第103話 竜の使命 前編
「エア太郎、君は瞬間移動で避難しなさい。ここで一番危険なのはあなたよ!」
【お断りします】
僕はメモ帳に文字を書き殴ってユリハに見せた。みせながら花太郎に言づてを頼んだ。
「エア太郎より。”一人だけ安全な場所に逃げるなんて真っ平だ。どうせ何も出来ないけれど、足は引っ張らないから、そばにいさせて”って」
「……絶対にシンベエから離れちゃだめよ」
日本の伝承で”船幽霊”というものがある。船が難破して溺れ死んだ船乗りたちの霊がより集まり、強大な怨念となって、船を襲うのだ。
僕たちが遭遇したのは、有象無象の幽魔の集合体。AEWの”船幽霊”だった。
幽魔の群れが寄り集まって、巨大な球体を形成し、まるで一つの意思を持ったかのように、ただ、ただ、ひたすら、生者達を襲い彷徨い続ける怪異を、AEWの住人は”魔人”と命名した。
「肉眼で見るのは、初めてね」
ユリハは好奇心こそ尽きていなかったものの、どこか表情に悲痛さがあった。
「……スマン」
シンベエが頭上に現れた魔人の姿を見据えながら、呟いた。竜族と魔人には、切り離すことのできない因縁がある。
『やるんだろ? シンベエ!!』
スピーカーから咲良の力強い声が聞こえた。
「……ああ、頼む」
シンベエやアズラ、AEWの竜族達は、一匹狼で、自由奔放で、その永い生涯を勝手気ままに生きるのほほんとした一族だけれど、一つだけ、果たさねばならない使命が課せられていた。
”さまよい続ける魂を鎮めること”
幽魔とは、マイナシウムが魔力の高い生者の意思を吸収して作り出す残滓。マイナシウムが見せる蜃気楼のようなものだとJOXAでは考えられているけれど、未だに謎が多い。彼らは時々、まるで意思があるかのように、振る舞うことがある。
逼迫した状況がそうさせているのか、流れる時間がひどくゆっくりだった。一瞬が永遠かと思われるほどの気の遠くなりそうな刻の中で僕は、魔人の姿を観察した。
ドワーフ、エルフ、オーク、コボルト、フェアリー、ノーム、ホビット……、知能が高く、言葉を持ち、魔法を扱える様々な種族の幽魔達が、空にとけ込みそうな蒼い球体の中でうごめいていた。直径は数十メートル、いや百メートルを越えているかもしれない。
幽魔達は、全身が見える者もいれば、頭部や腕、体の一部分だけが残っているものなど、多種多様だ。
幽魔には魂が宿っているのか、そもそも魂とはなんなのか、僕にはわからない。
そして、球体の中で、まるで苦しんでいるかのように蠢く幽魔達と、この僕の、向こう側が透けて見える空気のような身体の、どこがどう違うのかもわからない。
もし、僕のように彼らにも考える意思があるのなら。魔人となって苦しみ悶えながら生者を襲う彼らを解放しなければならないと思った、絶対に。
「サイア、戦闘準備よ! 花太郎とアキラ君はじっとしてなさい!」
ユリハはサイアに共鳴石を投げ渡すと、ベルトのチェーンを調節してシンベエの背中に立った。
「アキラ君。肩、借りるわよ」
「は、は、は、はいな」
愛用のショットガンを構え、装填し、弾薬の入った鞄を自身の肩に掛けると、アキラの右肩に右膝を置いて、姿勢を維持した。
花太郎の指先は少し震えているし、サイアも緊張している。
「花太郎はサイアがバランスを崩さないように押さえてなさい」
「はい、了解!」
サイアが受け取った共鳴石に糸を括りつけて、シンベエの腹の下三メートル程の位置まで垂らした。
半目になって詠唱を始めると、糸が銀色に淡く輝き始める。糸が針のように固くなっていく。
