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私は犬。

作者: 岩石

 週に一度の昼デートの日。

 普段は人目を避けるように夜遅くや早朝にデートに行くけれど、毎週日曜日だけは、昼間に出かける。

 時間帯が変わっても、デートコースに変化はないわね。違いは、日曜だけは、車で遠出をすることが多いくらいかしら。

 とはいっても、不満はないの。

 これといって会話があるわけでは無いけれど、歩調を合わせて、景色を眺めて季節の移り変わりを肌で感じながら、ゆっくり流れる時間を楽しんでいるから。

 私はたまに、はしゃいでしまって、周りの人達を驚かせてしまったり、迷惑をかけてしまうこともあるの。

 そんな時は彼も一緒に謝ってくれる。

 そうすると、周りの人もニコニコ笑って許してくれるのよ。とても気持ちのいい人達ばかりでしょ。

 このあたりには、石を投げてくる人も、棒でぶってくる人もいないのよ。

 毎日ごはんを作ってもらえるから、お腹がすいてフラフラになることも、動けなくなることもないの。

 怪我をしたり病気になったりしても、お医者さんに診てもらえるし、彼が看病してくれるから、一人で死の影に怯えることも、今はもうないわ。

 私、とっても幸せよ。

 けれど最近、そんな私の幸せな日々に少し変化が生じたの。




 ※ ※ ※ ※ ※




 ああ、なんてこと。まただわ。

 私のとなりを歩く彼の瞳が、進行方向の先、ベンチに座る一人の女へと向けられている。

 彼女と彼の間にはどんな関係もない。

 彼女は毎週、あのベンチに腰かけて自分の手元をのぞきこんでいる。私と彼は、そんな彼女の前を通りすぎる、ただそれだけの間柄。

 私たち二人にとって、初めは、ゆき交う大勢の内の一人だった彼女。

 いつしか彼は、すれ違うだけの彼女を意識するようになったわ。

 それから少しだけ彼は変わったの。

 まず車での遠出の回数が目に見えてへった。次いで、彼は彼女の姿を見つけると、歩みが少し遅くなるようになった。

 私とのデートの時の装いも変わったわね。

 普段はピシッとした格好をしている彼だけど、私と二人ですごす時は、かざらない素のままの姿を見せてくれていたのよ。

 だけど彼女を意識するようになってからは、普段のように余所行きの格好をするようになったの。

 おもしろくないわ。今までは、私が彼の特別だったのに。



 ベンチに座っている人と、通りすぎる人、挨拶すらなくすれ違うだけの二人に変化があったのは、二週間前のこと。

 いつものようにベンチの前を通りすぎようとしていた時、ふいに彼女が顔をあげたの。彼女はすぐに下を向いたけれど、私は彼女の顔がピンク色に染まったのを見逃さなかったわ。

 彼は、彼女の赤くなった頬に気づかなかったようで、一週間もずっと落ち込んでいたのよ。どうも、目があったのにすぐに逸らされた事がショックだったみたいね。

 それから先週のデートの日。この日は雨がふっていた。

 私と彼は、傘をさしていつも通り歩いたけれど、ベンチに彼女の姿はなかったわ。

 空のベンチを見た彼は、重い息を吐きだして、それからは以前の彼に戻ったの。

 この一週間は彼女のことを口にすることも無かったから、てっきり諦めたのかと思っていたのに。

 結局、二週間前と何も変わっていないのね。

 おもしろくない。おもしろくないわ。

 二週間前にずいぶんと落ち込んだ彼は、それから一週間の間、私にふれてくる回数がとても多かった。

 彼は、私の体をもてあそびつつ、彼女への想いを語るのよ。彼の妙技に意識を半分とばしながら、別の女へのむつ言を聞かされる私の身にもなってちょうだい。

 彼が変わらないのなら、私が私たち三人の関係を変えてあげるわ。えいっ。


 わふん!


 あらあら彼女、びっくりして手にしていた物を落としたわ。

 彼があわてて私を抱き抱えたけれど、私、彼女に噛みついたりしないわよ。失礼しちゃう。

 つんとすましたまま、私の代わりに謝る彼の腕の中で大人しくしていると、彼が私を解放した。彼女が落とした物を拾い上げて、今度は彼女も一緒になってお互いにペコペコしあっている。

 ふんだ。私は謝ったりしないわよ。だって、きっかけを欲しがっていたのは、彼女も同じだもの。

 彼女は毎週、私と彼がベンチの前を通りすぎた後、こっそりと彼を盗み見ていたんだから。それこそ、彼が彼女を意識するようになるよりも、前から。

 彼は、後ろを振り向いたりはしないから全く気づいていなかったけれど、私はずいぶん前から知っていたのよ。

 彼をゆずるつもりはなかったけど、彼が彼女がいいって言うんだもの。嫌だけど、認めてあげるわ。



 ……ところでお二人とも。

 仲がよさそうなのはよろしいけれど、そろそろデート(お散歩)を再開してくれないかしら?

 私、とても退屈よ。





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