第106話 "岩抜き"のシド
「ムーン・グラードを測量中に、坑道跡を見つけた」
早朝、居住エリアのテントが密集する広場で僕たちは、カイドから報告を受けた。その真剣さは、昨夜、久しぶりに花太郎たちを交えた宴で鼻を真っ赤にして歌を叫んでいた男とは思えないほどの変貌ぶりだった。「夜は危険だ。できるだけデカイ音を出した方がいいんだぜ」と、本気なのか冗談なのか判断できない言動を発していたけれど、咲良が上空から撮った写真と測量図を並べて報告する今のカイドの口調は”仕事してる男”って感じで、カッコよかった。
「ドワーフたちが、過去に訪れたことがあるってこと? それだったら長老会が把握しているはずじゃない?」
ユリハが抱いて当然の疑問を問う。
「みつかったのは昨日のことだ。俺たちの爺ぃどもの耳にはまだ入ってないが、ニモ爺さんは知らないんだと」
「その事なんだがな、ユリ。坑道入り口に、この印が描かれていた」
言いながらシドは、紙切れにサササっと魔法陣のような紋様を描いて、僕たちに見せた。
「……魔境の印? ここは、ドワーフ達にとって”忘れなければならない地”なのね?」
「そうだ」
「魔境ってなんや?」
アキラが尋ねるのを聞いて、カイドが鼻で笑った。
「テメェみてぇな野郎を作らねえために、封印した場所だよ」
魔境とは、ドワーフ達の間で決して踏み入れてはいけない土地。シドの描いた”魔境の印”はその場所を後に訪れた同胞達に伝えるためのものらしい。
魔境とは、己の身、引いては一族を滅ぼしかねない驚異が潜んでいることを知らせる紋様だった。
「それが古い坑道の入り口に記されているということは……」というユリハの問いかけにカイドが応える。
「この地は、稀少石や魔石がよく採れる。俺たちを狂わす程にな」
「アキラよ。俺たちドワーフの間では、強力な魔石や鉱石で巨万の富みを得ることは、諍いを生み、身を滅ぼすと考えられている。それを俺たちは”石に魅入られた”と言うんだ。俺とカイドはな、お前は”魔石に魅入られた男”ってぇことにしている」
……かつてアキラは、千恵美さんの魔石で力に溺れた。このドワーフの戒めがなければ、今頃アキラの命はなかったのかもしれない。コイツが成そうとしていたことの罪は、やはり重いのだ。
「見つけた坑道は使えそうなの?」
「所々落盤はあるが、十分利用できるぜ」
「あなた達はいいのね? 魔境に足を踏み入れても」
「ユリ。お前の理屈が正しければ、ワームホールの傍に結晶化したマナが大量にあるのだろう? 魔石は、マナが集まるところに湧く」
「掘り出した鉱石はJOXA連中で引き取って、俺たちに分配してくれりゃぁいい。ここにいる連中からも、合意はとれてるぜ。香夜を見つけ次第、再び魔境の印を点けて、この地は捨てる」
「……わかったわ。ニモ長老も、よろしいのですね?」
「ああ、構わんよ。魔境の印はドワーフの戒め。ワシやほかの種族には関係のないものじゃからのう」
「この坑道を利用して、掘削をはじめましょう」
JOXAの学者たちとも協議を行って、結論を出した。坑道を使うことで、資材の節約や、作業行程を大幅に省略できるみたいだ。
「今日は、坑道内部を探索して、掘削場所に目星をつける。采配するぜ」
人数はさほどいらないということで、シンベエが一回で運べる道具と人員に絞った。
カイド、シド、アズラ、ユリハ、ヒーラーとしてサイア。シドの指名で花太郎と、拠点への伝令役として僕が同行し、後は拠点防衛と食料調達を行う。咲良は上空で哨戒任務に就き、シンベエはカイド達を送った後、リズを乗せて遠くの街へ買い出しに行く。悠里とペティは、ニモ長老と食料調達がてらムーン・グラードに自生している薬草の採取を行う。
「”岩抜き”と”石詠み”をやっている間はいいが、掘削が始まれば忙しくなるぜ。食料は今のうちに貯めておかねぇとな」
カイドが食料調達班の班長と打ち合わせを行うと、巨大化したシンベエに跨って、魔境へと出発した。
坑道の入り口は、上空からだと見えにくい丘と丘の間にポツンとあった。
「シンベエがいつも手が空いてるとは限らん。ここから拠点までの道も、整備した方がいいな」
