第六話 村正、害獣駆除
第六話 村正、害獣駆除
早朝の庭に一定のリズムで風をきる音が響く。
村正は異世界に来ても長年続けた早朝鍛錬を怠ろうとはしなかった。
もはや続けずとも叱られもしなければ、咎める人もいないというのに。
こちらの世界には正確に時を刻み続ける時計は無い。もしかしたらあるのかもしれないが一般的なものではないようだ。
基本的に生活のリズムは日の出入りに合わせることで保たれる。
村正の体もどちらかと言えばそう言った日の出入りに合わせた活動を得意とする生活を続けてきたのだ。
(日の出に鳴く鳥の声を聞くとやっぱり異世界なんだなって感じがするな)
目を覚ましてからリビングにあった木剣を借りて素振りに出ると屋根の上で小鳥達がさえずっていた。
いわゆるチュンチュンといった鳴き声も聞こえるが、ピーッ ピーッ と言うような聞きなれないものも聞こえてくる。
一羽が飛び立った瞬間を目撃したが、その体毛は鮮やかな緑色で、やはりここが日本ではないということを印象づけた。
「朝から精がでるな、ムラマサよぉ……ぁふ」
言い切る前にあくびに負けてしまったようだ。
「おはようございます、ジェイドさん」
「おう、おはようさん」
挨拶もそこそこに素振りを再開すると、ジェイドは家の勝手口に腰をかけてこちらを見ていた。
「なかなか慣れた所作だな」
「ええ、実家で延々とやってましたから。朝の素振りももはや癖です」
「ほー、なるほどねぇ。はー、ふーん」
それからも二三質問をしては何かを考えているようだった。
「ま、もうじき他のも起きてきて朝飯だから適当に切り上げてこいよ」
「はい」
勝手口からジェイドが戻って行ったのを横目に、村正は構えを変えて木剣を振りぬいた。
「じゃあ今日のところは俺がムラマサを借りて行くわ」
朝食を終えて今日の活動予定の話になった時にジェイドがそう切り出した
「そう、よろしく」
話は終わりとばかりにナタリーが立ち上がり部屋を出る。
「もう……じゃあ今日はジェイドに任せるわ、明後日は私が借りるわね」
「ああ、わかった。じゃあそういうことでムラマサは今日は害獣駆除の手伝いをしてもらうぜ」
「はい」
「給料は……まぁ着替え数着と2日分の飯ってとこだな」
言われて着替えがないことに気づく、なんだかんだ言って昨日は環境の変化で気が高ぶっていたのか考えが及ばなかった。
こちらで生活をしていくのなら着替えは必要だろう。
こちらの世界に移動した時に服はもともと着ていたものと似ているが、よく見ればこちらの世界のものに変わっていたようだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
そういって頭を下げるとジェイドは照れくさそうに手を振った。
「しかしまぁなんていうか無駄に礼儀の正しいやつだな、俺にはそういうのはいいから呼び捨てで敬語もなしで頼む」
「そう言ってくれるならそうしよう、今日はよろしく頼む」
「ああ、ソッチのほうが気が楽だ」
そう言いながらジェイドは立ち上がり、一緒に来るように促した。
家を出て大通りへ向かいながら話の続きを行う。
「さてじゃあ早速仕事の話に入るか、今日は害獣駆除に行く、獲物の名前はバディボアってやつだ」
「バディボア……猪ってことか」
「まぁその部類だな、この時期になると農作物を食い荒らしにやってくる」
「なるほど、その依頼が来てるという感じかな」
「ま、そういうこった。基本的に二匹以上で徒党を組んで作物を食いに来るのがバディボアの特徴だな。デカいのから小さいのまでいるが基本的に畑にくるようなのは片っ端からやって構わない」
「そういえば武器とかって貸してくれるのか?無ければ素手でやるけど」
「ああ、そういや何も持ってないのか。突然本部に出たモンスターを仕留めたって聞いてたから勝手に武器を持ってるもんだと思ってたわ」
すまんすまんと言いながらジェイドが向かったのは大通りの途中にある武器屋だ、隣には川があり大きな石橋がかかっている。
「ここが俺の行きつけの武器屋な」
そう言って扉を開けて入っていく。それに続いて入ると中には無造作に並べられた剣や槍などがひしめく無骨な武器屋だった。
