講話の先は予定調和
話を聞くだけならという条件で妥協したところ、大喜びした御幸嬢に連れられ校舎内を練り歩くこと数分、部室棟は最上階のとある1室の前で彼女が急に立ち止まった。立て札には『哲学部』と、ものものし……くもない平凡な明朝体で書かれていた。
「哲学部?」
「そう!ここが私たちの拠点だよ!」
「へえ、部活動として集まってるんだ。普段は何する部活なの?」
「哲学‼︎‼︎」
「まあそれは見れば分かるよ。聞きたかったのは、哲学ってなにするの?ってことなんだけど」
「知らん!」
「おい!」
「因みに部長です☆」
「ダメなやつだこの部活は!」
「とにかく、毒を食らわば吐き出せってことで、ここまできちゃったらもう入っちゃおう!!」
「吐き出しちゃったらばまだ希望残ってるよ?!!懸命に生きようと足掻いてるよ!」
正しくは毒を食らわば皿までだ。
「いざ!頼もう!」
勢いよく扉を開ける御幸。もういちいち名前の後嬢なんかつけてあげないんだから!
「あ、みゆきちゃんお帰り〜」
とドアを開けると部屋の奥の南西側、向かって斜め右方向にある和室の方から声が聞こえた。
「おつかれ様ですセンパイ!みんなは?」
「ああ、なんだか新入部員歓迎の準備をするって言ってさっき出かけていったところ」
そう言いながら先ほど御幸にセンパイと呼ばれていた人物がその姿を現せた。
てかちょっと待て新入部員ってもしや僕のことではあるまいな?
「あ、この子が…?」
ほう…B70W54H60…なかなかのものを持っている……と全身をくまなくチェックすると見せかけての印象確認。
全体的に柔らかなイメージで、女性的という言葉がよく似合いそうな人だ。
やんわりとした物腰の中に垣間見える芯の強さが、そんじょそこらの女子高生とは一線を画する雰囲気を纏わせているのだろうか。
「どうも、おたくの御幸さんに拉致られてきました。2-Aの萩原千歳です。」
「拉致とは人聞きの悪い!誘拐だよ!」
「あまり違いがないように思えるけど…」
どうやらツッコミ素質を持っているらしい。毎日御幸の相手をしてきたとなると、相当な手練れに違いない。今までご苦労様です。
「部長が迷惑をかけてるみたいで申し訳ありません。私は3年D組の春原恵です。メグとお呼び下さい。」
「えっと…1年先輩なのに、こいつが部長なんですか?」
「ええ、私もともと茶道部の部長をやっていたのですけれど、部員が少なくて廃部になってしまって、それでもどうしても続けたいと思っていたところにみゆきさんからお誘いをいただきまして。つまりはスカウトされた側ですから、私が部長というわけには」
「はあ……でも哲学と茶道の間にどうつながりが?」
「部長曰く茶道が私の人生の哲学のようなので」
「なるほど。自らの哲学を実践していると」
茶道…いい。和服姿…いい。
「はい、そんなところです。どうです?一杯。抹茶じゃありませんけど、急須で入れたものがあるんですよ」
「あ、いただきます。」
「私の分もお願いしまー」
選ばれたのは、急須で入れたお茶でした。
あと御幸は『す』ぐらい言え。
暫くしてお茶が出てきた後、一息ついたころに向かいの席に座っていた御幸が居住まいを正して言った。
「さて、めでたく君は今日から哲学部の一員となったわけだけど」
「いやちょっと待って。話を聞くって言っただけだよ。」
「大体こういうのって話を聞くだけとかいいながらついてきちゃったらその気があるってことじゃないの?ダメですダメですとか言いながらそんなに抵抗もせずそのままやることやっちゃってお金もらうんじゃないの」
「下ネタじゃねーか。違うよ、とにかく話を聞かないことには判断しかねるってだけだよ」
本当はもう一つ別の理由があるのだけど、それをここで言うのはシャクというか自己満足というか全く無意味なのでやめた。
「ん〜、そうだねぇ。じゃあまずは、私たちの目的についてお話ししようかな。」
「うん。」
不意に御幸の目に真剣味が宿ったため、思わず姿勢を正してしまう。
「さっきも言ったとおり、私たちはこの学校にある『お笑いランキング』とかいうルールをぶっ壊してしまいたいの。」
「うん、その点については僕も全面的に同意するよ。」
「でも、ただお笑いランキングをやめてくださいって言っても効果はないでしょ?」
「まあそうだね」
「だから、学校の生徒が重んじてるお笑いランキングを逆手にとって、その頂点に立つことで上位ランカーに有無を言わせず、このシステムをやめさせるの。」
「いい案じゃないか」
「そこであなたの出番!」
「最低の案だな」
「超上位ランカーたるあなたと組めばランキング最高位だって夢じゃないわ!」
「いやだから何度も言ってるけどそれは手違いで」
「人の話を聞けぃ!」
「こっちのセリフだ‼︎」
こっちのセリフだ‼︎
大事なことだから心の中でも反復したよ!人の話を聞かずしてコミュニケーションは成り立たないのだよ!
