第110話 ムーン・グラードでの日々
発破後はすぐに作業に取りかからず、小一時間ほど現場を放置して、落盤事故を防止する。
カイド達は発破現場を離れ、古い坑道の入り口へ移動した。これから設営する坑道に使う資材を取り出すためだ。
ちょっと奇妙な光景だった。
サイアとペティ、僕以外の作業人員が、二人一組のペアになって、バックルを装着する。
バックルの後には長さ十メートルほどのロープが繋がっていて、これの先端が相方のバックルに結ばれているのだ。
どうやら、落盤事故が起きたときの命綱らしい。
作業人員はペアを別々にして二班に分かれる。二班は八メートル以上離れて作業を行う。
万一落盤に遭遇した際、埋もれた方を、力一杯引っ張りあげるのだという。
班は七人ずつに別れ、アズラは単体で、遊撃的に作業を行う。僕は遊撃的に”ぼけら~”とする。……たまに地上にでて空に昇り、哨戒を行う以外は、することがなくて暇だった。
花太郎達はフルフェイスヘルメットを軽量化したような保護具を付けて、トロッコのレールを解体したり、壁に打ち込まれたランプを取り外していた。
セラミック状の軽そうな保護具は、頭部全面を覆っていて、耳あてがあり、そこからマスク状の部品が延びていて、鼻と口を覆っていた。このマスクは、エアポケットになっていて、落盤時に窒息による死亡事故を防ぐ。
悠里は女性だけれど、マナコンドリア原始体αを保有しているので、ドワーフの男達に負けず劣らずの腕力を持っていたし、透過能力を使って、誰も手が届かない場所の部品を外したりと、大活躍だった。
軽そうな素材を使っていても、狭い空間で保護具を付けながらの力仕事は、暑そうだ。みんな汗だくで水筒は必須だったけれど、屈強なドワーフだけでなく、仕事に不慣れな花太郎も、さほどつらそうな表情を浮かべてはいなかった。坑道内には、涼しそうな風が吹いていた。
「サイア、暑い?」
「暑いよ、ペティさん。くっつかないで」
過剰なスキンシップでサイアに魔法を教えながら、ペティが坑道の出入り口で風を吹かせていた。
炎の魔法では、最初に「耐性魔法」を習得しなければならないらしい。
この耐性魔法というのは、術者を保護するもので、炎熱の魔法を扱う上では必須の能力だという。
スキンシップをしている理由は……特にないと思う。今、ペティ周囲の空間はすさまじい熱気を纏っていて、サイアは耐性魔法を習得しようと大量の汗を流しながら、必死に集中している。ペティは汗一つかいていない。時折「味見してもいい?」などと、美女でなければ通報されかねない発言をして、サイアのかく汗の採取を試みたりと、彼女の集中を妨げている。
ペティは今、ドワーフ達の言葉で”風呼び”という仕事を担当している。その呼び名の通り、坑道内に風を起こし、深部に空気を送る仕事だ。
旧坑道には、最初にカイド達が見つけた出入り口と、深部の方でアズラが新しく掘削して作った出入り口がある。
出入り口が二カ所ある場合は、片方の出入り口の近くで空気を熱し、坑道内に気流を発生させて、もう一方の出入り口から空気を呼ぶのだ。
炎を起こさずに熱を発生させるのは、高度な魔法らしい。さすが長老会が選抜した手練の戦士といったところか。……いい先生ではあると思うけど、サイア大変そうだな。
風呼びは、長時間、常に魔法を発動していないといけないため、かなり体力を使う仕事なので、今後はローテーションが組まれる。サイアが耐性魔法を身につけるまではペティが主になるけれど、大気を操れるシンベエや、水魔法のエキスパートであるリズ、オールラウンダーなニモ先生など、それぞれの得意な方法で坑道内に空気を送るのだという。
深部にいくと、地熱やガスなどで酸素が欠乏するエリアもあるらしく、風呼びは作業員の生命線になる重大な仕事だ。風呼びが空気を送れない場所には、エアダクトを設置して空気を送るのだけれど、組立には時間がかかるらしい。
坑道内でまだ使えるトロッコを使ったり、力持ちのアズラが資材を新しい出入り口の方へ運び出して、作業している旧坑道の出入り口付近にある資材は、残すところ支柱だけとなった。
「ペティ!」
カイドがペティを呼ぶ。サイアとのスキンシップに夢中で、全く気づいていなかったので、シドがペティの襟首を掴んで引っ張ってきた。
「なんだよ! いいとこだったのによぉ!」
「うぐぐぅ」
シドに引っ張られながらも、ペティはサイアを離さなかった。
「今から支柱を外すぜ」
「サイア。ペティの魔法をみておけよ」
「……うん!」
ペティがグッと腕を伸ばす。高身長の彼女が腕をのばすと、ドワーフの作った坑道の天井に手が届きそうだった。
「先生がんばるからね! よくみておけよ、サイア!」
「はい!!」
ペティが手のひらに炎を出した。
「……耐性魔法を覚えたら、次に覚えるのは、これだ。サイアも離れてな」
サイアが、「はい」と返事をしてペティから距離をとる。「んん! カワイイ!!」とペティが唸る。
悠里が抱き寄せてサイアの頭を撫でだしたけど、サイアの視線はペティに釘付けだし、悠里の一連の動作に邪念はなく、無我の境地で行われていて、彼女のサイアを愛でたい気持ちは本物なんだな、ってどうでもいいことを考えてしまった。
ペティの手のひらに発生した炎の色が、赤から青く変化した。
「溶かすのは、堆積岩だけでいいぜ」
「応!」