シドが指摘したように、上空から周囲の緑地帯を確認しながらでないと、迷子になりそうな場所だった。僕が過ごしていた砂漠を思い出して、少し懐かしい気持ちになったけれど、同時にちょっと心細くもなった。
タロ砂漠はムーン・グラードの月の砂漠よりも遙かに広大だけれど、砂漠で起こっている出来事は全て知覚できていたから、過酷な地ではあったけど、心細い気持ちなんて全く湧かなくて、やはりここは僕にとっては見知らぬ土地なんだな、って再認識させるには十分だった。
入り口は落盤で半分くらい塞がっていたけれど、最近開けられたような跡がある。昨日のうちにアズラがこじ開けてくれたんだろう。
シンベエとリズを見送ると、アズラはドワーフくらいのサイズになって、彼女が先行して奥へと入って行った。
シドとカイドが手持ちのランプにマナを流して光を灯す。ランプが照らした坑道の壁には、所々、ランプが突き出ていて、シドが一つのランプに手をかざすと、坑道内のランプに、一斉に明かりが灯った。
坑道内は、地表に現れている灰色の堆積岩のほかに、深緑色の、やたらと固そうな岩があって、他にも様々な模様の岩もあるけれど、この二種類の岩が主となって、トンネルを造っていた。
「良い魔石を使っているのね」
ユリハがその様子を見て感心している。
「ああ、おそらくここで採れた魔石をランプに加工して使ったんだろう。鉱脈もたくさん伸びているし、目に付く魔石の純度も高い」
シドがさらっと答えたけれど、僕も花太郎も全くこの手の話にはついていけない。
「岩は掘りやすそうだが、脆すぎるぜ。壁は炎で溶かして固めねぇとな」
「ペティに頼むの?」
殿を務めるサイアが、入り口に糸をくくりけ、カラカラとリールを回しながら、迷子対策の糸を引っ張っている。
「ペティや、ニモの爺さんにも頼むつもりだぜ。せっかくだからどうだ? 嬢ちゃんも覚えてみねぇか?」
カイドがニカニカと歯を見せながらサイアに振り向いて尋ねた。
「時間もあるし、良い機会じゃない? ニモ長老に教えてもらいなさいよ」
「……うん。そうしよう、かな」
坑道を進むうちに、所々落盤があり、ランプの灯りが途切れている場所もあったけど、カイド達が途切れた箇所に手をかざすと、ランプはちゃんと灯った。 この坑道はまだ生きている。
幾つも枝分かれしている道を、先頭のアズラは躊躇いなくスイスイと進む。
「アズラはどこへ向かってるの?」
花太郎が尋ねると、シドが「空気の流れを読んで、一番深いところに進んでいる」と答えた。
「とにかく、下に行けばいいんだろ?」
「ああ、鉱脈が太くなって来ているぜ。このまま進んでくれ、アズ」
「あいよ」
花太郎が「鉱脈ってどれのこと?」と尋ねると、カイドが指で示した。
指した先は緑色の岩壁で、その岩壁から灰色の、毛細血管のように枝分かれした筋が通っていた。……あ、だから鉱”脈”なんだ。
「あれが、金の鉱脈だぜ」
「は? 金!?」
「ハナタさん、声が大きい」
ドワーフが作った坑道だけど、天井も高いし、幅もある。だけど狭いことに変わりないから、花太郎の喫驚した声があたりに反響していた。
「知らなかった? 金って、精製して不純物を取り除くまでは、白いのよ」
「魔石が出て来るのは、金鉱脈の傍だ」
「ハナタロウ。石に魅入られるなよ」
シドとカイドがニヤニヤしながら花太郎の顔をのぞき込んで笑った。
「ここが、一番奥みたいだね」
アズラが立ち止まった場所は、ちょっとだけ開けた場所で、石の崩れた箇所が幾つもあった。
「すげえぇな、こいつは」
カイドがあたりを見渡して、少し驚いている。
「ここの石を切り出していたんだろうな」
「ねぇ、アナタ。崩れているのは、落盤の跡じゃないの? 道はここまでなのかしら?」
「崩れている部分は発破をかけた跡だろう。アズ、空気が漏れている場所はないか?」
「……ないね」
「水音は?」
「……しないね。ここらに水脈はないよ」
それを聞いたカイドとシドが荷物を下ろして、腕を振り回した。
「頼むぜ、シド」
「応!」
カイドとシド、そして花太郎が背負った荷物の中には、直径四センチ、長さが五十センチ程度のパイプが幾つも入っていた。
