第104話 竜の使命 後編
シンベエが風刃、咲良がレールガンを連発しながら突撃し、表面に穴を空けて内部へ突入する。アキラの幻影達も、すり抜けて内部へと進入した。
咲良の言ったとおり、幽魔達の距離が近い。個体それぞれの表情がわかるくらいに。
……やはり苦しそうだった。僕みたいに半透明だしこっちも向こうも動き続けているから、表情をじっくり観察する暇はないけど、少なくとも笑っている個体は一つとしてなかった。
こんな表情見せられたら、なんとかしなきゃいけないって思うじゃないか。だけど、僕には何も出来ることがない。
竜の連隊は球体の中をぐるぐると旋回しながら加速する。もうシンベエ達に追いつける幽魔は一体もいない。
前方から待ち伏せて襲ってくる幽魔をシンベエの風刃が切り裂き、アキラの操る竜の幻影に取り付いて肩透かしをくらった個体を、咲良のレールガンが散らせた。
連隊の後ろに回り、諦めずに追撃してくる個体を、ユリハのショットガンが仕留め、サイアの詠唱で死角に固定した共鳴石が警鐘を鳴らすと、連隊は方向転換を行う。
シンベエの横を通り抜ける幽魔と、目があった。
女の子だった。もしかしたら、成人したドワーフの女性かもしれないけれど、顔立ちが幼くて、子供のようだった。
僕に手を伸ばしてきた。表情はとても苦しそうで、シンベエのスピードに追いつけず徐々に離れていく。
僕が幽魔によく似た姿形をしているから、魔人が操る幽魔と接触したなら、簡単に魔人に取り込まれてしまうのではないか。ユリハはその可能性を懸念して、僕に退避するように促したのだ。
ここに止まると決めた以上、みんなの足を引っ張るわけにはいかないんだ。その手には、触っていけないんだよ。
……そんな顔をしないでくれよ。
「いけない!」
ユリハの怒号と、僕が伸ばした手が女の子の手に触れたのは、同時だった。
……ユリハの予想は外れた。
僕が触れた瞬間、女の子の手も、全身も、すべてが青白い粒子になって拡散した。魔人は、僕の存在を拒んだ。
[ごめん、ユリハ]
ユリハに伝わるように、一語づつ、口を動かして謝った。
「……父親の威厳、すこしは見せてあげなさい」
サイアは共鳴石を定位置に固定するために詠唱を続けている。彼女を抱える花太郎は無言だった。
さっきから、ずっと黙っている。詠唱しているサイアが振り落とされぬようにと、しっかりと抱えている。サイアの両手は別に塞がっているわけでもないし、命綱もつけているのに。
お前の装備は、ユリハが設計した高性能な片刃の剣とハンドガン。……今回は役に立たない。だからこそ、足を引っ張りたくなかったんだろ?
ほとんど触れることができない半透明な自分の手を、花太郎の肩に置いた。
[悔しいんだろ、お前]
「……」
[甘田花太郎の片割れとして、咲良にカッコイイとこ、見せてくる]
「…………頼むよ」
僕は連隊から離脱した。”ボケら~”モードでシンベエに乗っかっていた僕は、とてもじゃないけど、シンベエ達のスピードにはついていけない。
何やら言葉を発しながら振り返って、咲良が僕を見た。僕は”敬礼”のポーズを取って、咲良の健闘を祈った。
連隊が討ち漏らした者や、シンベエを追っていた幽魔達が、僕に向かって襲いかかってくる。
止まっているからよく見えた、彼らの表情が。
僕は神様じゃないし、精霊とか呼ばれてるけれど、そんな大それた存在じゃない。けれど、あなた達を救うことができるなら、ちょっと勇気をだすよ。
僕の身体に触れた幽魔が次々とマナに拡散して消えていく。
目を逸らさないように堪えた。僕の視界で見渡せる人たちの、最後を見届けようと思って。
苦悶に満ちた表情が薄らいでいく様子はなかったけれど、これで彼らは怨嗟の呪縛から解き放たれた。そう思うことにする。
……幽魔にはやはり、生前の意志が宿っているのかもしれない。僕がド派手な粒子をまき散らして、幽魔達を拡散させると、魔人の内部にいた幽魔達、シンベエ達を追っていた連中すら身を翻して、全ての幽魔達が僕の元へ集まってきた。
「空気のオッサン!!」
減速した連隊から咲良が抜けて、僕の方へと飛んでくるのが一瞬見えたけれど、四方八方、上下左右から僕と同じ半透明の幽魔達が幾重にも重なって飛びかかってきて、視界が遮られた。
光沢のない、マイナシウム独特の絵の具っぽい光も、ここまで集まると、さすがにちょっと眩しい。
拡散したマナが晴れると、白い翼を生やした天使が、僕の目の前にいた。
ここは……天国か?
