儀式
夜も更け、草木も眠る丑三つ時。
日本のとあるマンションの一室で、それは行われていた。
真夜中であろうと、ビルから漏れる明かりや看板のライト、街灯にイルミネーションまでで明るい現代。
そんな外界の明かりをすべてシャットアウトしようとする分厚い遮光カーテンの中、普段はテレビやパソコン、スマートフォンなどの画面がついているが、今はそれらも全て電源が落とされ、わずかな蝋燭の炎だけが彼女の顔を下から照らしている。
床には、というか、床一面に広げられた大きな模造紙には複雑な模様が描かれており、真ん中には典型的な水晶玉が鎮座している。
彼女の服装は頭から被ったズルズル引きずるような真っ黒いローブで見ることは出来ないが、実はすごく動きやすいスウェットであったりする。
フード部分からは僅かに口元と垂れている髪が見える。その口元は僅かに動き、小さく何かを呟いているようだ。
明らかに行われていることは悪魔召喚の儀式であり、何か複雑な呪文かと耳を澄ませてみれば、
「悪魔来い、悪魔来い、悪魔来い、悪魔来い……」
……いいのか、それで。
いや、別に儀式をしている当人にとってはいいのだろうが、これで呼び出されてしまう悪魔というのはどこか問題がある気がする。
黒ローブの彼女は真面目なのか、何なのか、その表情はうかがえないので分からない。
どれくらいの時間静寂が続いただろうか。
まさか、仕込みだろ?との疑い濃厚だが、そんなものではないとその場に居れば痛感する禍々しい気配が部屋の空気を変え、ただの模造紙にただの水彩絵の具で描かれた紋様が光を放つ。
バチリ、という大量の電気が放電されたような音と共に、長身の男性を思わせるシルエットが模造紙の中心に浮かび上がる。
「俺を喚んだのは、お前か」
低い声が、たいして広くない部屋に響き渡る。
異様な気配にも、自分の周りの紋様の輝きにも一切動じなかった彼女も流石に驚き顔を上げる。その拍子に軽い布で作られていたフードは頭から落ち、その顔を晒す。
ストレートの黒髪は胸にかかるくらいで、顔は化粧はされていないが、色の白さも手伝って、まぁ美しいと言えるだろう。
「……不法侵入?」
「違うわっ!!」
一瞬の驚きの表情が消え、すぐさま痴漢やストーカーを見るようなジト目で放たれた言葉に、悪魔と思われる男は先ほどの畏怖を感じさせる台詞とは裏腹に、感情全開で全力でツッコんだ。
「てめぇ、中途半端な儀式で呼び出した挙げ句に不法侵入者呼ばわりだと!?お前の呼び出しに応じてやったんだから、むしろ俺はゲストだろ!?」
「え、じゃあ何?あなたマジで自分が悪魔とか言うつもり?」
「当たり前だろ!よーっく見てみろ!!」
よく見ろと言われたので、彼女は目の前の男を観察してみた。
身長は自分が座っているのでよく分からないが、おそらく180㎝後半。日本人としては高い。着ている服は燕尾服に近いが、装飾が多くむしろコスプレに見える。
顔立ちはカッコいい部類に入ると思うが、特に角が生えている訳でもなし、背中に黒い翼もない。強いて特徴的というなら、こんな暗がりの部屋でもはっきりと分かる紅い光を放つ瞳だろうか。
「そのカラコン、ちょー高性能だね」
しばしの沈黙。
「……現代っ子なんて、嫌いだ」
それは、現代の人外の者たちすべての心の声かもしれない。