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第101話 いざ、ムーン・グラードへ

 出立の朝、僕たちはナタリィさんに招かれた。

 カイドとシドはいないけれど、ユリハやサイア、アキラ、咲良にシンベエ、花太郎と僕、ナタリィさんとその息子達……少し、にぎやかな朝食だった。


 シンベエは手のひらサイズに小さくなって、今任務の報酬であるプリンを堪能していた。


 プリンは、バケツのように大きな陶器に入っていて、これが三個あった。


 これらの陶器は、普段はただの飾りに成り下がってる、中身がすっからかんのユリハ宅の魔石で動く冷蔵庫ですら、二つまでしか入れることができず、サイアがナタリィさんに頼んで、カイド宅の冷蔵庫に残り一つを入れさせてもらったみたいだ。


 サイアが陶器の上に器を乗っけてひっくり返し、中身を出す。バケツプリンは、自重に耐えきれず、形を崩しながらペチャンコになった。花太郎がちょっと残念そうな表情をみせた。一所懸命に作ったからだろう。


「これくらいの固さがおいしいんだよ」


 と得意げな表情を浮かべて、サイアが作りたてのカラメルソースを上にかけると……かなりおいしそうだった。


 ジュルリッ!


 音をたてたシンベエが澄ました顔でプリンを凝視していて、可愛いかった。


 咲良からスプーンを受け取ると、お行儀よく食べ始めたけれど、食べるペースがとんでもなく速い。みるみるうちにプリンがなくなっていく。


「おいしいか?」

「うむ、甘い。うまいな」


 シンベエの傍らで椅子に座りながら咲良は、彼の膨らんだほっぺたやお腹をツンツンして、触り心地を楽しんでいた。


 写真に納めたかったけど堪えた。僕は花太郎が大量出血しない限り物理干渉がロクにできないからカメラ持てないし、花太郎みたいなヤロウが年頃の天使にカメラを向けるなんて論外。頼みの綱の悠里もいないし……。この光景は記憶に焼きつけるしかなかった。


 そしてサイアと花太郎は、シンベエの正当な報酬であるバケツプリン×三を拵える片手間で、もう一つお菓子を作っていた。


 マカロンだった。


「うまいよサイア! すごくうまい!」

「よかったぁ。咲良ちゃん、マカロン大好きでしょ? ハナタさんとたくさんつくったの! もっと食べてね」

「おう!」


 そうか、咲良はマカロン好きなのかぁ。


 ……花太郎が感動している。よかったな花太郎、ちゃんと食べてくれて。「オッサンが触ったものなんか食べたくない!」なんて言われなくてよかったなぁ!


 マカロンって食べてみるとおいしいのだけど、旧地球だと値段も張るし、ピンクとか黄色とかカラフルなものばっかりで初めて見たときは「これプラスチックじゃねぇの? 食べられるのこれ?」みたいに思えて、大流行したときもなかなか食指が動かなかったのだけれど、サイア達が作ったマカロンはウエハースのような生地の上に、パンの焼き目のような茶色が乗っていて、素朴な色合いの、僕の感覚で言えば”正当派”って感じだった。


 おいしそうだったし、それをおいしそうに食べている咲良は天使の有り様の如しで、癒やされるひとときだった。


 朝食を終えるとガイドに息子達は、花太郎に帰還後、撃拳を打ち合う約束を行って仕事へと出かけて行った。


 息子達が出ていった後、残ったメンバーで、ナタリィさんのお店の開店準備を手伝った。

 

