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第1話 地竜アズラと宇宙飛行士の香夜さんがうちに訪ねてきたこと。 1

甘田花太郎の冒険は、このへんから始まった。挿絵(By みてみん)

2016年 7月12日 火曜日 晴れ


 仕事を終えて家に帰る。「洗濯物が溜まってるな~」と思ってコインランドリーに行く支度をしていると、来客があった。


 ドアを開けたら竜がいた。菓子折りを持って立っていた。びっくりした。


「あんた、ハナタロウかい?」

「はい、そうですが」


 びっくりしていた僕は竜の問いに対してつい反射的に答えていた。

 竜は人間サイズの背丈で、女性で、アズラと名乗った。菓子折りを僕に手渡そうとしていた。その姿に超次元的な何かを感じた。


 というかこの時は足が竦んでいた。様々な思惑が走馬灯のように駆け巡っていた。


 ”そういえば僕、走馬灯の実物って見たことないな”


 そんなどうでもいいことを考え始めていたら、少し懐かしい気持ちになった。


 「ありがとうございます。せっかくですからお茶でもいかがですか?」

 懐古が僕の心を落ち着かせた。平静を取り戻した僕は菓子折りを受け取ると、極めて紳士的な風を装いながら竜の淑女の足をとり、その足裏を雑巾で拭いた。特に目立った汚れはついていなかった。


 懐かしい気持ちといっても先月のことだ、山で翼竜に出会ったのは。

 あの未知との遭遇がなければ、彼女を部屋に招き入れるなんて発想には至らなかっただろう。彼女も異世界の住人であることは一目瞭然だ。このときの僕は「シュールな光景だな」程度に思うだけの心の余裕はあったかな。


 竜の淑女を部屋に案内すると、彼女の後ろに女性がもう1人立っていることに気が付いた。こっちは人間だ。

 よくよく考えればこの段階まで存在に気付けなかったということは、まだ平静ではなかったのか……。

 挨拶もそこそこに名刺をもらった。


 JOXA宇宙センターつくば

 外界交流課

 外界交官  佐貫野(Sanukino) 香夜(Kaya)


 黒髪ロングのストレートヘアーで色白のクールビューティーな女性だ。身長も高い、165㌢くらいかな。年は僕と同じくらい、聞いてはいないけど30歳前後だと思う。


 夏だというのに長袖の黒いスーツだ、足がシュっと長いのでよく似合う。


 黒ぶちで大きめの眼鏡をかけている。眼鏡のレンズが大きいから違和感にはすぐ気が付いた。

 これはきっと伊達眼鏡だ、もしかしたらクールビューティーを装うちょっと面白い人なのかもしれない。


 このときの僕は短パンタンクトップ姿のジェントルメンを装っていたので、手を取るなんてことはしないまでも、極めて落ち着いた面もちで彼女を部屋に招き入れた。


 座布団は1つしかない、その座布団は竜の淑女アズラが使っていた。尻尾を畳んで逆関節なりにもかなり慎ましく正座している。後から香夜さんに聞いたのだけど、逆関節という表現は誤りで、膝が逆について見えるところは足首だという。これを鳥脚や獣脚と呼ぶらしい。


 仕方がないので香夜さんには畳に直に座ってもらう。片っ端から物を捨ててから引っ越してきたから、特段こまめに掃除しているわけではないけれど少しは小綺麗にみえる部屋かな、なんて考えていた。


 冷蔵庫からお茶を出そうとしたところで、来客用のコップを持っていないことを思い出した。2人を部屋に待たせて向かいのコンビニに行く。


 店内に入った時に「一見さんを部屋に放置して1人で出ていくのは無防備だったかな」と思ったけれど、竜を連れてきている以上名刺の肩書きに偽りはないし、天下のJOXA職員がボロアパートの男の部屋で金品を物色する事なんてないだろう、と楽観的になって考えるのをやめた。

 むしろ探しても埃しか出てこない部屋だから、エリートさんが物色している所ちょっと見てみたいなぁなどと思ったりもした。


 コンビニで紙コップを購入して部屋に戻るとアズラがエッチな本を読んでいた。ちゃぶ台の上にエッチ本を広げて、うち一冊を手に取って正座したまま眺めている。それは僕の秘蔵のものだった。


「ほんの2、3分部屋を空けただけだというのにどうやって見つけた? 来るはずのない来訪者を警戒して隠していたというのに!」

 声には出さなかったが顔に出ていたのだろう。


「アズラが変な臭いがするからって……。止めたんですけど、申し訳ありません」

 僕の声なき問いかけには香夜さんが答えてくれた。


「いや、まぁ、僕もアズラさんの生態には興味あるし……人体って不思議ですよね! ははっ」

 文章に起こしてみると自分が何を言おうとしていたのか全く理解できない。ただ香夜さんに笑いを強要したかったのだと思う、この時は。


「そう、ですよね。不思議、ですよね。ふふふっ」

 香夜さんはちゃんとそれを察してくれたようで、笑いながら返答してくれた。勿論その笑顔には陰りがあったよチキショウ! 


