋のなかでも一番狭い部屋が事前にあてがわれていた。


 僕は声が出せないので、悠里が唄を録音したコンポを抱えて同行してくれた。

ふと後ろを見ると、僕に追随している先頭のぬいぐるみは、見覚えのあるヤツだった。

 メルヘン城侵入時に、僕が最初に触れて瓦解させたクマさんだ。


 [……このあいだはすまなかったね。一緒に踊り明かそうぜ、クマ公の旦那ァ]


 僕の唇を読んだ悠里が声を出さずに口だけを動かして歌い始めた。

 読唇術が使えない僕でも、何を歌っているのかわかった。……”森のクマさん”だ。”島節”とは全く違う拍子をとりながら、陽気に歩く悠里がちょっと可愛かった。器用な人だ。


 部屋に入ると、僕とおなじ踊り要員であるAEWの戦士二人が待っていた。僕はともかく、誰かが転倒した際に、ぬいぐるみが踊りを中断して大広間に戻ることを防ぐ。


 メンバーを交代しながら昼夜を問わず踊り続ける五日間。大広間に”白薔薇”を設営するまでの壮大な囮作戦がはじまった。

次回は7月23日 投稿予定です。

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