青い炎を壁に押しつけると、砂状の堆積岩が溶解し、表面がツルツルになる。
「坑道の中では、あんまり火は使いたくないんだよな? 慣れてくれば、それもできるぜ」
ペティが短い呪文をつぶやくと青い炎は消えた。しかし、手のひらの先の壁が揺らいで見えた。熱で空気が揺れているんだ。
ペティから熱風が吹き始めて、僕たちはその熱を全身に浴びたけれど、ペティのやっている作業は変わらない。堅そうな金鉱脈の岩塊を無視して、細かくて脆そうな月の堆積岩を溶かして、繋げていく。
熱を当てて溶かした箇所は、固まって、一枚の岩のようになった。
「支柱を外すぜ、落盤には注意しろ」
二班のうち、一班が支柱を外し、もう一班が離れて相方のロープを握った。
「詠唱するときは、どうすればいいの?」
作業をしている傍らで、サイアが熱心にペティから魔法を学んでいた。
「よし、戻るぜ」
運べるだけの資材をもって、発破現場へと戻った。
発破現場は、散らばった瓦礫と、その奥が窪んで穴になっていた。瓦礫を片づけて支柱で入り口を固め、アズラの足で数メートルほど斜め下へと向けて掘る。
悠里が再び爆薬を仕掛け、空気と僕を激しく振動させる痺れるような発破をかけたあとは、昼食になった。
今日はタカヤシの甲殻をカリカリに揚げたものと、きのこの炒め物とパンだ。パンの材料は、シンベエの翼で一時間ほどかかる都市までいかないと手に入らない。稀少なので、一番体力を使う掘削班にあてがわれた。
「どうだい? サイっちゃん、進捗は」
「うん、難しいけれど。耐性魔法はもうすこしでコツが掴めそう」
「サイアは筋がいいよ。リズなんて、耐性ねぇんだから」
リズは氷の耐性はあるけれど、炎の魔法はからきしらしい。……ペティはその逆みたいだから、人のこといえないと思う。すごいことに変わりはないけど。
「アズとカガリがいると早いぜ」
「発破は、日に三度かけられるな」
昼食中、ドワーフたちはカイドとシドを中心に簡単な打ち合わせをしていた。爆薬の設置と砂轢の撤去、本来なら、どちらも時間のかかる作業だけれど、悠里の能力や、アズラのパワーを駆使して効率化を図り、その結果が思いのほか大きかったため、喜んでいた。
あらためて作業工程を見直さなければいけないな、と、うれしそうにしていた。
夕暮れ時まで作業は続き、発破は合計で三度かけた。鉱夫の仕事は全くわからないけれど、これは驚異的な数らしい。
発破をかけて、砂轢を取っ払って作った探索用坑道の入り口は、始めはちょっとした窪みだったのが、坑道らしくなっていた。茜色の太陽光が入り口に当たって影をつくり、奥は真っ暗で、ずっと続いているようにみえる。ホントはちょっと進んだら行き止まりなんだけどね。
僕が上空で策敵を行いながら、掘削班は帰還した。敵性生物に遭遇することなく、無事に拠点についた。連日、咲良とシンベエがムーン・グラード一円を哨戒し、自らの縄張りを主張したことで、縄張り意識をもつ鳥獣類が迂闊に近寄ることはなくなったのだという。
食料調達を担った薬草学の権威たるニモ先生と戦士たちは、香辛料になる薬草を大量に採取してきたほか……巨大な獣を狩っていた。やはりココは危険地帯なのだ。
海岸へ行ったリズとシンベエ。リズは無事、大量の塩を精製したけれど、シンベエが暇を持て余すために魚を漁っていたら、大漁で、保存食に加工せねばならず、再び塩が不足した。
「頼むぜ、エア太郎」
地質学者たちとユリハ、カイド達が地図を広げて、今日掘削したエリアを測量し、印をつけていた。
地質学者とカイドが算出した値をメモ帳に控えて、僕はJOXA支部へと瞬間移動する。
支部で待機していた通信士のねーちゃんに僕がメモした値をみせると、通信室に広げられたムーン・グラードの縮尺図に、拠点と同じようにして、印を付けていた。
さらに、食材や調味料などを含め、今後必要になる資材の発注を要請する。これらの資材は、支部で調達を行い、届き次第、咲良とシンベエが運搬する手はずだ。
僕が瞬間移動できることで、通信電波がほとんど届かないJOXA支部とムーン・グラードの間で密接な連携がとれるようになった。素直にうれしい。
拠点に戻ると……酒盛りが始まっていた。
「帰ってきたか? 空気のハナ」
アキラが顔を赤くして、僕を発見し、グラスを僕の額に打ち付けた。もちろんすり抜けたので、中身がこぼれた。
傍にいた花太郎も顔が赤い。こんな偏狭の地でどうやって調達したのだろうか。
[みんな随分とできあがってるね]
花太郎に疑問を投げかけると「カイド達、イモを育ててたよ!」と返答してきた。
「空気のハナ。こいつは密造酒やでぇ!」
「AEWにそんな法律はないだろう!」
花太郎がアキラにデコピンを放ったけれど、アキラはグラスを使って凌いだ。花太郎の中指にはじかれたグラスから酒がこぼれ、アキラの顔にかかる。二人ともかなり酔っている。
どうやら、拠点内で育てていたイモで蒸留酒を造ったらしい。ここにはいろんな種族が集まっているけれど、ドワーフが半数を占めているから、その影響だろうか。
彼らにとって、イモは食料ではなく、酒を造るための嗜好品だった。
敵性生物が蔓延っているムーン・グラードのど真ん中で、絶賛酩酊中のアキラと花太郎。たいした戦闘力もないくせに、肝だけはドワーフ並に据わってきたようだ。
次回は6月13日投稿予定です




