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第12話 源砂の塔と砂漠の王蛇

 このパーティーのリーダーはカイドのようだ。戦闘指揮から道中の休息と今後の方針に至るまで、その豪快な身なりと性格からは、想像できないほど緻密で的確な采配を振るっていたと思う。


 カイド、アズラ、シドはこういった旅には慣れているようだった。先の戦闘で息のあった連携といい、移動中の下らない談笑も、凶悪ともいえる砂漠の環境すらどこ吹く風といわんばかりに楽しんでいるようだ。それも移動のすべてを担っているアズラの活躍なくしてはありえないだろう。


 ユリハはまだ吐いていた。銃火器を持ったときの豹変ぶりは恐ろしさを通り越して、逆に笑いがこみ上げてくるほどだったが、今はアズラの跳躍移動で乗り物酔いしている物静かで気の毒な人にしか見えない。


外界交官なら宇宙飛行士の訓練を受けていて、当然無重力下の活動や、乗り物の操縦に長けているはずなのだけれど、その真っ青な表情を見ていると、とてもそんな風には思えない。

戦闘でショットガンのような銃火器を扱う彼女は、恐らくパーティー内でアズラに次ぐ攻撃力を持っているだろう、殺傷力だけなら一番かもしれない。弾薬もバリエーションがあって、用途で使い分けられるようだ。


 青い顔のユリハを積極的に介抱しているのはサイアだ。カイドやシドも一応気遣ってはいるようだが、ユリハが脱水症状にならないように適度に水を勧めては「吐けるときに吐いておけ」と笑顔でコメントするだけで、優しさなのかどうか判断に困る。


そんな中でサイアは手持ちの道具で、酔い止めのような薬を調合して飲ませたり(それも全部外に出てしまうようだが)、ユリハの苦しみがたまったエチケット袋を移動中のアズラにかからないように処理したりと、甲斐甲斐しく世話をしていた、どちらが母娘かわからくなるほどだ。

 その甲斐あってかユリハは顔色こそ青いものの、エチケット袋を必要とすることはなくなった。「これで水不足は解消できたな」と笑っている男二人の頬にユリハが感謝の平手を打っていた。サイアは苦笑していた。

 それにしてもサイアのあの特技はなんだろうか。所持品から薬学に詳しい弓使いというのはわかる。僕は魔法の仕組みというものを全く理解していないけれど、彼女が魔法を使えるということもわかる。それで彼女が使える魔法の1つが解毒デトックス……語感からして、毒を癒す呪文としか思えない。


 サイアはユリハが作った傷口に毒矢を放って、呪文スペルを4回唱えた。そしてアズラの7、8倍はあるだろうオオアゴカゲロウを気絶させた。語感だけは毒を癒すように聞こえるだけで、実は毒を巡らせる呪文なのだろうか。……この娘、かわいい顔をしてなかなかどうして侮れん奴よのう。


 ……言語がおかしい。アズラの口の動きはよくわからないけれど、カイド、シド、サイアの3人は僕がトーカーの能力で翻訳しているのがわかる。


 僕の知る限りユリハはリスナーだから言葉の意味は理解できても、彼女自身が修得しているドワーフの言語で話さなければ言葉が通じないはずだ。しかしユリハの口の動きは音と一致している、これは日本語で話しているって事だろう。そしてサイアの解毒デトックスも音と口の形が一致していた。


 こうして、何らかの「問い」を持つことも久しく懐かしい気持ちにはなるが、誰かに聞く手段がないとなるとモヤモヤするだけだ。


 カイドたちがこの砂漠を離れた後、僕だと知覚している僕の意識はどうなってしまうのだろう。


 もし意識が維持されたまま永遠の時を過ごすようなことになれば、気がおかしくなるよな。そうなったところで誰に迷惑がかかるというわけではないのだけど。



 砂漠の旅は3日目に入った。僕はだんだんと”考える”という行為になじんできたみたいだ。膨莫とした意識が一つに収縮していく感覚があった、単純にいうと「ボケら~」とする時間が減ったということなのだけど。

 この2日間、パーティーが強敵に遭遇することはなかった。アズラの跳躍移動に追いつける生物はほとんどいなかったし、着地地点にたまたま居合わせた連中も、アズラの姿を見て一目散に逃げているようだった。


 アズラは熱には強いようで、昼間は風を切って移動することで仲間たちを暑さから救い、夜はアズラが眠る代わりにカイド達が見張りについた。


 ユリハが乗り物酔いをすっかり克服した頃、”源砂の塔”と呼んでいた彼らの目的地が何を指しているのかがわかった。

 ユリハは時折、精霊達と赤い石を通じて交信し、アズラに方角の修正を指示していた。


 パーティーは砂漠の中心に向かっている。


 源砂の塔とは砂が泉のように湧き出てくる地点だ。この砂漠は源砂の塔によって作られ、今も拡大している。

 その中心にワームホールがあることを彼らは知っているのだろうか。ユリハが旅に同行しているということは、もしかするとその調査や実験を行うためかもしれない。

 それは僕の知っているワームホールではない。ワームホールによく似た別の何かだ。ユリハならそれが何なのか知っているかな。


 太陽が頭上高く登ってから少し傾き始めた頃、アズラが跳躍移動で上昇していく最中、パーティーは遙か前方に発生している竜巻を観測した。それは地平線の彼方にあって、空と陸の境界線が竜巻の足下を隠していた。


 折れた鉛筆の芯のように小さかった竜巻が、一行が近づくにつれ次第に大きくなっていく。アズラは跳躍移動をやめて砂漠の上を走り出した。カイド達はアズラの背負う籠に体をしっかり固定していた。

