薄闇の湖畔
ほぼノンフィクションです。
夏休みの初日、僕は夜明け間近のダム湖にいました。
暗いうちから自転車を漕いでそこまで行ったのは、日の出と同時にバス釣りをする為です。
そこは幽霊が出るという噂のダムで、静まり返った薄暗い道を脇目も振らずにペダルを踏んでいました。
時折、鳥が羽ばたいて逃げて行き、生暖かい風が草木をざわめかせる以外には、僕の心臓の鼓動しか聞こえません。早いペースで脈動する心臓は、自転車を漕いでいた所為だけでは無かったと思います。
ふと見ると目的地の近くに一台の黒い車が停まっていました。ガラス部分も黒い為に中の様子は分かりませんが、とても釣り人の車には見えませんでした。
嫌だなあ、と思いながら通り過ぎて、湖畔への山道を下りだした時です。
行く手の茂みから草を掻き分けて、髪の長い女が出てきたのです。
(出たあぁぁ!)
僕は悲鳴をあげませんでした。
もっと正確に言うなら「悲鳴をあげる事が出来ませんでした」となります。
人間は極限までびっくりした時には悲鳴さえ出ないんだと初めて知りました。そして……僕は人生初となる、腰を抜かすという体験もしてしまいました。
本当に足から力が抜けて「ぺたん」といった具合に地面に尻もちをついたのです。
僕の心臓は胸を突き破る勢いで暴れました。
初めて見る幽霊は意外にケバイ感じの女で、鬼のような形相をしながらこっちに向かって来たのです。
僕は思わず目を瞑ってしまいました。
(殺されるぅぅ!)
頭の中ではそんな悲鳴をあげていたのですが、女の幽霊が僕を素通りして道路の方へ上がって行くのが気配で分かりました。
僕はゆっくりと目を開いたのですが、やはり幽霊は消えていました。
ほっと肩を撫で下ろした時、車のエンジン音がして遠ざかって行きました。
(さっきの黒い車を幽霊が運転して行ったのか!?)
一瞬、そんなバカな考えが浮かんで来ましたが、すぐにその考えを否定しました。
運転手の人が突然出てきた幽霊にびっくりして慌てて車を発進させた、というのが真相だろうと思ったのです。
僕はしばらく足に力が入らず座ったままでしたが、その間に異臭がする事に気付きました。
やっとの事で立ち上がった僕が少し進んだ先で見た物は……。
そこには、う○こがティッシュと一緒にありました。
(最近の幽霊はう○こするのか……)
世界の秘密をまた一つ知ってしまった。
僕はそんな気分でした。