第102話 天空の漂流者
ムーン・グラード到着までは、途中休憩を入れながら六時間を予定している。
咲良とシンベエはかなりスピードをだしているから、よっぽど遠い場所にあるのだろう。
僕もランデブーしようと思って加速をかけたけれど、とてもじゃないけど追いつけなかった。
「エア太郎、瞬間移動してもいいのよ?」
ユリハが提案してくれたけど、僕はメモ帳を取り出して【ここいらの景色を眺めたいから、しないよ】と伝えた。
全身の意識を”ボケら~”モードにすると、体が勝手にシンベエ達を追随できた。
すこしなつかしい気分になった。以前、アズラが砂漠で跳躍移動を行っていたとき、無意識にできていたことだったけれど、花太郎血液のゼリー化でずっと姿が見える状態になってからついぞ忘れていた感覚だったからだ。なんか、乗り物に乗っているようで、楽しかった。……そういえば、宇宙エレベーター昇降してたときも、無意識に出来たな。あの時は花太郎にしか見えてなかったけど。
「シンベエ、何か違和感はない?」
僕が花太郎の傍でプカプカしながら追随していることに疑問を持ったユリハが尋ねた。
ユリハ曰く、シンベエは大気を操って飛行している。乗客を含めた自分の周りの大気圧を一定にして、マナを使って揚力と推進力を得ているわけだから、マナを拡散する体質を持つエア太郎が天敵になるのではないか? ということで、出発する前に検証を行ったのだ。
結果、咲良のFUは僕に触れると機能を停止してしまったけれど、シンベエの方は特に変化は起きなかった。ただ、スピードを出して実験はしていなかったから、気になったのだと思う。
「特に、かわらんな」
シンベエの返答を聞いて、ユリハは、ほっと胸をなで下ろしながら「どうしてなのかしら」と猟奇的にキラリと目を輝かせていた。
前を行く咲良との通信はユリハが担当していた。ユリハと咲良はイヤホンマイク状の”クリアカム”と呼ばれる短距離用の無線機を装着していた。シンベエの首の辺りにスピーカーがついていて、咲良の声がシンベエや僕たちにも聞こえるようになっている。シンベエの顎の下辺りには首輪のような形状のマイクが括りつけられていて、シンベエと咲良も通信が可能だ。
僕はシンベエに乗っている心地を味わえていたし、アキラと花太郎も顔がうきうきしてるし、気分が落ち着いてきたサイアは軽く背中をもたれて、花太郎に表情が見えないことをいいことに可愛らしくはにかんでいるしで、空の旅を各々が楽しんでいたけれど、一番興奮していたのは、ユリハだった。
ユリハの視線は、シンベエの前方を飛ぶ咲良、正確には、FUメルクリウスに釘付けだった。JOXA備品のデジカメで動画も撮影している。先に出立したニモ先生から特性の酔い止めをもらったらしく、乗り物酔いの兆しもなくハイテンションだった。
「花太郎、邪魔よ。君は背が高すぎるわ」
「ユリハがこの場所を指定したんじゃないか」
「せめて動かないで! ……いえ、君が撮ればいいんだわ!」
ユリハはデジカメを花太郎に渡した。花太郎がそれを受け取ると、手に巻き付けていたカメラの紐を解き、花太郎に首から下げるように指示を出す。
「……いいのか? 撮って?」
「ええ! もちろんよ!」
[花太郎、その目つきはやめろ]
花太郎は貪るように咲良の勇姿を撮影していた。運動会で子供を応援する父兄の如く。
「咲良……すごいねぇ……咲良」
花太郎のつぶやきを聞いて、サイアが割と力を込めて花太郎の太股をつねっていた。
『前方に異変!』
スピーカーが咲良の通信を拾った。
前方を進んでいた咲良が減速して、シンベエと横ならびなった。
「ハナ、緊急事態やぞ! いつまで撮ってんねん!」
花太郎はニヤニヤしながら咲良の横顔をカメラで追っていた。サイアは花太郎の胸に頭をガンガン打ちつけて抗議している。手ブレ、酷そう。
前を見ると、遠くの方にうっすらと雲がかかっている。けれど、その雲が異様だった。 ……もぞもぞ動いている。
ユリハが双眼鏡をのぞき込んで雲を観察する。
「大丈夫よ。あれなら」
『ソラクラゲ、ですね?』
咲良の通信を聞いて、ユリハが「ええ」と返答した。
「せっかくだから、データがほしいわ。ギリギリまで接近しましょう」
空を泳ぐクラゲ。まさにその名の通りだった。僕の知ってるクラゲと著しく違いがあるのは、空を泳いでいることと……巨大なこと。雲と見間違う程の大きさは、恐怖を覚えるレベルだ。それが群となって漂い、空域一帯を占領していた。
「すげーな、大丈夫なのかな」
「おとなしいんだよ?」
少しビビってる花太郎にサイアが母性本能をくすぐられたような優しい眼差しを向けながら、応えた。
「サイア嬢、怖くないの?」
「怖くないよ」
「ほぇ~、すごいねぇ。……うん、慣れてくれば、綺麗にみえるかもな」