あたりを見渡して、幽魔が一体も残っていないことを確認すると、僕はメモ帳とボールペンを出して、なるべく丁寧な文字を書き連ねた。
【少しは、役に立てたかな?】
「……うん、まぁ」
【ちょっとびっくりしたでしょ?】
「……そうだね」
【僕はすごくびっくりした。こんなことできるとは思わなかった】
咲良が、少しだけ笑った。悠里に習字を教えてもらってよかった!
「仕上げをするから、シンベエのところに戻りな、空気のオッサン」
見ると、アキラとシンベエが手を振っていて、ユリハとサイアは安堵したのか、微笑んでいて、花太郎もシンキ臭い顔じゃなくなっていて、僕と目が合うと、軽くうなずいた。
[どうだ花太郎、してやったぞ]
花太郎に血液通信を送ってみた。
『地上に降りたら、僕だって活躍して見せるさ。今のうちに笑ってろ』
花太郎の声が頭の中に響く。
[はい、はい]
言いながら、シンベエの所へ戻り、感覚を”ボケら~”モードに切り替えた。
『シンベエ、今日はオレが先にいくよ』
「わかった」
アキラが幻影を解いて、連隊が解散すると、咲良とシンベエが意味深な会話を始めた。
……今日は、咲良が先にいく?
魔人の球体内部の端っこ。内外を仕切る透明な堅い膜のような部分に程近い位置まで移動した。
『いくぜ!』
「うむ」
シンベエの返答を聞いた咲良が前方で大きく腕を振りあげてから、勢いよく打ちおろした。
スピーカーから咲良の声とは全く異なる電子音声が聞こえてきた。
『”リミッター解除確認、稼働限界、残リ、ジュウ、ゴ秒”』
咲良がまとっている魔法障壁が一層色濃く見える。前進を始める咲良。シンベエが真後ろにピッタリついて追随する。
キィィィィィィィィィンと、歯医者さんが使うドリルのような高い音が聞こえる。
……ユリハがワクワクしていた。
「今、マッハどれくらいかしら?!」
「マッハ? …………今、音速なんか? 大丈夫か?! 俺ら、死んでまうやん!!」
「大丈夫よ、シンベエが守ってくれてるわ! ソニックブームの音がこんなに小さく聞こえるじゃない!!」
「そ、そ、そ、そ、ソニックブーム!!」
アキラが絶叫しているけれど、花太郎は固まって声も出ていなかった。サイアがそんな花太郎を見上げて「ハナタさんって、ちょっと可愛いところもあるんだよなぁ」、と、はにかみながら一人つぶやいた言葉も聞こえてないだろう。チキン野郎め! ……僕も怖いけどさ。
衝撃波……物体が音速を超えると空気の層が高密度に重なって破壊力を持つ現象、だったかな。
咲良にスリップストリームで追随しているシンベエの側面にある球体の膜が、粉々に砕けていく。間違いなく衝撃波が発生している。
飛びながらシンベエは風の刃を乱発し、破壊活動を続けていった。
『3、2、1……稼働限界デス』
ハウリング音と共にスピーカーから機械音声が流れると、咲良とシンベエは減速して、破壊し尽くされた魔人の内部を見渡した。
「どうだい? シンベエ」
肉声が聞こえるくらいの距離まで咲良は近づいていた。破壊された膜の破片は宙を漂い、青白いマナの光を放っているものもある。
「問題ないだろう。ここを出よう」
シンベエと咲良が外に出てから、十五分くらいが経過した。幽魔達が去った巨大な水晶に変化がおきた。
魔人本体が突然、青白く輝きだし、どんどん小さくなってゆく。シンベエと咲良が小さくなっていく魔人に近づく。ユリハは頬を上気させながら、その様子をカメラで撮影していた。
光が消えると、百メートル以上あった魔人の球体の直径は、五十センチくらいまで小さくなって、白くやや透き通った玉に変わっていた。
竜の卵だった。
竜族には生物学上の明確な雌雄が存在しない。雌雄の区別は個体の持つアイデンティティに起因している。生殖器がないからだ。
