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第11話 弱肉強食の熱砂。カイドパーティーの実力

「戦闘準備だ!」


 アズラの返答を聞いたシドが妻と娘に号令をかけた。カイドはすでに得物を握りしめている。


 「しっかりと捕まっていろよ。砂に落ちたら奴の餌食だ」


 カイドとシドは刃の反対側が鎚になっているハンドアクス、サイアは弓、ユリハは全長60センチ程度だが、口径がやたらと大きな銃火器を持っていた、ショットガンだろうか。


 アズラがその驚異的な脚力で体勢を立て直すと、まだ身体が3分の1ほど埋まっているにも関わらず、身を屈めて跳躍移動の準備に入った。


 ザリザリザリザリザリ……ズズズズズズズズ……


 アズラ達の背後、窪地の中心の最も深いところから地響きが聞こえる。カイド達が振り返る。アズラだけが空を見ていた。窪地の底から巨大な2本の角が現れた。


 周囲の砂を巻き上げながらアズラは跳躍した。彼女の全身が風にさらされる、飛距離は延びない。アズラは中空で身を屈めた。着地する刹那、身体が再び砂に埋もれる前に蹴り進むつもりだ。


「アズ! 来るぞ!」

カイドの激が飛ぶ。アズラが空中で身を翻す。振り落とされぬように彼女にしがみつく四人。パーティーは深淵の角と対峙した。


 バフッ! 


 無数の砂の粒子達が一つの岩塊となって深淵から放たれ、アズラ達を襲う。

 足裏を岩塊に向け、突き出すようにアズラが蹴りを放つ。


 衝突。


 彼女の身の丈ほどもあった岩塊は再び細かい砂の粒子に戻り、相殺から免れた砂粒達が彼女の腹部にあたる。足裏に受けた衝撃はかなりのものらしく、着地間際のアズラの巨体を僅かに浮上させた。


 着地と同時にアズラは走り出した、深淵を中心として、反時計回りに円錐形の不自然なほど幾何学的な砂丘の窪地を駆け登る。すごいスピードだ。細かい砂粒に足が取られる前に足を組み替えて前進する。


「走った方が速いんじゃないの!」

 跳躍移動でエチケット袋に接吻し続けていたユリハが、苦言を漏らす。

「全速力だよ。こうでもしなけりゃ沈んじまう!」

 話しながらもアズラは深淵を見ていた。


 バフッ!


 砂の岩塊が飛ぶ。砂丘を駆け登っていたアズラは、左に方向を切り替えて、今度は反時計回りに駆け降りた。

 砂岩がアズラのすぐ右側の傾斜に着弾する。


 バフッ! バフッ! バフッ! 


 連発で放たれる砂岩。小振りではあるが、導線をことごとく妨害されて、登る事ができない。


「仕留めるしかないようだね」

 アズラがつぶやく。

「あれは何なの?」


 バフッ! バフッ! バフッ!


 砂岩が飛び交う中でサイアが問う。緊張や恐怖よりも好奇心が勝っているようだった。

「後で話すよ!」

 アズラが答えた。

「今は、切り抜ける事を考えるんだ」 

 シドがたしなめた。


「作戦を言うぜ」

 カイドが指揮をとり、各々に役割を振っていた。


 僕はあの生物を知っている。砂漠に古くからいるアリ地獄のような生き物だ。アリ地獄は蛾の幼虫だが、あいつは多分あのままで成体だ。繁殖方法はわからない。そして巨大だ、顎の部分だけでも今のアズラの倍はあるだろう。襲ってくるあたりが肉食のようだけど、苛酷な土地でどうやってその体躯を維持しているのだろうか。永い間ここにいた僕は、この砂漠全土の子細を感じ取る事はできたけど、考える事はできなかった。


「……毒はロイド系を使え」

「わかった」


 カイドの指示を受け、サイアは肩掛けの袋からガラスにもプラスチックにも見える素材でできた小瓶を取り出した。蓋の部分に奇妙な凹凸がついていた。サイアは矢尻をその凹凸に突きたてて軽くひねり、小瓶をしまった。サイアがカイドをみてうなずく。


「よし、仕掛けるぞ!」


 カイドの号令に各々が返事を返した。


 度重なる砂岩の襲撃の中、アズラが不意に立ち止まった。彼女の身体は、まだその全貌を見せていない窪地の底の大顎に対峙していた。


 アズラの重みが細かい砂の粒子達をかき分け、彼女の身体を徐々に沈めてゆく。

 標的が一カ所に留まっている事を知覚した化け物は、地表に突き出た大顎を砂の中に深く沈めて動かなくなった、力を貯めているようだ。


 そして砂岩が放たれた。最も大きく、正確で強力な巨砲だった。


 アズラは放たれた巨大な砂の弾丸を真正面から見据えながら、微かに笑った。


「よっぽど腹ぺこだったのかね。あたしを狙うなんて、ほんとにいい度胸だよ!」


 アズラは身を屈め跳躍移動の姿勢をとった。彼女の3倍の大きさはあるであろう、その砂岩が眼前にまで迫っていた。


 アズラは大地を蹴った。

 彼女は跳ばなかった。

 大地が浮上した。


 オオアゴカゲロウの独壇場と思われた縄張りの砂粒達がアズラの周りで巻き上がり壁を作った。砂岩は上昇する砂壁の強烈な力でかき消えた。


 「下るよ!」

 砂壁を隠れみのにして一直線に傾斜を下るアズラ。

 砂壁を抜けたアズラを捕捉すると、大顎が再び砂岩を放った。タメが少ない分、小振りだ。

「小っこいねぇ!」

アズラが軽く跳ねる。彼女が着地した瞬間、その勢いを利用して砂を蹴り上げ、砂岩をかき消した。そして彼女は身を屈め、力を溜めた。


ドフンッ!!