「助けてくださいよ春原先輩〜」
このままでは並行線を辿るばかりで時間の無駄なので、春原先輩に助けを求める。
「あ!あ〜ワタシモウスグオチャノハガキレソウナノヲワスレテイタワ!カイダシニイッテコナクチャー」
「裏切ったな!!!」
僕の悲痛な叫びを背に浴びながら春原先輩は部室を後にした。まずい流れだ。このままズルズルいくとほんとにやることになってしまう。そんな事態は避けなくてはならない。あんな思いをするのはもうまっぴらだ。
「お願い!いうことを聞いてくれたらなんでもはしないけどできる範囲のことはする!!めんどくさくなったらしない!」
「めんどくさくなったらしないのかよ!!!」
素直すぎる子は嫌いです。
「お願い!!」
両手と頭を机に押しつけて嘆願する姿はひどく切実で、まるで高校生のようには見えない程に真摯で美しかった。
でも。それでも。
……いや、こんなに1人の少女が知り合って間もない男に真摯な姿勢を見せているのに、簡単に断ってしまっていいのか?僕の断る理由は、この少女の志を切り捨てられる程立派なものなのか?分からない。分からないけど、でも…
そんな風に逆接に逆接を重ね、考えているうちに、自分がひどく混乱していることに気づいた。混乱しているということは、迷っているということで、迷っているということは、御幸に心を揺らされているということである。それがあの人に似ているからなのかどうかそれは果たして分かることではない。ないけれど、多少は関係しているんだろうなとは思う。
チクリ。
心のどこかで鳴りはじめる、過去の残響音。
ああまたか。そんな風に思っている自分を認識する。人がもうどうしようもないと分かっている過去の出来事をいちいち引っ張り出してきてこねくり回す理由は、どうしようもないと分かっているからこそ、そこに何か意味を求めるからなんじゃないかと思う。諦めていながら、踏ん切りがつかなくて、気がつけばまた同んなじところに突っ立っている。そんな自分を見て、また自分が嫌いになる、不毛なルーティーン。分かっていても抜け出せない呪縛。
逃げてええんか?
どこかでそんな声が聞こえた。
いつまで逃げ続けるつもりや?
うるさい。黙ってろ。
今はええかもしれん。でもこんなこと死ぬまで続けるつもりか?そりゃあ無茶ってもんやろ。いつかは向き合わなあかんねやで。
分かってる。そんなことは僕が一番、よく分かってるんだよ。
「………どうかした?顔色悪いよ?」
不意に視界が開ける。どうやら知らぬ間に目をつむっていたようだ。
「あぁ、いや、なんでもない。さいきん寝不足だったからかな」
「……そう。体調には気をつけてよ。大事な相方なんだから」
「まだやるとは言ってないからね?」
心配しつつもどさくさに紛れてボケてくるあたりさすがです御幸さん。
「……まあ話が急過ぎたし、ズバッと決めにくいことでもあるしね。今日のところはこれぐらいにしておいてあげましょうか」
「またすんごい唐突に悪役放り込んできたね」
お茶を濁しつつも気を使ってくれたのだろう。細やかなところにも気が利くあたり、竹ノ大高校統一お嫁さんにしたい女の子ランキング1位の名は伊達じゃない。
「んん、そろぼちバイトだし、私はそろそろ…」
「あぁ、じゃあ僕も…」
「30分ゴロゴロします」
「いやスッと行けよ」
「社畜辛いよ……」
「ブラック」
「いや、カプチーノ」
「やだおしゃれ〜。え、じゃあカフェモカ企業とかもっとおしゃれじゃな〜い?」
「それはない」
「なんの基準やねん」
そもそもカプチーノ企業ってなんだ。
「いやぁそのツッコミ、ほれぼれするね。」
「おだててもダメです。」
「あはは、残念。それじゃ私はそろそろこの辺で」
「あぁ、じゃあ僕も…」
「「30分ゴロゴロします」」
予定調和である。