前編
色んなところに書いておりますがフィクションです。
あと、気分が悪くなる恐れもありますのでイジメや児童虐待等の表現に抵抗がある方は読まないでください。
あと、どんより気分が沈んでも当方は関与しませんのでご了承ください。
六月一日
今日、ボクは住み慣れたこの町を捨てる事になった。
ボクは新しく生まれ変わる。そのための儀式の一環としてここまであった事と今の気持ちを書き綴る事にした。
まず綴るに置いて欠かせないのは、佐藤茜という存在だろう。
ボクは彼女のせいで、この町を捨てる事になったのだから。
佐藤茜は不幸な存在だ。
平々凡々だが、両親に囲まれ育ってきたボクとは違い彼女には両親が居ないに等しかった。
母親らしい存在はいるのだが、仕事をするでもなくフラフラと何処かへ遊び歩いているそうだ。
その事を茜が指摘すると青タンが出来るほど打たれたらしく、度々痛々しい姿で茜が登校していたのが印象的だ。
『こんな事をするぐらい嫌なら何故一緒に住んでいるのだろう』とその当時は思っていたが、ボクが中学に上がった頃にようやく解った。
どうやら茜の母親は離婚した夫から養育費や生活費を搾取していたようだ。
しかも、そのお金は本来の役割で使われずどうやら茜の母親の遊びにほぼ全額使われていたようだ。
だから茜は何時も衣食住に困っていた。
茜の母親が男を連れてきたときは問答無く茜は追い出され、茜に使われるお金は死なない程度の最低の額だったため食う事も新しい服を買うこともままならない生活。
その度に近所に住んでいたボクの両親が見かねて助力や保護をしていた。
ある日印象に残った出来事がある。
茜の母親の茜に対する態度に見かねたボクの母親が茜の母親に対し抗議したことがある。
その抗議に腹を立てた茜の母親はこう言い放ったのだ。
『お前らが、勝手にやっているんだろ。迷惑ならこいつをほっとけば良いだろう』
なんて言い草だとボクは思った。
両親は尚も抗議したが、茜の母親は聞く耳を持たず。
しまいにはアカネの手を引き自分の家へと帰ってしまった。
しかも、問題はここからが大きくなる。
翌日の茜はやばかった。アレを一言で表現するならいきる屍、ゾンビと言っても良いだろう。
ボクも両親もここで自分達が犯した過ちに気づいた。
迂闊だったのだ。まさか茜の母親がそこまでするなんて思いもしなかった。
僕の母親は、彼女を慌てて病院に連れて行き治療を施した後、彼女をボクの家で暫くの間手厚く看病をした。
その間、茜の母親は帰ってこなかった。
これ以上はボク達の手に負えないと思った僕の両親は児童相談所に連絡した。
しかし、色々と手続きが大変らしく一向に上手くいかず2年の年月が過ぎようとしていた。
そんな時、茜に取っての転機が訪れる。
なんと趣味で書いて応募した小説が、大手出版社の目に留まったのだ。
そこからは、あれよあれよと言う間に話が進んでいく。
雑誌に掲載され単行本化、そしてそれがヒットをして茜は学生兼作家になった。
その時は茜にとって幸せな時間だったのではないかと思っている。
クラスメートやら近所の人からはチヤホヤされ、あれだけ茜を嫌っていた茜の母親は、光に集まる蛾のごとく舞い戻ってきて茜を天才だと褒め称える。
茜はそれに凄く嬉しそうだった。
だが、ボクの不幸はここから始まった。
茜には悪い癖というか病がある。
対人依存症。
しかも、その対象は何故かボクだったのだ。
忙しくなった茜はボクと接する時間が減った。
ボクも編集者に『忙しい彼女の集中の妨げになる恐れがあるため極力距離を置いてくれ』と提案され、それが彼女のためになるならばと距離をとることにした。
だがこれが、まずかった。
ある日茜は疲労からか階段を踏み外し転がり落ちたのだ。
これが悲劇の始まりだった。
ボクは慌てて彼女の見舞いに行ったのだ。
幸い、どこも異常が無かったためすぐに退院したのだがその時どうやら彼女は『自分が傷つけばボクが心配してくれる』と言うことを理解してしまった。
ボクの気を引きたいがためにか自傷癖がはじまることになる。
こうなるとボクは茜の傍を離れるわけにはいかなくなりボクがほぼ毎日彼女につきっきりで監視する破目になった。
そんな訳で、ボクの精神がガリガリ音を立てて減っている中、追い討ちを掛けるが如く問題が発生した。
それは、ボクが茜をイジメているという噂がたったのだ。
これが自傷癖持ちの作家というイメージダウンを嫌った出版社の策なのかはたまた、偶然の産物なのか知らないがこの事がボクに肉体的ダメージを与えていく事になる。
それは、ボクに対するイジメの始まりだった。
最初は物を隠される程度のものだったが日が経つにつれ、悪化していった。
仕舞いには、茜を守るというストーカーじみたおかしな奴に金属バットで滅多打ちにされる始末。
本当よく生きてたものだ。
因みにそのバカは捕まった。
勿論ボクも、イジメがエスカレートするにつれて先生に助言を求めたが、面倒を嫌ってか黙認され、『イジメなんて無かった』と言うことにされた。
その時、昔英語の教師が言っていた『言葉は相手に伝えるツールだから学ぶのです』という言葉を思い出し、乾いた笑いがこみ上げた。
何が伝えるツールだ。
こっちが必死に訴えているのにも関わらず皆、面倒を嫌って無視する。
唯一聞いてくれるのは両親のみだというのに、伝えたところで意味が無いのならどうしろと言うのだ。
そんな訳で解決策も見つからず、数ヶ月が過ぎた。
そんな時だ。引越しの話が持ち上がったのは。
なんでも、地域振興の一環として、土地と家を貸してくれるらしくそこで農業をし生計を立てることが出来るプロジェクトがあるらしい。
もちろん。農作業が初めての人もいるのでインストラクターが手取り足取り教えてくれるらしい。
それで、父親が今働いている会社を辞め、そこに引っ越すと宣言した。
ボクは喜んだ。
反面、申し訳なかった。
彼女は唯、ボクに側にいて欲しかっただけだと言うのは理解していたからだ。
だがボク達の周りがそれを許す筈もなく引き裂かれ、修復不能なところまで追いやられている。
ボクが彼女を恨んでいるかと聞かれると恨んではいない。
歪んだ方法だったが彼女の好意は純粋だったからかもしれない。
だからかだろうか彼女のせいでこの町を捨てると書いたものの彼女に対する気持ちは申し訳なさしかないのだ。
だからボクは願う、彼女に幸多からん事を彼女が強く生きていけることを。