 くぐもった鈍い音がした。アズラの周りの砂が巻き上げられる。彼女が放った衝撃はオオアゴカゲロウの本体まで届き、周囲の砂を一掃した。


 7、8倍はあるだろうか。アズラも十分巨体だが、地表に露わになったオオアゴカゲロウは、もっと大きかった。黒い大顎と胸、褐色の腹部と6本足、外骨格で覆われたその姿は巨大な昆虫だ。腹部はまだ半分ほど砂に埋もれている。パーティーとの距離は20メートル程度にまで迫っていた。


「もう一丁いくよ!」

 アズラが身を屈める。

「シド、次でいくぞ!右顎だ!」

「おうよ!」


 オオアゴカゲロウが砂岩を放つ。しかし砂岩の形を成していなかった。大地に姿が現れたせいで、大顎を砂につきたてる角度が変わったからだ。


 砂岩の代わりに2本の爪痕が大地を走り、アズラ達に一直線に向かっていく。

「遅いね」

 アズラが砂壁を作った。空中を進む砂岩よりも抵抗がある分、爪痕が到達するまで時間がかかるのは明白だった。それでもアズラが距離を詰めようとしないのは、安全に攻撃を回避できる位置を見切ってのことだろう。彼女の背中には旅慣れしていない乗客が2人いる。


 砂壁が晴れたとき、彼女の背中にカイドの姿はなかった。

 斧を振りかざしたカイドは上空にいた。

 落下しながら身体をのけぞるようにしならせる。カイドが右の大顎へ到達すると、その負荷を解き放って落下に乗じながら勢いをつけたハンドアクスが、大顎の付け根に向かって振り降ろされた。


バキッ!


 斧は右顎の付け根からおよそ40センチほどのところに大きな傷を付けた。


「ここだ、シドォ!」


突き刺さった斧を抜き、大顎の付け根に立ったカイドが叫ぶ。

「まだ捕まってなよ、ユリ、サイア」

 アズラがその場で身体を上下に振った。

 アズラを発射台にしてシドが跳ぶ、肩から縄束を掛けていた。シドがカイドの時と同じ体勢になり、空中で斧を振りあげる。


 しかしここで、オオアゴカゲロウが身をよじった。


「うおっ」


 カイドは再び大顎の付け根に斧を突き立てると、振り落とされないように身体を安定させた。


 シドは攻撃を外した、振り降ろした斧は右の大顎の先端に刺さった。身体を大顎の上に乗せる事ができず、斧を握ったまま宙ぶらりんになる。


 だがシドは身軽だった。

 シドは身体を振り子のように振って大顎に足をかけると斧を抜いて、その上に立つ事に成功した。


 オオアゴカゲロウは身体をよじりながら、顎を砂に埋めようとする。


「うおっとっとっとっとぉ!」


 顎の先端からバランスを取りながらカイドが叩きつけた傷口めがけてシドが走り、跳んだ。空中でさっきと同じ態勢になって斧を振りあげたまま落下していく。


 カイドは地面に降りていた。足が砂に埋もれているけど、焦りの色は見えない。斧を天に向ける、しかし振り降ろさなかった。自らがつけた傷口の裏側めがけて円を描き、斧を斬り上げた。


 ガスンッ!


 2つの音が見事に一致した。対の大顎の片顎が切断された。シドはオオアゴカゲロウの甲殻に斧を突き立ててぶら下がり、カイドに向かって縄を投げた。カイドの下半身はほぼ砂に埋もれていた。


 アズラが走り出す。オオアゴカゲロウが迎撃せんと、左顎を沈め、一刃の爪を放つ。

 しかし失った右顎が死角だった。アズラは身をかわして接近する。


「はわわわわわ~」

 間抜けな声をだしながら、シドが宙に飛んでいた。先の一刃で上空に振り飛ばされたのだろう。


「父さん!」

「あなた!」

 大黒柱の名を叫ぶ2人。


 シドが身体に巻きつけていたロープがピンッ! と張られた。さっきまで這いあがろうとしていたカイドが、ロープを掴んで踏ん張っていた。


 ボフッ!。


 四つん這いになってシドは着地した、肘下、膝下まで砂に埋もれる。反動でカイドは足首のあたりまで地上に出る事ができた。カイドは白い歯を見せて笑っている。


「お~い、砂加減はどうだ? シド」

「最悪だ、とっとと引き上げてくれ」

「それはカミさんと娘に言うんだな。こっちも身動きがとオボッ!」


 アズラがオオアゴカゲロウに接触した。間近にいたカイドはアズラが巻き上げた砂塵を受け、体の半分以上が再び砂に埋もれた。沈まないように足をその場で素早く動かしながら、オオアゴカゲロウの動きを抑えつけるアズラ。彼女が地団太を踏む度にカイドが砂に埋もれていく。