シドがパイプの一本の先端に、切っ先を取り付ける。
取り付けた切っ先は、以前、スナノヅチの胴体に穴を開けた八分オリハルコン製の品だ。
これはシドお気に入りの道具で、酒の席ではしょっちゅう自慢をしている姿を見た。
オリハルコンとは、レアメタル中のレアメタルで、オリハルコンで仕上げた武器は、最高級品。どのくらい高級かというと、これで拵えた武器は実戦で使用しないくらいだ。……ちょっとわかりにくいけれど、純粋なオリハルコン製の武器は、”芸術品”に分類される。
どの物質よりも硬く、熱にも強い。加工には特殊な魔法を使わなければならない代物だ。
そして、研げない。オリハルコン純度百%の刃物はどんな砥石を使っても、砥石の方が負けてしまうらしい。
実際に使う道具にオリハルコンを使用する場合は、わざと別の金属とあわせて合金にし、砥石で手入れ出来るように加工するという。純度は、手入れの頻度と反比例する。
ナイフや細剣のような頻繁に砥石を用いるものには二割程度。
両手持ちの大剣や斧のような、”叩き斬る”タイプの得物には四~五割程度。
そして、シドの持っている切っ先には、八割のオリハルコンが使われている。
シドが、切っ先の手入れをしている姿も何度か見たことがある。……かなり長い時間かけて手入れしていたのを思い出した。
「よく見ておけよ、ハナタロウ。シドは腕利きの”岩抜き師”だ」
「まずは……ここからいくか」
シドが切っ先の先端をクルクルと回すと、鏃のような先端部分が外れて、パイプの縁にぐるりと刃がついてた。まるでクッキーで使うカタヌキのようだった。
シドは、切っ先をつけたパイプを壁にあてがうと、得物である大きな斧の裏、鎚になっている部分で、パイプを叩き出した。
カツン、カツンと甲高い金属音をならして、パイプが壁の中に埋もれいく。
長さ五十センチ程のパイプが深く埋もれると、カイドがパイプを接続して継ぎ足した。シドが再びパイプを叩く。
「九までいけるぞ」
「いや、六でいい」
シドはカイドの指示でパイプ六本分、約三メートルのパイプを地面に埋めると、パイプの最後の部分に底の抜けた灰皿のようなアタッチメントを取り付けた。
こんどは小さなハンマーに持ち変えて、灰皿の耳の部分をコンコンと小さな力で叩く。
……見ていてちょっと面白くなった。
シドが耳を叩くたびに、円筒形の太いチョークみたいな石がニョキニョキと生えてきて、カイドが折れないように介添えして、シドがさらに石をニョキニョキと生やす。
「あれはね、旧地球では”コー”って呼ばれるものよ」
「コー?」
「そう。あの”コー”を観察して、掘削した先になにがあるのか、予測するのよ」
ユリハの話だと、あの円筒型のコーを掘削候補地点に刺して回収し、石詠み師、旧地球で言うところの地質学者が解析を行い、金鉱脈がより多く取れる地点を割り出す、というのだ。
コーを取り出す作業、ドワーフたちが岩抜きと呼んでいる行程は、一見簡単に見えるけれども、かなり力加減が難しいという。そしてシドは、岩抜きのエキスパートだ。
約三メートルほどの”コー”を取り出し終えたシドは、カイドともに、掘削ポイントを定めると、さらに、五カ所から”コー”を取り出した。
「こんなところでいいだろう」
「旧地球の石詠み師は優秀だからな。結果はすぐにでるぜ」
「光栄だわ」
六本のコーを混ざらないように分解し、まとめて、それぞれの荷物に分配した。往路ではユリハとサイアはほとんど手ぶらだたけれど、それはこの”コー”を運ぶためだったみたいだ。
「シンベエは戻ってきているかしら?」
サイアがリールの糸を切り、糸を伝って出口へと向かう最中、ユリハが僕に尋ねてきた。
【ちょっとみてくる】
僕はユリハにメモを見せて、念じた。すぐに拠点に置いたエアッちボールの周囲の景色が浮かび、瞬間移動が発動した。
リズとシンベエは、迷わず帰って来られたみたいだ。
掘削班の帰還を告げて、シンベエ達と一緒に坑道へ向かった。
拠点に帰ってから僕たちは、JOXAの学者達に”コー”を提出して、カイドたちは遅い昼食をとった。……飲酒もしていた。
次回は6月5日 投稿予定です




