第七話 村正、初めての買い物
第七話 村正、初めての買い物
昨日の害獣討伐の報酬はグリッター本部ですぐに支払われた。
時間帯勤務に加えて討伐数報酬(肉の買い取りを含む)で3427Gの収入となった。
これである程度の準備はできる。今日は買い物に出かける事にしよう。
ジェイドに買い物をしていいかの確認を取ると二つ返事で承諾が来たので気兼ねなく出発することにした。
大通りに出ると、昨日も見たがやはり活気にあふれた店が軒を並べている。
どの店も競いあうように商品を売りに出していて見ているだけでも楽しい。
どの店から見ようかとうろついていると、鼻をくすぐるような香ばしい匂いを感じた。
呼び込みの言うことにはどうやらグリッドランドの名物店らしい。時刻は昼のちょっと前だが、丁度いいので食べてみることにした。
ふんわりと焼き上げられた甘めのパンに、野菜としょっぱく煮込んだ豚肉のようなものをたっぷりと挟んだパンである。
一口頬張ると切り込みにしっかり焼き目が付けられていて、ざくっとした感触がとても香ばしい。
甘みとしょっぱさが絶妙で、野菜の水々しさが喉が乾くのを抑える……
「う……美味い」
思わず声に出てしまうほどの美味しさだった。これは定期的に食べたくなるな……
まだ金銭感覚がちゃんとついていないので何とも言えないが、おそらくそう高いものでは無いのが嬉しい。
腹も膨れ今度こそ必需品の買い物に行こうと、近場にいた人に服屋はどこにあるのかと聞いておいた。
どうやら割とすぐ近くにあるようで、方向を指さして少し行くだけ という答えをもらった。
教えてくれたおじさんの言うとおり、服屋は割とすぐ見つかった。
軒先に服をたたんで並べてあり、見本として数点軒につるしてある。
旅行先のおみやげ屋のような外観にすこしだけ懐かしい気分になった。
「そこのお兄さーん、服いらないかーい?」
呼び込みをしていた高校生くらいの女の子が声をかけてくる。
「ああ、服を探しに来た」
「おおっ、どんな服をお探し?デートにでも行くのかな?」
「いや、普段着にする服を数着買おうと思って」
「引っ越してきたばかり……とか?」
「まぁそんなところかな」
「おおー、じゃあいっぱい買って行ってね!これとかこれとかお安いよ〜」
笑顔でくるくると動き回る女の子を見ているとどこか気持ちが和む気がした。
「そうだなぁ、とりあえず中も見せてもらっていいかな?」
「うんうん、ゆっくり見ていって!」
そう言って女の子に手を引かれた瞬間腰に違和感を感じて振り向くと、腰に付けた財布の袋を奪い走り去ろうとする少年が目に入る。
「ごめん、また来る!」
そう言って手をほどき少年を追いかける。危機感を覚えたのかいつの間にか体に力が入っていたようで飛ぶように体が動いた。
店の間の路地に入り、大通りの隣に抜けた所で追いつき少年を捕まえる。首根っこを捕まえて逃げられないようにするなんて初めてだ。
「離せよ!」
「まずは財布を返せ」
問答無用で少年の手から財布を奪い返す、話を聴くのはそれからでいい。そう思っていると突然少年が息を吸い込んで叫びだした。
「泥棒!オレの財布返せよ!!」
その声に驚いた周りの人達の目線が集まってくる。あっという間に人だかりに囲まれてしまう。
「オレの財布返せ!離せよ!」
そう言いながら脚を何度も蹴ってくる、いつの間にか防御力も高めていたようで全く痛くはないのだが、まさかこちらが泥棒にされてしまうとは。
「おいアンタ、そんな子供から金を奪い取るとか恥ずかしくないのか?」
人混みの中からガタイのいい男が割って出てくる。
「そうだ!早く返せよこの野郎」
少年は味方が出来たことで更に語気を強める。なるほど、そう言う手があるのかと内心少し感心していた。
「おい少年、この財布はお前ので間違いないのか?」