「縄を持ってたってお互い砂ん中じゃ、意味ないだろう? 」

 アズラがせせら笑う。


「アバッウベッオベベッブフォ! アズ! 覚えてろよ! ボフォ!」

「早いとこカタつけないと、あんたんとこの父ちゃんと、その親友が砂風呂でのぼせちまうよ」

「わかってるよ」

 サイアは苦笑しながら返答したが、ユリハは何も言わなかった。


 弾薬を装填して銃を構えるユリハ、目が怖い。

「虫ケラがぁぁぁぁ!」


 ヴァン!


 ショットガンだった。至近距離で放たれた散弾が堅い甲殻を砕き、中から白色半透明の体液が勢いよく飛んでくる。


「キャッ」

 飛んでくる体液から反射的に逃れようと籠の中に身を屈めるサイア。手傷を負って激しくのたうつオオアゴカゲロウをさらに力強く抑えつけるアズラ。その中で、ユリハは一切目をそらさなかった、顔と上半身が白い体液まみれになりながら、再び弾薬を装填して……撃つ。


 ヴァン!


 再び装填して……


「いいってば母さん!一発で十分なんだよ。あとは私がやるから!」

「まだこんな元気じゃないの! だめよ足りないわ! ぜんっぜん足りないわ!!」


 胸まで埋まったカイドは、砂が口や鼻に入らないように息を止め、薄目を開けていたが、ユリハの変貌ぶりに思わず目を見開いてしまい、砂が目に入った痛みに耐えていた。


 遠くでユリハの様子を眺めていたシドは、何かをあきらめたような、達観した表情をしていた。サイアが身を挺して錯乱する母を止める。


「とっとと終わらせちまいな、サイア」


 乱心したユリハのとばっちりで体液を体中に浴びたアズラが言った。

「うん。……7秒くらいかな? 」

 サイアが先ほど毒を塗ったと思われる矢を弓につがえると、ユリハが開けた傷口めがけて放った。


 矢が傷口に刺さる。よく見ると矢羽の部分に細い糸がついていて、それがサイアの矢筒にまで延びていた。


「1、2、3、4、5……」


 数えながら右手は糸を握っていた。


「6、7、……解毒デトックス

 サイアの右手が一瞬緑色に輝き、それが糸をつたってオオアゴカゲロウのところまで続き、患部が緑色に光った。


デトックス……。英語で”解毒”だよな? ってことは、これは毒を消す魔法だよな。毒を消してどうするんだろう、それに矢を放った後の7秒間、さほど毒に苦しんでいるようには見えなかったけど。


解毒デトックス。……解毒デトックス。……解毒デトックス。」


サイアはその後3回も同じ魔法を唱えた、何か意味はあるのだろうか。お母様のように乱心したのか? そんな事を考えていた矢先だった。


「ピエェェェェ……」


 オオアゴカゲロウが先ほどとは違った苦しみ方と、か細い鳴き声をあげた。

 やがて弱々しく動作が緩慢になってゆき……ピタリと動きが止まった。


「終わったか?」

「うん」

 カイドの問いにサイアが答えた。


「だめよ、トドメを刺してないわ! まだちょっと動いてるの!」

「いや、これでいい。こいつの命に用はない」

 叫ぶユリハを遠くにいたシドが制した。


 アズラがロープをくわえて、2人を引き上げながら、流砂でも沈まないオオアゴカゲロウの胴体に乗った。カイドとシドは動かなくなった天敵の上で体中の砂をはたいた。


「片方でも顎があれば生きていけるだろう。快復が先か、ほかの奴に食われるのが先か……月のみぞ知るといったとこだな」

 シドがつぶやく。


「アズよぉ、さっきはよくも砂まみれにしやがって」

「アンタの作戦通りに動いたじゃないのさ。違う事したのはあんた達だろう? 2人とも砂に埋もれるなんて話し、あたし聞いちゃいないよ」

「まぁいいじゃん、うまくいったんだし」


 カイドとアズラのやりとりに割って入るサイア。


「まぁ、そうだな。サイアはよくやった」

「へへ、ありがとう」

 カイドに素直にほめられたサイアは少し頬を赤らめてはにかんだ。


 ユリハは落ち着きを取り戻していた。自分の体についた体液を拭い終わった後は、アズラについた体液もふき取っていた。


「ユリハ。お前の武器は強力だが、弾薬に限りがある事をくれぐれも忘れないでくれ」

「ええ、わかっているわ」


 シドの忠告を素直に受けて反省の表情を見せるユリハ。それが武器を構えるとあんな風になるなんて思うと、なんだか感慨深い。夫であるシドの心境としてはさぞ複雑だろう。


 一行は戦利品として、切り落とした大顎の一部をさらに切り出して積み荷に加えると、旅を再開した。


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