第105話 到着、岩山の要塞
夕暮れ時、西の海に太陽が沈み始めた頃、僕たちはムーン・グラードに到着した。
緑地が広がる平野部で、西には海、北は山脈。日本の温暖な気候に酷似していて、暮らしやすそうな環境だ。……だからこそ、巨大生物が跋扈しているのだろう。
上空から見下ろすと、山脈から海岸線まで緑地が広がっているのだけれど、一箇所だけ、広範囲にわたって、灰色の砂地の荒野があって、起伏の激しい丘が連なっているのが見えた。
「到着ね」
『拠点は、あの丘の先にあります』
JOXAとAEWの戦士たちが協力して設営した調査拠点は、荒野と緑地の境目あたりにある、高くて、大きな岩山のてっぺんを平らに切り崩し、土を敷き詰めて踏み固めた敷地の中にあった。岩山の縁周りは柵で囲まれ、無数の木の杭が槍襖のように外側に突き出ていた。
第一印象は”要塞”だった。
「ま、まあ、用心に越したことはない思うねん。せやけど、なぁ?」
「……物騒な場所なんだな、ここって」
アキラと花太郎が、軽く引いてた。かく言う僕も、この一週間ほど瞬間移動の練習でムーン・グラードとリッケンブロウムを行き来していたけれど、俯瞰で全貌を見たのは初めてで、ビックリしている。
「マリーたちがいなかったら、コレを設営するだけでも、もっと時間がかかっていたと思うわ」
ユリハが、NOSAの再構築者五人のことを想って感慨にふけっていた。
「もう、着いちゃったんだ」
……聞こえないようにつぶやいたつもりだね、サイア。僕は花太郎たちより断然耳がいいから、聴き逃さなかったよ。伸びをする仕草で、花太郎に自分の背中を強く押しつけている様子をみて、サイアの独り言は僕の心の内に止めておくことにした。
崖っぷちの岩山には、ぐるりと緩やかな石階段が螺旋状に張り巡らされ、階段の終わり、頂上部分には門があり、その隣には、さして高くはない物見櫓がおかれていた。もともと高い岩山だから、あたりを見渡すには十分な高さなのだろう。
櫓で見張りに着いている男が僕たちを見つけて、ラッパを吹いた。ラッパの低い音があたり一円に響くと、シンベエと咲良は門の先、櫓の近くに着地して、見張りの男連中と挨拶を交わした。
敷地内は、ユーラシア大陸の遊牧民たちが使っているような、布製の丸く大きなテントが幾つも張られていた。テントの入り口から、ラッパの音を聞いて戦士や調査員たちがワラワラと現れて、僕たちのところへ駆け寄ってくる。
「来たなぁ! 殿どもぉ」
カイドとシドもいた。……カイドの手には口の開いた酒瓶が握られていて、二人とも鼻が赤い。いや、赤いのは二人だけではなかった。
「なんだよ、飲んでるのか!?」
花太郎は、呆れているというよりか、危険地帯と聞いてきたのに、そのど真ん中で悠々と晩酌しているAEWの戦士たちの豪傑ぶりに驚いていた。
「サイっちゃ~ん!!」
「サイアー!」
「サイアちゃーん!!」
きのこフレンズの三つ巴の死闘をみるのも久々だ。今日はリズが魔法で自分の足下に氷を張ってスケートリンクの上を滑るようにいち早く加速し、サイアを勝ち取ってギュウギュウしてた。
「エアっち、昨日ぶり」
サイア争奪戦に敗北した悠里が、残念そうな視線を送りながら、僕に挨拶する。今回の悠里の敗因は、すでにアズラを抱っこしていたことである。
「来たかい」
アズラは悠里の腕の中で果実をほおばりながら、上目遣いで僕たちをみた。かわいいと思った。
拠点のメンバーは総勢五十名ほど。JOXAの職員は、僕たちの他に八名。七人はマナコンドリアを持たない学者で、あとの一人はリスナーではないけれど、通訳ができる職員。残りのAEWの戦士たちは班に分かれて、拠点の防衛、食料調達、掘削作業を担当し、各班の班長と常駐メンバー以外は、状況に応じてその日毎に采配を行う。
「状況報告は……明日の方が良さそうね」
ユリハはJOXA職員たちも顔が赤いのを確認すると、軽くため息をついて苦笑していた。
拠点の敷地は、住居こそ一カ所に密集してるけれど、面積はかなり広い。切り崩した岩の上に土を敷いて作物を育てたり、運動ができそうなちょっとした広場もある。地下水も汲み上げたりしていて、衛生環境も良さそうだ。
柵は、樹木を加工して造っているみたいだけど、柵の手前に、金属製の杭が等間隔に並んでいるのが見えた。
「どうかしたのかね? 探偵エアっち君?」
[え?]