そう捕まえた少年に問いかける
「そうだって言ってんだろ!!この泥棒野郎!早く返せ!」
「なるほど、そこのお兄さん、今のちゃんと聞いたな?」
先ほど割って出てきた男に確認する。
「ああ、確かに聞いたぞ、さっさと返してやれよ」
そう言う男に向かって財布を放り投げる。男は驚きながらも財布を受け取った。
「おい何やってんだよオレに返せよ!」
「少年、あの財布にいくら入ってるのか言ってみろよ」
「は?意味分かんねぇよ何でだよ」
「お前のならいくら入ってるか知ってるだろ」
そう言うと少年の顔がわずかに青ざめるが、それを見ないふりして続ける。
「その財布は俺のものだ、中身がいくらかも知っているし、その金の出処だって説明できる。お兄さん、中身を数えてくれるか?いくら入ってるかは言わないように」
「あ、ああ」
男は袋を開け、数を数えた。
「さぁ、少年。いくら入ってるんだ?」
「詳しくは覚えてないけどよ、確か1600Gくらいだろ!」
「違うね、中身は3417Gだ、お兄さん。中にいくら入ってる?」
「3417G入っていた。どうやらそっちのガキが泥棒だったみたいだな」
少年の顔がどんどん青ざめる、そして諦めたように膝を折ったので解放した。
「疑って悪かったな」
そう言いながら男が財布をこちらに返す。
「いや、突然協力させて済まなかったよ。むしろ助かった、ありがとう」
そう会話をしていると野次馬から声が上がる。
「逃げたぞ」
振り向くと少年は野次馬の隙間を縫うようにして駆け出していった。まぁ実際の被害が出る前に取り返したからもういいだろうと思い、再び男に向き直ると今度は少年が逃げた方向から叫び声が聞こえた。
「話は聞かせてもらった。俺はグリッター治安維持活動部隊所属のガイルだ」
ガイルと名乗る男は肩にぐったりとした少年を抱えている。
「治安維持の決まりにしたがってこの少年への処罰はグリッターが請け負う、異論はないな?」
突然の事に驚きながらもグリッターの治安維持活動はこういうこともするのかと思いながらガイルの言葉を聞いていた。
「異論はないようだな。それでは失礼する、皆良い一日を過ごしてくれ」
そう言って人混みの向こうへと消えていった。
事が済んだとわかると野次馬もあっという間に街に溶けていく。
「それじゃあ俺も行くわ。もう財布盗まれないように気をつけろよ」
「ああ、ありがとう」
財布の管理を考えなおさないとな……よくよく考えたらベルトに括りつけておくなんて盗ってくれと言っているようなもんだ。
今日の買い物ではカバンも一つ買おうと決意した。
「あ、お兄さん。さっきはどうしたの?」
「財布を盗られちゃってね、取り返してきたんだ」
「そうなんだ、取り返せてよかったね」
笑顔が眩しい、ひとまずもともと買う予定だった服を買いに先ほどの店まで戻ってきた。
「そうだ、この店でカバンって売ってるかな?」
「カバン?あるよあるよ〜」
再び手を引かれて店内へ入ると、布製品の店というカテゴリが正しいと思えるくらいの幅広い取り扱いがある店だった。
カバンにも多くの種類があり、見ているだけでも楽しい。
「お兄さん予算おいくらくらい?」
「3000Gってところかな、カバンと服を買いたい」
「うーん、そうだなぁ……」
結局時間をたっぷりつかって服屋でカバンを二つと普段着になる上下を数点セットで購入した。
単品の値段の組み合わせでは明らかに予算をオーバーしていたが、女の子が
「これからしばらくグリッドランドにいるんでしょう?その間はウチをひいきにしてね?」
というのでお言葉に甘えることにした。
名前を聞くのを忘れたので次の収入が入ったらお礼も兼ねてまた行かなきゃな。
明日は治安維持活動に参加する。気を引き締めていこう。
投稿画面直前で寝落ちして起きて送信したら14:01だと……orz