この魔法は、どうやら、ずっと詠唱を続けないと効力を発揮しないものらしい。花太郎は、無防備になっているサイアが落ちないようにと、しっかりと彼女を抱き寄せた。
よほど集中を必要とする魔法なのだろう、サイアは花太郎の事をまるで気にも止めていなかった。
以前、リッケンブロウムで竜族の生態と魔人の存在についての講義を受けた。その時に、魔人と遭遇した際の撃退方法も教えてもらった。
強風や弾丸などの衝撃で、とにかく拡散させること。
『補足された! 来ます!』
球体に閉じこめられた幽魔達の視線が一斉にこちらを向いた。まがましい様相だった、久しく忘れていた、竦みあがる感覚を思い出してしまうほどに。
「咲良ちゃん。準備はいい?」
『いつでもどうぞ!』
「いけるわよ、シンベエ」
「ありがとう、皆」
「持ちつ持たれつ! 背後は私が引き受けるわ!」
「頼む」
球体を突き破って、無数の幽魔達が向かってきた。魔人は生者が内包しているマナを欲する。体に取り付いて、個体の魔力を息絶えるまで吸いつくし、肥大化し、再び生者を襲う。
ユリハが僕に避難を指示したのは、僕の体が魔人の体内に取り込まれやすいのではないかと危惧したためだ。
……僕はマナで出来ているけれど、マナを拡散する奇妙な体質を持っているから、魔人が僕の天敵なのか、僕が天敵なのかは定かではない。やってみなければわからない。
咲良の周囲に薄っすらと青白い膜が見える。魔法障壁の出力を上げたんだ。
魔法障壁を展開した咲良が、FUの翼を一度大きく羽ばたかせると、向かってくる幽魔の一群めがけて突撃した。
猛スピードで加速した風圧で、一群の真ん中にぽっかりと穴が空き、咲良が急停止すると、両腕を広げた。その手には、二丁の銃が握られていた。
咲良がその場で体を回転させる。銃口から火花が散るのが見えた。火花が幽魔達を蹴散らす。火花の散り方に、見覚えがあった。
「……あれってレールガンやないか?」
「そうよ。水に濡れると使いものにならないけど、メルクリウスの魔法障壁を常に展開しておけば、雨が降っていても運用可能なの。弾速と弾丸の携行性に優れているわ」
蹴散らした幽魔達のちぎれた体が再生を始める。
『シンベエ、よろしく!』
通信が入ると、咲良は真上に上昇しながら、下方に向けてレールガンを連発した。
「ゆくぞ!」
翼を広げて一群を見据え、大きく口を開いた。
シンベエの周囲の空気が凝縮し、前方に霧の玉が出来たかと思うと、玉が一刃の風となって空を走り、群体の前で弾けて無数の風の刃が現れ、螺旋状に広がった。
再生を始めた幽魔達が風の刃に触れて、再び散った。ちぎれた部位が咲良の放つレールガンの雨に触れてさらに細かく散り散りになると、一部の幽魔達が消え去った。再生する兆しはない。魔人の呪縛から解き放たれたのだ。
「一気に来たわよ!!」
先鋒の一群を一掃すると、球体を破って再び幽魔達が群を形成した。今度は一つではない。無数の群体に分かれ、隊列を組むように並ぶと、四方八方から襲ってきた。
『このヤロォォ!』
咲良が背面から拳大の鉄球を取り出した、手劉弾だ。ピンを抜いて、軽く宙に投げ、落ちていく手榴弾を蹴り飛ばした。これを三回行うと、再び銃を連発し、幽魔達を蹴散らしていく。
シンベエが造りだした霧の球は、さっきよりも遙かに大きかった。形を変えると、霧の刃の渦となって、咲良を避けながら、幾何学的な模様を空に描いて走ってゆく。
咲良が蹴りあげた三発の手榴弾が炸裂し、風圧で外側へと押したやられた幽魔たちが、シンベエの放った風の刃に触れて、塵になる。
「二人とも、息が合ってるわね」
ユリハは上方へと大きく迂回しながら急降下してくる幽魔めがけてショットガンを放っていた。