「君、置いてきぼりにされてるよ?」
花太郎たちをみると、カイドたちに引っ張られて、どこかに案内されている所だった。
「なんか気になることでもあった?」
[この金属の杭って何に使うの?]
「ああ、それ? それはねぇ、……バリア発生装置、だよ」
[ええ?! そんなことできるの?]
「できないよ。今はただの飾りだね」
この金属の杭には魔石が埋め込まれていて、NOSAの再構築者五人は、この魔石を媒介して、敵を寄せ付けないバリア(厳密には違うけど、って悠里は言ってた)を発生させる能力を持っていた。
[結構広い範囲に張れるんだね]
「前にリッケンブロウムで実験したことあるけれど、効果範囲は街丸ごとすっぽり囲えてもまだ余裕ありそうだったよ」
[すごいな]
そういえば、似たような形状の杭、リッケンブロウムの端っこでみたことあったな。街の境界線を指してるのかと思ってた。
杭をならべるだけで即座に安全を確保できるから、立地を気にすることなく、高い機動力で拠点を移動できたという。地質調査は、場所を転々とするため、彼女らの能力は重宝していたそうだ。
「アタイらもあの柵作ったんだぜ」
「ほとんど仕上げ作業でしたけど」
「苦しい。苦しいよ」
ペティとリズがサイアをシェアして、頬ずりしながら近づいてきた。どうやら二人はエルフの”樹木との同化”能力をつかって、木材の加工を手伝っていたらしい。
悠里は二人がサイアを堪能してる様子をみて肌寂しくなったのか、アズラをギュっとした。
「アズアズ~、アタシたちもボチボチ行こうかね?」
「そうだね」
[これから夕飯?]
悠里がイタズラっぽい笑みを浮かべながら「いんや」と言って僕を見つめた。
「これからお風呂に入るのさ?」
……まじか。
…………やってしまった。思わずナイスバディな美女三人を見渡してしまって、最後にサイアと目があってしまった。
「……変態」
痛い、痛いよサイア。だけど心の片隅で「咲良がこの場にいなくてよかった」とほっとしている自分がいた。
「エアっち一緒に入る?」
僕が断る前にサイアが断りました。当たり前ですね、きっと咲良もいますしね。
「男はアッチだよ~」と悠里が教えてくれた屋根のない小屋へいくと、花太郎とアキラ、そして小さくなったシンベエが入浴してた。くみ上げられた、地下水を魔法で暖めた温泉だ。
「来たか、エア太郎」
「よう! 空気のハナ、ええ湯加減やぞ~」
「まさか、温泉が沸いてるなんてなぁ」
魔人とも遭遇したし、今日はいろいろあったもんな。
僕も気分くらいは味わっておこうと思って、衣服をイメージで消し去って、湯に浸かった。湯の熱を感じて、いい塩梅だった。
「これが露天やと、もっとええんやけどなぁ」
「一応、露天は露天だろ、天井が開けてるし」
「せやけどなぁ。やっぱり天井だけやのうて、こう、前面の壁を取っ払って、景色見たいやん」
「とっぱらった所で、トゲトゲの柵しか見えないぞ」
花太郎の指摘でアキラは外の物々しい様子を想像してしまい、少し後悔していた。
「どうだ、湯加減は」
シドがやってきた。酒瓶とお猪口のようなグラスをもっていた。
「シド、まだ入ってなかったの?」
「いや、少しハナタロウと話がしたくてな」
お猪口は花太郎とシンベエとアキラの分、そしてなぜか僕の分も持ってきてくれていて、酒を酌み交わしながら、裸のおつき合いが始まった。
「……サイアとは、どうなんだ? ハナタロウ」
「……そうですねぇ。彼女の気持ちには、とっくに気付いてます。というか、みんなちょっと囃しすぎだから、自重した方がいいと思う」
「ハハハハハ、俺も時々思う。ユリたちはやりすぎるきらいがあるな」