 ナタリィさんが涙ぐみながら、花太郎達に弁当を渡していた。


「ハナちゃん、元気に働いてくるんだよ!」

「行ってきます、ナタリィさん!」


 それぞれに抱擁した後ナタリィさんは、右手を挙げてgoodサインを作った。


 ドワーフの”再会の誓い”だ。


 円陣を組み、各々がサインを作って拳を突き出した。シンベエは咲良に抱えられながら突き出していた。


「空気のハナ、お前も早よう出せや」


 ユリハとアキラの間に僕も入り込んで、拳をつきだした。

 ナタリィさんがみんなを見渡して、各々に目を合わせると、口を開いた。



「月の女神が示すさち多き旅ののちに、再び会いまみえんことを誓おう」


『ここに誓おう』


「決して忘るるな」


『魂に刻もう』


「我らが魂に刻もう。再会の約束を」


『再会の約束を、ここに誓おう』


 突き出した拳を傾けて、親指同士をくっつけあった。

 ナタリィさんに見送られながら、僕たちはJOXA園庭へと向かった。 



 ターさん、支部局長、JOXA支部職員の面々が園庭で待っていた。


 傍らには、シンベエに背負ってもらう鞍と、僕たちの荷物があった。荷物といっても、咲良とシンベエが資材を運搬するのと一緒にほとんど運び出していたので、各々の装備の他は非常食などが入ったザック程度で、少なかった。


 シンベエが巨大化し、咲良が職員達と鞍を取り付けていると、見覚えのある連中がやってきた。


「間に合ったな」

 ハインツだ。


 僕たちが旧地球から帰還した日の宴で、花太郎と撃拳の前座を務めたドワーフのハインツ。彼を先頭にゾロゾロと七、八人……試合の度に熱狂的なヤジを飛ばしまくる撃拳通たちが、見送りに来てくれたみたいだ。


「ハインツの旦那じゃないか、仕事は?」

「これからだ。デクノボーが出立するって聞いてよ、見送りに来てやったのさ」

「わざわざ、ありがとうね」


「なんや、ハナの客かいな?」

「ん? なんだ、このヒョロ顔野郎は」

「ああ、コイツ? 僕たちの間では”モヤシ野郎”で通ってるよ」


 ハインツ達は”モヤシ”を知らなくて、花太郎が丁寧に説明していた。「豆類を日の当たらないところで育てて作る植物なんだぁ」と。


「どうして、日に当てないんだ?」

「ん~、単純にそういう食べ物ってだけだと思うよ。味付け次第で酒のつまみにもなるし」

「そいつはいいな」

「あと、日光を当てる必要がないから、狭い敷地でたくさん作れるらしいね。棚の上に土を広げて、何段も重ねられるから」


 ハインツ達は「なるほどな」と納得していると、アキラが「俺は大魔術師や! 覚えとらんか! 結界破った男やぞ!」と自己主張を始めたけれど、連中は「ああ、そう」と軽く聞き流すばかりで、花太郎のモヤシの育て方に完全に興味がいってた。


「ここにいる連中は、デクノボーのファンなんだ」

「そりゃ光栄だね」

「お前が投げ飛ばされる姿に、惚れこんでんだよ!!」


 連中が口々に「でけぇークセによく飛ぶヤロウだ」とか「投げ飛ばすと”気持ちいい”ってハインツから聞いてよぉ」とか「帰ってきたら俺と試合しあえ」と口々に花太郎をけなしだして、花太郎は苦笑した。


 いつの間にかAEW(ここ)の住人に受け入れられていたことがわかって、うれしいのだろうな。ちょっとうらやましいと思ったよ。


「カイドもシドもいなくなって、見守る(しあい)がない案山子(かかし)連中は、暇になるなぁ」

「ハッ! 言いやがる」


 ハインツが花太郎の肩を小突いただけでなく。他の連中も手刀やらローキックやらで叩き、花太郎がよろけて後ろへとつんのめる。

 つんのめった先にはサイアがいて、花太郎の体を支えた。


「いよぉ! サイア。毎度、毎度デクノボーの面倒ご苦労さんだな。もう祝言は挙げたのか?」

「あ、あ、あ、挙げてないよ!」


 ハインツ達が笑う。


「”挙げてない”ってことはよ、これから挙げるんだな?」

「儀式の時は俺たちも呼んでくれよ!」


 などと口々に囃して、さらに笑う。


「し、し、し、ししないよ!!!」


 支えていた花太郎を力強く前に押し出して、ハインツ達は、花太郎諸共、仲良く転んで地に伏した。一瞬の沈黙の後、大きな笑い声が挙がった。


 花太郎たちは、カラビナのついたベルトを装着した。長時間飛行の安全確保だ。

 鞍にはチェーンが縫いつけられていて、カラビナと接続することで、命綱になる。ベルト部分に短いロープを格納していて、万一、空中で敵性生物に襲われた時は、これが二段階に拡張し、すぐに立ち上がれる仕組みになっている。