ソラクラゲの体表は傘状の透明な柔らかい膜でできていて、体内に入り込んだ太陽光が乱反射し、豊かな虹の色彩を放っていた。美しかった。
「……やっぱりちょっと怖いかも」
サイアの表情をみる限り、恐怖など微塵も感じていないようだけれど、サイアは花太郎の両腕を掴むと、自分の腰へと回し、花太郎の胸にもたれ掛かって密着した。……甘えたいお年頃なんですね。
「おぉ、カユイカユイ、かゆいで~オフタリさん。……ん」
全身をかきむしっていたアキラが、突然、フッと頭を揺らした。脳情報から情報を引き出したみたいだ。
「何を引き出せたの?」
後ろにいて、すぐにアキラの動作に気付いたユリハがワクワクしながら尋ねた。
「い、いえ、あの。引き出したのは、引き出したんやけど、あの、クラゲたちのちょっとした、データです」
「是非、聞きたいわ!」
「は、はいぃ!!」
ソラクラゲは、大気中の水蒸気やマイナシウムを体内に吸収して生きる。酸素は必要としていない。消化器官もないから、巨大ではあるものの、生体構造はクラゲよりもアメーバのような微生物に近く、単純なのだという。
空域一帯に大量発生するのだけど、生物を襲うことは無い。風に流れて放浪し続ける種だ。
せいぜい注意することといえば、群の状態だと視認しやすいけれど、群から離れたハグレ個体が透明すぎて、気づかずに突っ込んでしまったり、広範囲に群れる上、太陽の光を反射する為に視界が遮られ、他の敵性生物の接近に気づかない場合がある、と。
「いいわねぇ、アキラ君の頭。……うっとりしちゃうわぁ」
「……」
ほめられたはずなのに、アキラは喜んでいなかった。
「咲良ちゃん。ヘッドギアのカメラも使ってくれる?」
『了解』
ユリハの指示を受け取ると、咲良はヘッドギアについているカメラを起動させてソラクラゲに接近して行った。花太郎もカメラを回そうとしていたけれど、サイアに腕を捕まれていたので、アキラが花太郎のカメラを横取りして、撮影を始めた。
「ハナ、ちゃんと咲良はんを撮ったるでぇ!」
「……頼む!!」
二人の会話を聞いてしまったサイアが、複雑な表情を浮かべていた。
FUメルクリウスにはカメラ二台が搭載されていて、うち一台は常時起動している。このカメラは、常に周囲の景色を録画し、地形データを収集するためのものらしい。計器を狂わせる大気中のマナを、操者である咲良が吸収して守ることができるため、撮影と同時に高度や方位も記録できる。これらの機器を駆使して、人工衛星が存在してない環境下で、地図や、航空ルートを作成するプロジェクトが絶賛進行中らしい。
といっても、咲良がAEW任務に就いたのは、ここ半年くらいで、AEWの航空ルートを確保するプロジェクトは、始動したばかりだった。操作難度レベル5のメルクリウスを操れるのは未だに咲良だけだし、飛行可能なレベル3のサロメや、レベル4のFUは、戦闘能力の部分で難があるので、単独任務では、あまり使えない。
つまり、JOXAは現在、他地域の航路どころか、リッケンブロウムからムーン・グラード間での航空ルートすら完全に掌握できていないのだ。航路を完全に覚えているのは咲良ただ一人だけ……らしい(シンベエは方向音痴だから除外)。咲良、カッコイイ!! マジ天使!
「風上に向かって航路変更をしなければいけないわね」
『今、西風です。』
時間の許せる限り(といってもそこまでシビアじゃない)ソラクラゲを撮影しデータを収集すると、ユリハは咲良に航路変更の相談を持ちかけた。
「西へ進路変更、できる?」
『できます。ソラクラゲの活動限界高度はそんなに高くはないので、西へ上昇しながら、迂回しましょう』
「そうね、高度か西の端か、群れが途切れた所で、改めて進路変更しましょう」
『了解!』
再び咲良はシンベエの前について、西へと旋回しながら、徐々に上昇を始めた。
「お父ちゃんと偉い違いやな、ハナ」
「育てた親がよかったんだろ?」
「……すまん、ハナ」
「え? なんで?」
花太郎は冗談のつもりで返したのだろうけど、アキラが妙に重くとらえてしまい、素直に謝られていた。サイアも花太郎の腕をギュっとしてた。
「いや、そこは笑ってくれよ。ちょっと悲しくなるじゃないか!」
花太郎の言葉を聞いて、シンベエだけが笑ってくれてた。
ソラクラゲを眼下に見下ろし、迂回完了と判断した咲良が、下降を始めた。元の航路に戻ろうとしているのだろう。その時だった。
『警報! 左舷十一時、頭上!!』
先ほどの伝令とは明らかに違う声音、緊迫している咲良の声がスピーカーから響いてきた。
咲良が示した先には大きな雲があった。
見上げたアキラが雲間に隠れている目標を見つけた瞬間、コイツの頭が揺れて、脳情報から情報を引き出した。
「…………魔人や」
次回は5月26日 投稿予定です




