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「悪臭」10円小説家で検索

掲載日:2014/07/30

「悪臭」10円


 あたしは、職場の上司が嫌いだ。なぜなら、性格は良く、仕事もこなす。顔もハンサム。理想的な人間だが。なんと言っても、わきからくる悪臭には堪えられない。

部長の席は、事務所の壁際に単独で置かれ、エアコンから遠く。近寄らなければ、安全と言える。あたしたちOLは。

「笹井くん」

この声は!

「はい、部長」

呼ばれてしまった。鼻呼吸を止め、部長の元へ。

「この資料、作ってくれるかな?」

だめだ。口で息をするだけで、悶絶しそうな悪臭。例えるなら、生ごみを二ヶ月放置した臭いと、夏の野球部の部室を足した臭いだ。早く会話を終わらせて、この窮地から脱出せねば。

「明日、A社でプレゼンがある」

予想して返事をした。

「A社のプレゼンテーション用の資料が必要ですか」

「そうだ。今日中に頼むよ」

「かしこまりました」

会話全体を、手短にまとめた。


 やっと、自分のデスクに戻れた。短い時間でも辛い。言われた通り、A社に渡す資料を作る。新製品のTgo5使用時におけるA社のメリットについて。

Tgo5は、我が社で開発された。トレーニンググッドオフィスの略。

パソコン上で、学習できるツールのことだ。他社製品と比べて、採点機能や個人評価に優れている。改良を続け、バージョン5となった。


 社員たちがざわめき出した。今日は昼から会議がある。社員は、会議が苦手なわけじゃなくて。問題は、席順。部長の両隣は、地獄の炎に焼かれるほどの臭いに襲われる。

部長の空席のタイミングで、くじ引きを開始した。一人ずつくじを引いていく。隣席のお局さんは、くじを引き嬉しそうな顔をした。

「良かったー」

あたしをチラッと見る。

「笹井さん、頑張ってね」

若手のあたしは、くじ引きも最後のほうだ。一枚の地獄行きの切符は売れてしまった。うなだれている営業の男性がいるので、彼が引いたのだろう。


 残り三枚。地獄が一枚と、天国が二枚。三分の一の確率だった。

心臓が高鳴る。神様、仏様、イケメン様。どうか、当たりますように。くじを引き、たたんだ紙を開く。

「しまった」

右地獄の文字が書いてあった。

帰りたい。有給。風邪です。駄目よ。すでに元気に出社している。ここで早退したとしても、次回のくじ引きで、自動的に地獄行きが決定。みんなで、不正防止のルールを作っていた。

「あら、笹井さん嬉しくなさそうね」

お局うるさい。あたり前だろ。

「がんばって」

がんばってで臭いが消えれば、脱臭剤なんて必要ない。煙草の分煙だって進まないわ。


 とうとう会議室へ向かう。地獄に一直線。部長席の右隣に座る。

遅れて部長が現れた。そして、地獄が始まった。

臭い臭い臭い臭い。臭いの言葉じゃ足りない。

司会進行役が音頭をとる。

「それでは、会議を始めます」

早く会議終われ。

部長席の左隣の男性は、私より余裕がある。

あれ、よく見たら鼻栓しているわね。その手があったか。こっちを見てる。哀れなあたしを見て、ほくそ笑んで。悔しい。

「当社の方針では、グローバル化をはかり、世界に」

それよりも、世界一臭い部長をなんとかして。

目眩がしてきた。

あたしこのまま死ぬのね。


 「会議を終わります」

部長が、会議室から退出した。

あたしの体が、揺すられた。

「笹井さん、笹井さん」

「えっ」

あたし、どうしたの。

「寝てたわね?」

「違うの」

「会議中に寝るとは良い度胸だ。部長が、カンカンだったわよ」

「いや、いや」

「後で、部長席に来いと」

たぶん、息を止めたので失神したんだわ。

「そんな……」

「よろしくね」

足取りは重く、部長へ謝りに向かう。

浮かんだのは、黒縄地獄。




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