「おうジェイド、どうした朝から」
「よう、今日は店番なのかゼグ」
ゼグと呼ばれた青年はジェイドと同年代に見える。
「ああ、今日は親父が出かけてるからな。仕方なくだ仕方なく」
「そうか、後ろに居るコイツの面倒見ることになってよ、害獣駆除に連れてこうと思ったんだが素手じゃってことでな」
「なるほどな、予算はどのくらいなんだ?」
「予算は……ゼロだな」
「はぁ?冷やかしかよ」
「まぁそう言うな、俺とお前の仲だろ?何か不要になったやつ分けてくれないか」
「かーっ、出たよ俺とお前の仲、どんな仲だよってんだっつうの」
よくあるやり取りなのだろうか、しかしそう言いながらも店の奥に行く辺り仲がいいんだろう。
少しして奥からガチャガチャと音を立てながらゼグが戻ってくる。
「ほらよ、この前新米が作った売り物にならんやつだ、これならくれてやる」
そう言ってカウンターに広げられたのは剣が数本と槍一本、ナイフが数本だ。
「お、ありがたい。恩に着るぜ」
「言っとくけど売り物にならんやつだからな、すぐにぶっ壊れても文句言うなよ」
「わかってるって、ムラマサ、ありがたくもらっときな」
ありがたいことに剣とナイフには身に付けるためのベルトが付いている。ありがたく頂戴することにした。
「本当に有難うございます。助かります」
「ああ、そのうちちゃんとしたの買いに来いよ」
「ええ、必ずまた来ます」
もらった剣を腰につけ、ナイフをベルトにさして肩にかける、ナイフの柄は胸元にくるようにしてあるのでいざという時に使えるように。槍は手に持って歩く。
初心者の作ったものとは言えきちんと武器ではある。確かに刃は見るからにナマクラではあるが……
それでも基礎を木で作った上に刃を付けてあるものであるためあまり重くないのがありがたい。
武器屋を後にして郊外へ向かう。
朝から農作業を行っている人たちに挨拶をしたりされたりしながら向かう。
「さて、そろそろだな」
畑の橋の方に林が広がり、山の麓に差し掛かる。主に山から降りてくるバディボア達は歩きやすい道を選んで歩く傾向にあるらしい。
先人の知恵によってバディボアを誘うようにある程度の地形を作ってあるのだそうだ。
「基本的には突っ込んでくるしか脳のない獣だけど、それなりに力はあるし、二頭で組んでると交互に突っ込んできたりする。気をつけろよ」
「ああ、分かった」
「まぁとは言え基本的には持ち回りで来たやつを狩り続けるだけなんだが、来ないこともあるからな」
もちろんそういうこともあるだろうな。野生生物がいつ来るかなんて予測程度しか出来ない。
駆除担当するエリアの近くで農作業をするおじさんたちと会話をしながら待機した。
昼を過ぎ、さきほどまで会話していたおじさんの奥さん方が昼食を差し入れてくれた。
ここら一帯では小麦を栽培しているようだ、その小麦を使った焼きたてのパンは美味しかった。
どうもこちらの世界でも家畜から乳をとったりしているようだが、主流なのは牛ではないらしい。
飼いならすとよく乳を出すモンスターがいるのだそうだ。
「おい、ムラマサ。出番だぞ」
突如ジェイドがそう声をかける。瞬時に気持ちを切り替えて槍を手にし、立ち上がった。
「それじゃあ頼んだよグリッターのお兄さんたち」
「ええ、危険のない場所に避難しててくださいね」
そう言って麓の方に移動すると、丁度林の方から数匹のバディボアが現れた。
一番大きい物で小型の冷蔵庫を横にしたくらいの大きさはあろうかという群れだ。
「そんじゃそれぞれ分かれてお仕事開始だ、基本的に一度敵とみなされたら食事より外敵排除を優先する生き物だから、なるべく畑から離れて戦えばいい」
「ああ、分かった」
これから戦闘に入る、そう意識を持つことで体にまた不思議な力が満ちていくような感覚を覚えた。
手に持った槍だけでなく、身につけた剣も持っていることを忘れるほどに軽く感じる。
先頭を走るバディボアにはジェイドが行く、回りをうろつく小さい奴が自分の標的だ。
約180センチほどの槍は圧倒的なリーチで持って牽制出来る、一匹目に近づき攻撃するかという瞬間に群れのボスが吠える。