 ユリハの指示の元、ベルトの安全確認を行い、身長順にシンベエの背中に乗った。前からサイア、アキラ、花太郎の順番だ。


「だめよ、違うわ!」

 真剣な面もちでユリハが花太郎を注意した。

「花太郎はサイアの後ろ!」


 JOXA職員とハインツたちが見守る中、ユリハが声高らかに配置変更を指示して、みんなが笑った。

 アキラは手まで叩いていたけど、咲良は笑っていなかった。シンベエはキョトン? としてた。


「ユリハ、ちょっと近いんじゃないか?」

「ちゃんとサイアを支えてなさい!」

「いや、でも命綱あるし」

「アテにしないの!!」


 前方からサイア、花太郎、アキラ、ユリハの順番で鞍に跨っていたけれど、サイアと花太郎だけ、なぜか密着させられていた。サイアはもう言葉を発せない状態になっていた。


 アキラが左手で花太郎の背中に触れる

「お嬢、お嬢! ハナの心臓、すごいことになっとるで!」


 アキラの言った事なんか無視すればいいのに、健気なサイアは必死に息を整えて、発語しようと努力していた。


「う、う、う、う、うん!! ……ハナタさんの心臓の音、大っきい……」

「なんかごめん、サイア嬢」

「い、いい、いいいいい、いいの! よ、よろしくね、ハナタさん」

「ハナは小心者やからなぁ! まわりっからこんなに注目浴びたら、生まれたての子鹿のように、プルプルしてまうんや。昔っからや!」

「え?」


 サイアが一瞬「ポカン」とした。そして花太郎の心臓がバクバクさせている理由を”ハナタさんが自分と密着して緊張している”と勘違いしていたことに気付いた彼女の、頭の熱が一気に上昇した。


「アキラ君?」

「ひっ」

 猟奇的な微笑みを浮かべるユリハ。


「花太郎の心臓の音、すごいんですって?」

「は、は、はい! 背中越しでもわかるくらい、バクバクです!」

「それはどうしてかしら?」

「お、お、お、お嬢のせいです! ハナはお嬢が大好きだからバクバクしとるんです!」


 アキラは、まるでチワワみたいにプルプルと体を震わせて、背後の驚異に怯えていた。


「おい、その辺にしとけよ」


 FUメルクリウスを装着した咲良の怒気をはらんだ一言で、この茶番劇は締められた。


 確かにちょっとやりすぎたと思う。サイアが知恵熱出しそうだよ。


「大丈夫? サイア嬢」

「……う、うん」


 支部局長が歩み寄り、健闘の言葉を送った。

 ターさんも近づいてきて、花太郎と握手を交わした。


「もうすぐ、AEW(ここ)に家が建つので、新築祝いにお招きしたかったのですが、参加は難しそうですな」

「ん~、ちょっと残念ですね」


 現在社宅にすんでいるターさんは、定年を機にAEWに永住することを決め、家を建てていた。……まぁ、こればっかりはしょうがない。


「エア太郎さんも健やかに」


 ターさんは僕にも手を伸ばしてくれた。僕はすり抜けないように手を重ねて、ターさんの手を軽く握り、口を大きくゆっくりと動かして「ありがとうございます・行ってきます」と告げた。うまく伝わったみたいだ。


 支部局長とターさんが離れると、咲良はFUを起動し、浮上した。


 宙空で職員達を見渡し、”敬礼”を行うと、職員達は敬礼や拍手、手を振って返した。


 青く大きな翼を畳み、シンベエが身を屈める。


「では、行くぞ」


 職員やハインツ達に見送られながら、シンベエは空高く飛び上がり、咲良の待つ高度まで上昇すると、大きく翼を広げて前へと進んだ。


「そっちじゃねぇよ! シンベエ!!」

「す、すまん」


 明後日の方角に進むシンベエをたしなめると、咲良が先行して航路の修正を行い、シンベエがそれに追随した。


 花太郎達は背中に乗って、JOXA園庭で手を振る面々の姿が米粒みたいに小さくなるまで、手を振り続けていた。僕も振っていた。


 行って参ります!

次回は5月22日 投稿予定です。

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