「俺かて、ハナたちの仲むつまじいの見て体中かき回すだけで、オチョクリたいの我慢しとるんやでぇ」
「いや、十分おちょくってるだろ」
「せやろか?」
シンベエだけがキョトンとしながら、チビチビとお猪口の酒をなめ回していた。かわいい。
「ハナタロウ、お前の気持ちはどうなんだ?」
「……」
「俺は、相手がお前なら、いいと思っている。酒も撃拳も、お前の弱さは、どれも鍛えればどうにかなるものばかりだ。お前の持っている心は頼りになると、俺は思っているぞ」
「……ありがとう、シド。そんなこと、言われたの、初めてだよ」
「嘘はつかないさ。どうなんだ?」
酒を飲んでいるとはいえ、単刀直入に聞くものだから、花太郎もごまかしようがないだろう。正直に言うしかないよな。お前の今の気持ち。僕は悠里に外してもらったよ、その足枷を。”誰かと寄り添うことを恐れるな”と。
「……ごめん、シド。誰かと連れ合いになるって事を、考えることができないんだ。もう少し、時間がかかると思う」
「……サイアは、待ち続けるだろうな」
「……うん。僕もそう思う」
シドがお猪口の酒をクイっと一杯煽った。花太郎もシドに習って一気に飲み干すと、アキラもそれを真似した。シンベエだけはマイペースにチビチビと酒をなめていた。
「サイアはまだ成人したばかりだ。何も急ぐことはないからな」
シドは花太郎の酌でもう一杯酒を煽った。花太郎とサイアは十五歳も年が離れているけれど、長命なAEWの住人にとっては大した年の差でもないのだろう。年齢差については、シドは気に止めてもいないようだった。……十四歳のサイアは、しっかり者だけど、僕から見てもやはり幼いとは思う、見た目が。
「俺とユリのせいで、サイアには苦労をかけさせてる」
「何言ってるんだよ」
「サイアに言い寄る男連中が多いのさ。旧地球の人間とドワーフの間に生まれた子どもだからな。親の俺が言うのもなんだが、サイアはモテる。俺はそんな野郎どもが持ちかける見合い話を全部断ってきたが、それがサイアにとって幸せなものなのか、わからなかった」
シドは、酒瓶をラッパ飲みしはじめた。
「考えた末、ブライスと祝言をあげるのがいいと、思っていた矢先だったよ」
「ブライスってだれや?」
アキラの問いに花太郎が「行商に行ってるカイド家の四男」と早口に答えた。
「旧地球の保育園に通っていたときは何ともなかったが、こっちに戻ってきてからのサイアは、小さい頃から見合い連中にもてはやされていて、それが原因なのか、男と話をするときは、いつもどこか窮屈そうだった」
「シド、せめてお猪口にしとこうか」
「ああ、すまん」
酒瓶を放し、再び花太郎の手酌でお猪口の酒を煽るシド。
「お前と砂漠で会った時、サイアの態度を見て、俺はうれしかった。ハナタロウ、お前のおかげだ」
「何を言ってるんだよ、シド」
「夫婦同士は対等じゃなきゃいけねえ。ハナタロウ、サイアにとってお前は”自分が対等に接することのできる相手”だ」
「……うん。ありがとう」
今度は花太郎がお猪口をあおり、シドが酌をした。
「もう一献いけ」
「うん」
シドに促されるまま、花太郎は酒を煽った。アキラもそれに習って酒を煽った。
それからは先ほどまでの真面目でしんみりした会話がどこ吹く風と言わんばかりに、男同士でしか話せないような下世話な話題で盛り上がり、気が付けば真っ暗になって、空には星が瞬いていた。
「そろそろいくか」
シドが風呂からあがると、魔石のランプを灯した。
のぼせ上がった花太郎とアキラが風呂から出ると、二人仲良く倒れた。どうやらかなり強い酒だったらしい。これから間違いなく宴が催されると思うけど、大丈夫かな。
次回は6月3日 投稿予定です




