第八話 村正、治安維持活動への参加
第八話 村正、治安維持活動への参加
「治安維持活動って大まかには何をすることを指すんですか?」
隣を歩くミレイに質問をすると顎に手を当てて一瞬考えた後に口を開く。
「そうね、例えば清掃活動とか、治安を乱すような人間を確保したりとか、そういった事。
それらを行うために街中を巡回することで住民や来訪者に意識させることで治安を維持することが目的ね」
「なるほど」
「ちなみに目に余る行為や反乱分子には実力行使も許可されているわ」
ここまで話を聞いてふと昨日の少年を思い出す。
「例えば治安を乱す行為をした人を捕まえた場合その後はどうするんでしょう」
「罪の重さにもよるけど、事実確認の後処罰ね。ものによっては処刑もありうるわ」
「処刑……っていうとやっぱり」
「つまるところ死刑よね」
やはりと言うか、こちらの世界では当たり前のように極刑が執行されるようだ。
「まぁ死にたくなければ余計なことしなきゃいいのよ」
ミレイはそう締めくくりグリッター本部へと入っていった。
ここは違う世界だと分かっていてもそういうルールに慣れるのはすこし時間がかかるだろうし、時間がかかって欲しいと感じていた。
本部へと入るのはこれで二回目になる。
入り口では受付を行うところがあり、その奥に門番が立っている。
国を守る機関であり、国の研究施設でもあるというグリッター本部である。
厳重な管理体制も当然だろう。それだけに突然内部に現れるなんて事が異常なのは間違いないが。
よくよく処刑されなくてよかったと思う。
本部内にある治安維持活動部隊の会室へと向かい、中に入ると壁に週間日程の記載された紙が貼ってあった。
「見てわかると思うけどこれが持ち回りを書き入れる紙よ」
指差された紙を見ると保護観察対象者の名前も数人書いてあり、担当者と何をやらせるかなども記載されている。
自分の名前のところを見ると治安維持活動実行部隊補助と記入してある。
「ま、そういうわけでムラマサ君は今日から三日間私の部下として扱います」
「はい」
なんとなく姿勢を正して返事をする。するとちょっと気を良くしたのか少し笑って続けた。
「よろしい、私達治安維持活動部隊は先程も話したとおり、治安の維持のために実力を行使することを認められた部隊です
細かく指示はしませんが私の後について回るのが三日間の仕事になります
私の担当は実力行使を中心とした制圧と対象の確保、他のグリッターから制圧の依頼が私の持つこの魔石に飛んでくるとその向きが分かります
あなたの仕事は私と共に行動し、対象の確保に関しての実働隊として働くことになります、質問は?」
「現時点ではありません、疑問が出次第質問させて下さい」
「よろしい、それでは念のためこちらを支給するのでもっていなさい」
そう言って渡されたのは不思議と軽い金属のような棒だった。持ち手が付いており、手を覆うようにガードが二つ付いている。
フェンシングのレイピアのような棒だが長さは1.5mほどもあり、棒術用であろうことは想像に難くない。
受け取りすこしいじってみるとガードは片方は固定、もう片方は可動式になっていた。
「使い方は分かる?」
「……ええ、正規の使い方かはわかりませんがこれを制圧用として使うことは出来そうです」
両手にガードのついた棒術用の棒でほぼ間違いないだろう、確かにこのガードは剣を相手にする場合に刃をすべらせて来ても手を切られる心配は減る。
「いいですね、個人的に欲しいくらいです」
「グリッターになってしまえば一つ支給されるわよ」
そう言って笑うミレイさんはどこか楽しげだった。
「自分のやるべきことが終わったらそれも考えてみます」
早速街に出るべく会室を出ると広間で昨日の少年と出くわした。
「あっ!テメェ!!」
突然こちらに向かって駆け出してきた少年は明らかにこちらに敵意をむき出しにしている。
跳びかかろうとした少年を迎え撃とうと身構えた瞬間割って入る人物がいた。
ミレイは一瞬で少年の腕をとり、ひねりながら足をかけてバランスを崩させ、地面に叩きつけないように襟を掴み組み伏せた。
その動きは熟練のものであり、厚い眼鏡や三つ編みに見える野暮ったいイメージとはかけ離れた無駄のない動きだった。
「ぐっ……くっそォ……」
石で出来た床に押し付けられた少年は絞るように悔しさを見せるが一切の動きを許されない。
「グリッター本部で暴力行為に走ろうとするなんていい度胸ね?」
「コイツが悪いんだ……俺を泥棒に仕立て上げやがって」
どの口が言うのだろうか、脳内で都合よく記憶を塗り替えているんじゃなかろうか。
「何度でも言うが泥棒は君だろ、人の金に手を付けないで真っ当に稼げよ」
「クソ……」
少年は後から駆けつけた兵士に引き渡され、再教育を命じられて連れて行かれた。
「知り合い?」
「まぁ、昨日財布をスッたりスられたりした仲ですね」
「なるほどね、治安はまぁ周辺国の中ではいい方だけど絶対安全な場所なんてないんだから気をつけないとダメよ」
「ええ、気をつけます」
初日は思っていたよりも忙しく街中を駆けまわることになった。
昼は行商と店舗は仕入れで揉めただの、食い逃げが出たから捕まえろだの
夜は夜で変質者が現れたり、酔っぱらいの喧嘩を仲裁(実質両成敗)したりするのだった。
「毎日こんな感じなんですか」
「まぁそうね、今日は特にこれといって何もなかった方よ」
まだ慣れないからなのだろうが妙に疲れた気がしていたのにその一言で更に疲れた気がした。
「まぁ今日が平和ならそれはそれで」
「そうね、大変な日だと店舗乗っ取りの上に人質を取って立てこもりだったり、酔っぱらいが喧嘩で魔法撃って回りに被害を広げてたりするわ」
思ってたよりも遥かにハードな仕事のようだ。そんなのを放置していたらこんなに栄えた街もあっという間に廃れるだろう。
安全と平和が表に出るというのには大変な努力が必要なんだな、と納得した。
「とりあえずお疲れ様、今日の評価としては上々よ。それなりにどの問題もそつなくこなしてたわね。本当にグリッターの一員になることも考えて欲しいくらい」
「ありがとうございます」
「ま、やることがあるならしょうがないけど」
そう言うとミレイは腰につけたポーチから小袋を取り出して渡してきた。
「今日の給金よ、無駄遣いの無いように」
「はい」
受け取りつつもまるで母親のようだと思い苦笑する。
「何笑ってるのよ、まさか母親みたいだなんて思ってないでしょうね?」
「いえ」
「まだそんな歳じゃないっていうのよ、全く……さ、今日はこれで終わり。帰って明日に備えなさい」
「わかりました、お疲れ様です」
今日の収入は4500G、害獣駆除よりも割高だが忙しさはこちらが上だったし妥当なところかもしれない。
家に戻ると二階から異臭がしてミレイが駆け上がっていったが、後を追おうとするとジェイドに止められた。
「ナタリーが実験してるんだよ、お前が行ってもなんにもならないから風呂はいっちまえ」
「ああ、そうなのか。じゃあそうさせてもらう」
着替えを部屋から取り、魔石を使って風呂を入れて入浴する。
この世界でもゆったり風呂に使って疲れを取れるのは本当にありがたい。
そのうちここを離れて旅をすることになる事があったら耐えられるかどうか……
今のうちに享受出来る幸せは味わっておこう……そう思いながら目を閉じてゆっくりと浸かった。
明日も明後日も街が平和でありますように。
平和だといいですね。