竜族は魔人から生まれる。竜族に語り継がれた話だと、マナの塊である幽魔がより集まって化身し、膜を造って魔人になるという。そして膜の内部から幽魔が消え、膜を破壊すると、膜が傷を癒そうと自らの身体を縮め、これが竜族の卵になるのだ。
JOXAでは卵が生成される瞬間は何度か撮影に成功しているけれど、魔人誕生の瞬間には、まだ誰も立ち会えていない。
「ユリハさん、ここから十分ほどのところに、町があります。竜の神殿もあるので、休憩がてら立ち寄りましょう」
「予定時間は……」
「十分巻き返せます」
「ありがとう。咲良、ユリハ、サイア、アキラ、ハナタロウと、エア太郎」
シンベエは咲良に向かってペコリとお辞儀をして、咲良はその大きな頭をポンポンと叩いていた。
咲良が先行して、シンベエが竜の卵を抱えながら追随した。
小さな町が見えてきた。僕たちは町の広場に降りたって、咲良が言っていた”竜の神殿”へと向かった。
神官の出で立ちをした神殿の管理人に、シンベエが卵を渡した。なんか仰々しい儀式でもあるのかと思ったら、そんなものはなく、神官がかなりフランクに接してきたので、おもしろかった。
竜の神殿とは、回収された竜の卵の羽化を見守る場所だった。
卵を管理している部屋に案内されると、十畳くらいのスペースに、四つの卵と、一匹の竜がいた。
卵の羽化まで約五十年。先に羽化した竜が、神殿や町の手伝いをしながら、他の卵が羽化するまで見守るのが、慣習だという。
……どうやらシンベエの羽化を見守ったのがアズラらしい。なんとなく、シンベエがアズラ相手にヘイコラした雰囲気を出しているのがわかった気がする。
一匹の幼い竜族(といっても3、40年は生きてるかもしれない)や神官とシンベエは仲がいいらしく、神官が甘そうな果物を取り出して、二匹の竜に分け与えていた。
昼時ということもあって、神官は僕たちを昼食に招待してくれた。
みんながご相伴に与かっている間、僕は、卵の保管場所に行って、幼い竜族と世間話しながら、部屋を見渡し、五つ並んだ卵を眺めた。世間話といっても、僕は身振り手振りしかできなかったから、ほとんど向こうが話をしている状態だったけれど。
それにしても、どこか既視感あるんだよな、コレ。
……オニフスベだ。
悠里たちと幻霧の森の探索任務に就いたとき、僕が「巨大生物の卵」と勘違いした真っ白いボールみたいなきのこだ。
”なんだコレは! 竜族の卵か!?”などと焦って三人に笑われたけれど、よく似ている。
……いかん。そう思ったら、竜の卵がオニフスベにしか見えなくなってきた。
気持ちをリセットしようと思って、一旦外へ出て、もう一度部屋に入る。
幼い竜がキョトン、と首を傾げて見つめてきた。可愛い。やっぱり竜族は可愛い!
そして竜の卵は……白くてオ、オニ。……大きくて。白くて大きくて荘厳だ! まるでオニフ……。形容がたい神秘がある。
……葛藤していると、男の子みたいな口調をしている幼い竜が僕にお礼を言ってきた。
魔人を鎮めて卵を生成する使命は、とても名誉であると同時に、とても危険であること。
自分を生成してくれた竜は誰だかわからないけれど、あなたたちにお礼を言わせてくれと。
幼い竜は僕に手を差し出した。彼は、旧地球の”握手”を知っていた。
僕も手を伸ばす。……彼の四本指の手は、きっと強く握ってくれたんだと思う、すり抜けた。
少し驚いた表情を浮かべていたけれど、すぐに握手をやり直してくれた。今度はすり抜けてしまわぬようにと、僕の手に、そっと手を重ねて。
次回から ムーン・グラード編に突入します。 次回更新は6月1日の予定です。よろしくお願いいたします。