その声と同時に全てのバディボアが顔を上げこちらを敵と認識したようだ。
動き出す前に一匹目の前脚をなぎ払うように槍を振ると、思っていた以上の力が出ていたようですんなりとちぎれ飛んだ。
悲鳴を上げて倒れこんだバディボアを見て他の仲間達がこちらへと駆け出す。
一頭、二頭、三頭と入れ替わり立ち代わり突撃してくるので躱すので精一杯となる。
こうなると逆にリーチのある槍は不便だったので大きく動いて先ほど倒れこんだバディボアに突き立てて命を奪った。
腰に差していた剣を抜き、また次々と突撃してくるバディボア達の脚をすれ違いざまに切り落としていく。
走る手段を失った者から次々と倒れ地面を転がり蠢く。
残る一体も仕留めた頃にはジェイドの方も終わっていた。
「おいおい、すげぇなムラマサ、もう少し手こずると思ってたのによ」
「まぁ走れなくしてしまうほうが殺すより早いからね」
言いながら止めをさしては持ち上げて積み上げる。血まみれのボスの回りにあまり傷のないバディボアが固められていく。
「なるほどな、参考になるわ」
仕留める、ということを命を奪うこととして作業してきたジェイドとしては動きを止めて後から命を奪うというのは新鮮だったようだ。
「しかしこんな所でこんなに仕留めてここらへん血なまぐさくならないのが不思議だ」
「ああ、なんでだったかな。確かここら一体でこいつらを狩る事にした時になんか作り替えたとか聞いたけど、細かいことは忘れたわ」
「先人の知恵は偉大だな……ところでこのバディボアどうするんだ?」
「数頭はここらの人らに渡して食ってもらう、残りはグリッターの食料になるから持ち帰りだな」
「とはいってもこの量は……」
「ああ、夕方になりゃ本部から人が来るから大丈夫だ。ちなみに一頭は俺達の食料としてもらって帰るからな、けっこうイケるぞ」
「それは楽しみだ」
「多分もう今日はバディボアは来ないだろうから血抜きでもして待ってようぜ」
ジェイドの指示に従い一頭ずつ血抜きをしていった。
グリッターの仕事としての給与の他に仕留めた数によるボーナスがもらえるらしい。
正規のグリッターではない村正に支払われる量はジェイドに比べると少なめだがそれでもこの世界での初収入であり、生活の足がかりにするには十分だった。
「どうよ、まぁ今回はいつもの害獣駆除って感じだったから基本の仕事だな」
「なんとか自分にも務まる仕事で助かったよ」
「謙虚だねぇ、まぁ突然強いモンスターが紛れ込んだりすることもあるからいつでもこんなんではないんだけどな」
そんな事を話しながら片付けているとやや日が傾いて来た辺りでグリッターの兵が8人ほど荷台を引いてやってきた。
「大量だな」
「だろ?ムラマサが強くてな、助かったよほんと」
「保護観察中は力になれるように頑張るよ」
「そう言わずグリッターになってくれてもいいんだぞ」
「残念ながらやることがあるからな、おそらく定住してゆっくりは出来ないんだ」
「何かあるのか?」
「いつになるかはわからないけどね、そのうち上司が来て仕事を寄越す手はずになってる。という感じかな」
「なるほどな、じゃあそれまでに保護観察を終えたいってわけか」
「そういうこと、早めに終われるようによろしく頼むよ」
「ま、この調子でやってくれるんならそう遠くないだろうな、終了を決めるのは俺じゃないからなんとも言えないけどよ」
そんな会話をしながらバディボアを荷台に載せると荷台の一つを引くように頼まれる。
荷台を引いてきた兵のうち3人が夕方からの当番でこの場に残るんだそうだ。
特にこれといった難無く仕事を終えることが出来た。
明日は一日の休みが与えられているらしいので今日の給与を使って生活必需品を買いに行く。
家に戻りもらった武器の手入れを行うと槍は木製部分にあと数回振れば折れてもおかしくないだろうなというヒビが入っておりもう殆ど壊れる直前だった。
しばらくは剣とナイフで今後の仕事をこなす事にしよう。明後日は治安維持活動だ。
毎週日曜は更新なしになりそうな予感。
欠かさず毎日だとクオリティ下がるかもしれないじゃん?(震え声