突然、カン高い音が下方から響いた。
それを聞いたシンベエが急上昇して、縦ループを描き始める。遠心力が花太郎達の体を押さえつけ、ユリハが片手で命綱を握りながら、ショットガンを下に向けて放った。幽魔の一群が散る。
「なるほどなぁ。共鳴石をシンベエの死角に固定して、探知機にしとるんやな」
「そういうこと」
「戦法は理解したで。このまま襲ってくる連中を返り討ちにして、攻撃が鎮まったら魔人本体に突入するんやろ?」
「ええ、そうよ」
「ほんなら、俺も参戦させてもらうでぇ!」
アキラは魔石を輝かせると、巨大な幻影を創った。ソラクラゲだ。ソラクラゲの幻が魔人本体の眼前に現れた。
球体の殻を突き破り、幽魔達が幻めがけて飛び出してくる。幻は、ゆっくりと気流に流されながら空中に漂うソラクラゲの生態とは大きくかけ離れた速度で、魔神から距離を取った。幽魔達がそれを追いかける。
移動しながらソラクラゲはだんだんと小さくなってゆき、人間程度のサイズになると、ピタっと静止した。幽魔達が幻に襲いかかるも、ただ、空をきるばかりで、仕留められない。
魔法障壁を展開し、シンベエが放った風の刃を伴いながら、咲良がその一群の中心に向かって突入した。
アキラの幻影を襲っていた群が一掃される。
「咲良はん! 誘導場所は今ん所でええんか?!」
アキラがユリハのクリアカムのマイクに向かって大声をあげて尋ねる。
『出来ればもう少し魔人に近い方がいい。加速がつけやすいからね!』
咲良がアキラの声を拾って、返答した。
「合点!」
『チワ公のオッチャン、なかなかやるじゃん』
「は? チワ公?!」
『ユリハさんと話すとき、いつもチワワみたいに震えてるからね!!』
「んなことあるかい! それにまだ”オッチャン”言われる年でもないわ!」
暦上は”化石”とか”石油”とか呼ばれてもおかしくはない年齢だけどな。
「そうよねえ、私、普段から優しいし、怖くなんかないわよねぇ?」とユリハに微笑まれたアキラがチワワの如く震え上がる。こっちの様子はほとんど見えない咲良なのに、雰囲気を察したのか、スピーカーから笑い声が漏れた。
『弾薬がかなり節約できそうだ。この調子でよろしく!』
「頼むぞ、アキラ」
咲良とシンベエから頼られたアキラは張り切って幻影をポコスカつくって、幽魔達を誘導し続けた。
「咲良、そろそろ突入しようと思うのだが」
『わかったよ!』
先陣で獅子奮迅の如く縦横無尽に暴れ回り幽魔達を撃退していた咲良が、シンベエの真横に並んだ。魔人の攻勢は止み始めていた。
「記録映像を見る限り、魔人の内部は、幽魔達とあまり距離がとれていないようだったけど?」
『はい。突然目の前に現れることもあるので、よく注意してください』
「わかったわ。サイアはこのままま詠唱を続けててね」
ユリハの指示を受けて、サイアは頭を縦に振った。
「いくつか、囮の幻影創っとく。咲良はんが間違えて幽魔ごと撃ってまうとあかんから、色は変えるでぇ」
言いながらアキラは、シンベエを中心に隊列を組むようにして、幻影を出現させた。真っ赤な身体のシンベエだ。
「……奇妙だな」
「変えるか?」
「いや、このままでよい」
「エア太郎。避難する気はないのね?」」
ユリハが改めて尋ねてきた。
僕は首を縦に振った。……花太郎が、さっきから一言も話していないんだ。
「わかったわ」
青き翼竜のシンベエ、白き翼、FUメルクリウスを駆る咲良と、幻影の赤き翼竜の奇抜な混成部隊は、美しい隊列移動を行いながら、向かってくる幽魔達を蹴散らして、魔人本体へと突入した。
次回は5月28日 投稿予定です