「気を悪くしたんならすまなかったね」


 気まずい雰囲気が伝わったのか、アズラが僕に謝ってきた。そしてまたエッチな本に視線を落とした。僕は「お茶を出しますから」と言ってちゃぶ台の上のエッチ本とアズラの持っているそれを取り上げて、見えないところに追いやった。


 そして今度こそ冷蔵庫から紙パックのお茶を取り出すと、紙コップに氷を入れてからそれを注ぎ、2人(1人と1匹?)をもてなした。


 ちゃぶ台に紙コップを置いた後になって「アズラには丼にお茶注いだ方がよかったかな」なんて思い立ったのだけど、彼女は右手の4本の指で紙コップを掴み、コップの底に左手を添えて器用に飲んでいた。爪はちゃんと手入れしているみたいだ、綺麗な丸みのある二等辺三角形に揃っていて、全体的に短かった。よくよく考えたら、例の本のページをめくってたくらいだし、杞憂だった。


 アズラは翼竜シンベエの友人で、菓子折りは彼を道案内したお礼だそうだ。

 事情については香夜さんから聞いた。


 無事JOXAに着いたシンベエは、僕と別れた後に「お礼がしたい」といって僕の捜索を要請した。

 しかし中肉中背の男で、名前が”ハナタロウ”だけでは特定することが難しく……というかこの名前が実名かどうかも疑わしいということで、ほぼお手上げ状態だったらしい。


 それで翼竜シンベエはアッチの世界に帰って、鼻の利く友人の地竜アズラに捜索を依頼した。僕があげたホワイトチョコの1かけらを報酬に、その空き箱とお礼の品を預けてこっちの世界に来て今に至るという。


「空き箱の残り香なんぞでよく僕の居場所がわかりましたね」

 とコメントしたら、


「残り香というかマナの気配だね。ここはそういうのが少ないからわかりやすかったよ」

 とアズラから返ってきた。香夜さん曰く、向こうには魔法が存在していて、マナとはそれの動力源だという。

 マナはこっちの世界にはほとんどないのだけれど、僕が渡したチョコの空き箱にはなぜかマナの気配が残っていたのでここまで辿って来れた、と。


 アズラがチラチラと流し場の方を見ていた。

 正しくは流し場の片隅に置いてある菓子折りを見ていた、ちょっとかわいい。


「頂いた菓子折りですが、後で一人で食べるのも味気ないのでアズラさんも佐貫野さんもここで召し上がっていかれませんか?」

 と2人に提案してみたらアズラの顔がパァっと明るくなるのがわかった。彼女の表情筋がそんなに発達していないのは一目見てわかったけれど、顔全体どころか体全体から喜びがにじみ出ているのが見て取れた。香夜さんもそれに気づいてクスクスと笑っていた。


「まあ、味気なく食べられても忍びないからちょっとだけ頂こうかね? 香夜」

「そうね」

 2人の同意が得られた所で菓子折りを取りに向かう。


「それとあたしのことはアズラって呼んどくれ。”さん”なんて付けられるとこそばゆい」

「私も香夜って呼んでください」

「わかりました。じゃあ僕は花太郎で」


 そんな感じで2人と打ち解けることができた。アズラはともかく「香夜」なんて呼ぶとこっちがこそばゆくなるので「香夜さん」と呼ぶことにした。向こうも僕のことは「さん」付けだ。


 菓子折りの中身はマドレーヌだった、駅前の洋菓子屋のものだ。

「本当はシンベエから魔石を預かってたんだけどね、来るときに香夜たちに取り上げられちまったよ。悪かったね」

 目を爛々と輝かせながら今にもマドレーヌに食らいつきそうな状態でアズラが言った。やっぱりこの竜はかわいいと思った。

 大小まばらだけれど取り皿を3枚配って「さあ食べるぞ!」ってなった時だった。


 突然アズラが光りだした。びっくりした。


 アズラが青白く輝いて姿が見えなくなっているのだけれど、その光がちょっと奇妙だった。例えるなら絵の具っぽい。確かに光っているのだけれど輝いている感じがしなくて、物質的な質感があった。


 光がぐんぐん小さくなってきたかと思うと突然ぱっと消えた、座布団の上には手のひらサイズにまで小さくなったアズラがいた。そしてピョンッと跳ねてちゃぶ台の上に乗った。


「こっちの方が食いごたえあるからね」


 平然と言い放つアズラ。僕は細い目を見開いて彼女を凝視していた、口もぽか~んと開いていたかもしれない。そんな僕を見た香夜さんがちゃんと説明してくれた。


 アッチの世界で竜族と呼ばれる種族は、ある程度は自由に体の大きさを変えられるという。縮小、拡大率は個体の持つマナの量に比例していて、竜族は年を経る事にマナが増えていくので老いている竜ほど大きさは自由自在に変えられるらしい。


 香夜さんの説明の中でアズラの年齢は600歳前後だと聞いた。本人もいたのでそれが竜にとって若手なのか熟年なのか聞くのは控えたけれど、アズラって随分フランクに接してくるなぁって思った、話しやすいに越したことはない。


 手のひらサイズになったアズラは1個のマドレーヌを両手いっぱいにつかんで持ち上げると、はむはむと頬張り始めた。シンベエから僕の捜索をホワイトチョコレート1かけらで手を打ったと言ってたけど、それもこんな風に食べたんだろうなって想像して、ちょっと笑えた。


 小さくなったおかげで彼女の身体をよく観察することができた。

 恐竜については詳しくないけれど、ティラノサウルスのような容姿だ。一昔前から「ティラノサウルスは羽毛に覆われていた!」なんて説が浮上しているけど、彼女には体毛がなくて赤褐色の肌がむき出しになっている。

 尻尾は足と同じ長さくらいかな、立っているときは宙に浮いていて、ピンと張ったり、ゆらゆら揺れたりしている。

 背中の翼はかなり退化していて、これはシンベエと大きく違うところだ。パッと見ると「肩胛骨が飛び出てるんじゃないか」って見間違うほどこじんまりと一対の翼が生えていた。

 腕は発達していて可動範囲は人間並に広そう。さすがに背中までは届かないだろうから痒くなったら孫の手みたいなものでも使うのかな。


 それにしても大層うまそうに食べているなぁって思った頃だった。香夜さんの異変に気づいたのは。


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