 竜巻は動かなかった。ベージュ色の砂を巻き上げながら一カ所に佇むそれはまるで砂漠に高くそびえる塔のようだ。


「宇宙エレベーターみてぇだな」

 カイドがつぶやいた。


 とても静かだった。


 塔は大きな砂丘の頂にあって、アズラたちはその麓まで来ていた。

 風は凪いでいる、砂同士が擦れあう音がするばかりだ。


 竜巻のように見えるそれは竜巻ではなかった。


 砂塵はゆっくりと螺旋軌道を描きながら塔を昇りつめるうちに拡散してゆき、周囲に穏やかな砂の雨を降らせていた。


 これは風のない砂の渦だ。砂塵が霧のように舞い、遠くで眺めていた時よりも霞んで見えた。


「口、耳、目、鼻。穴という穴は全部塞いでおくんだよ」


 アズラはそう言うと薄目を開けて砂丘を登り始めた。砂の雨音に、アズラと背負い籠の砂の反射音が加わった。

 砂の雨を抜けると視界が開けた。源砂の塔は300メートルほど先のカルデラのような盆地の中心にあって、アズラたちはその淵に立っていた。塔の真下に落ちていく砂はほとんどないようだ。


 カイド達は籠に固定していた体を自由にした。


「すごい……」

 真っ先に籠から身を乗りだしたのはサイアだった。彼女は目をキラキラさせてはいたが、たった一言つぶやいただけで何も言わなかった。眼前に広がる自然とはとても言い難い現象を観ることに夢中のようだ。直径約50メートルの熱も風もない砂塵の渦は畏怖心をかきたてた、まるで広大な空から砂を集めているようにも錯覚した、実際はその逆なんだけど。


「……やっぱりこれは反重力ね」

 神秘的な光景に目を奪われていたパーティーの沈黙をユリハが破った。それでもユリハは塔から目を離していなかった。

「あそこの中心にアルターホールがあるはずよ」


「……何か来るよ」


 アズラが我に帰って言った。


「砂音に変なのが混じってる。……地中からだね」

 カイド達は得物を握りしめた。


 ズンズンズンズンズン……


 地中から響く妙に規則的な物音がカイド達にも聞こえ始めたようだ、その音が彼らに近づいてくることもわかった。


「まだ降りるんじゃないよ。ちゃんと掴まってな」

 アズラは音を聞き逃すまいと囁くように言った。そして近づいてくる音の方角に身体を向けた。


 アズラを囲むように地面が沈んだ。後方に跳躍するアズラ、瞬間、ついさっきまで立っていたところから幾何学的な円形の紋様が現れた。


 密集した牙だ、牙がひまわりの花びらの様に咲き始めると、地面に大穴が開いた。


 大穴が大地を突き破って勢いよく浮上し、まだ着地していないアズラに襲いかかる。これは巨大な口だ、アズラを難なく丸呑みできるほどの。


 大口の追撃がアズラに到達する間際、着地した彼女はとっさに側面に跳ねて回避した。大口がアズラの真横を通り過ぎる。大口と同じ太さの巨大な胴体が見えた。


 砂の色と同化したベージュの円筒系の胴体にはシャンプーハットみたいな円盤状のヒレがエリマキのようについていて、それが無数に、等間隔で並んでいた。


 ヒレが上下に動いて素早く砂の上を走る。胴がじゃばらのように伸縮し、曲がりうねって、大口がアズラに向いた。


「スナノヅチ!」

 アズラが叫ぶ。


「……タロ砂漠の王蛇か」

 カイドはその迫力に少し圧倒されているようだった。


「強いの?」

 好奇心旺盛なサイアだが、アズラとカイドの態度を見て少し緊張しているようだ。


「はち合わせるのは俺も初めてだ、見かけたら逃げることだけ考えろと教えられた化け物だぜ」

 カイドは言いながら何か思索しているようだった。


「あたしは会ったことはあるけど、直接やりあったことはないね。コイツらはいつも2匹で動くから」

 再び大きな牙がアズラを襲う。


 アズラは側面に飛んで回避した。


「動きは割と大雑破だね、逃げるだけなら簡単そうだよ」

「アズ、コイツ2匹いるのか?」

「そうだね、奴らは必ずつがいで動くよ、どこかに1匹隠れているさ」


「出直すの?」

 ユリハの問いにはシドが答えた。

「ここが奴の住処だろうな。降り続ける砂が大穴や移動した後をすぐに消し去る、隠れ家には絶好の場所だ、今退いたところでどの道やり合わなけりゃいけない相手だろう。俺たちはここに用があるんだからな」


「そうよね……ふふっ」

 ユリハは微笑した、何かのスイッチが入ったようだ。この女性恐い。


 アズラはカルデラの淵をぐるぐると走り回っていた。直線的な移動ではかなりのスピードで迫ってくるスナノヅチだが、旋回移動は不得手なようだ。スナノヅチが突撃を仕掛ける度にサラサラした砂できたカルデラの山脈が諸行無常の如く形を変えていく。


「どうするんだい? カイド」


 全速力で走りながらアズラが采配を問う。


 アズラの問いを受けて、思索していたカイドが口を開いた。

「……1匹、任せられるか?」

「……ふっ」

 アズラは鼻で笑った。

「でっかくなりゃいけるね」


 パーティーメンバーを見やるカイド。


 シドがうなずく。


 ユリハは不適に微笑んでいた。


「サイア、お前がよければここで仕掛ける」

「……うん、行く!」


 カイドが号令をかける。


「これからスナノヅチ2匹を叩く。1匹はアズが引きつけて、もう1匹を俺たち4人で仕留める」


「……ふふっ」

 ユリハは使用するカートリッジの選別に入っていた、頬が少し上気している。


「やばそうだったらすぐズラかるぜ。アズが巨大化してるから、号令が聞こえたら籠に集まれ! いいな!」


 戦闘態勢に入った。


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