第三話 村正、降臨
第三話 村正、降臨
宙に浮いたような感触から、突然重力に引かれて体が引っ張られるような感覚に陥った。
次の瞬間にはどこかの硬い床に着地していた。ぼやけた視界が次第にクリアになっていくと同時に、耳が音を思い出したかのように何か聞こえてくる。
はっきりと視界を取り戻した時に目に入ったのはこっちをまっすぐ見ながらぽかんと口を開ける少女だった。
「き、来たーーーーーーーーーーー!!!」
突然そう叫んだ少女はこちらに駆け寄りぺたぺたと腹や胸のあたりを触ってわなわなと震えたかと思えば目の前で高笑いし始めた。
何がなんだか全くわからないまま面食らっていたが特に少女に突然襲われるということはなさそうなので周辺を確認する。
若干薄暗い部屋で灯りはろうそくを壁に設置している。足元には真っ黒な線が沢山、魔法陣のようにも見える。
部屋の隅にはガラクタや本が積み上げられていて、この女の子の研究所か何かのように見える。
女の子といえば身長150とちょっとくらいだろうか。白衣をまとって髪をくくっていることとメガネをしているくらいしかわからない。
観察をしていると不意に少女はこちらを見上げた。突然目があったかと思えば少女は突然部屋の外に駈け出したかと思えば
「行くわよ!早く来なさい!!」
とさも当然のように叫んだ。
何もわからないのでとりあえずは着いて行くことにした。
念のため力の使い方を思い返してみる。こちらの世界での力の使い方はこちらに付いた時点で理解できると神(仮)は言っていた。
言うとおりに感覚的な理解が出来た、言葉で表すには難しいが腕や足を動かそうとすることと大差はない、既に力は自分の一部になっているようだ。
走る少女の後を追いながら突然斬りかかられてもいいように全身に防護の力を行き渡らせる。
確かに何かが体を覆っているように感じる。目には見えないから試すまでは何とも不安だが今はしょうがない。
廊下は中世の城かと思うような石造りで、等間隔に配置されたろうそくが揺らめいている、窓が一つもないのでもしかしたら地下かもしれないなと思った辺りで階段を登り始めた。
徐々に光が強くなり、上がりきった先は立派な装飾が施された空間だった。大きな柱が伸び、巨大な空間を形作っている。
床には赤い絨毯が引かれ、奥にはまた階段があり、その奥に大きな廊下が続いているようだ。
廊下の回りには兵士が立っていることから城か何かなんだろうな。
少女は広間を横切り、大きい木製の扉を三度強烈にノックしたかと思えば扉を開けて中へと飛び込んでいった。
ついて来いとは言われたものの部屋に入っていいのだろうか……
などと躊躇っていると無理やり引っ張り込まれた。
そこは先ほどの薄暗い所とは違うが、本棚がたくさんあり、白衣の研究員のような人間が十数人こちらを見ていた。
「ついに成功したのよ!!見なさい!やっぱり私は正しかったのよ!!」
興奮にまかせて叫ぶ少女に対して周りの目は大分冷たい。
「またかナタリー、そいつは誰だ?部外者まで連れてきて何の成功だって?」
白衣の集団の中心にいた男がメガネを上げながら前に進み出る。いかにも性格の悪そうな目つきと小馬鹿にしたような喋り方、少し上がった口角が一瞬で男をキャラクター付けてしまった。
「部外者?違うわ、これが私の実験結果にして力の証明。使い魔の……オペリクよ!」
そう高らかに宣言した少女とは裏腹に俺は現状が理解できずにいた。オペ……?
「オペリク!このわからず屋どもに力を見せてやりなさい!」
そう言われましても……という感じだ。力と言っても知らない人にふるう暴力は無いし、防御やら回復は見た目にはわからないだろう
困惑していると白衣集団は呆れて解散しだした、嫌味な男も鼻で笑い。俺に向かって
「ご苦労だったね、エキストラ君。もう帰っていいよ」
酷い物言いである、こんなこと言われたら悔しいだろうなあとナタリーと呼ばれた少女を見るとこちらを見ながらわなわなと震えていた。
その後引きずられて研究室のような場所を出て大広間へと戻る。
「何で?何で言うこと聞かないのよ……あんたは私に召喚されたんだから従いなさいよ!」
涙声で訴えるナタリー、まずはそこから訂正しないといけない。
「あのさ、ナタリーさんって言ったっけ」
そう声を上げると驚いたように顔を見上げてくる。喋ると思っていなかったんだろうか……
「悪いけど俺は召喚された使い魔じゃない、目的があってこっちに来たけどたまたま出た場所があそこだっただけだ」
「何……何よそれ!意味分かんない!なんでわざわざあのタイミングであの場所から出てくんのよ!バカにしてんの!?」
あれよあれよと普段の鬱憤も混じった苛立ちがぶつけられる。きっと成果が出ずに今までもバカにされ続けたんだろう。
「いや、それは俺が決めたわけじゃな」
「うるさいのよ!どいつもこいつも!何でよ!」
聞く耳は全くないようだ。どう声をかけたものか……と思った瞬間、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
悲鳴の主は先ほどいた地下の階段を上がってきた。
「大変!ナタリーの部屋からモンスターが!」
そう言いつつ広間を見渡してナタリーを見つけると駆け寄ってきた。
「ナタリー!無事だったのね!」
「ドレシー、何……?何かあったの?」
「何って……さっき突然ナタリーの部屋から見たこともないモンスターが」
そう言って階段を振り返ると数人の研究員が駆け上がってきた、皆必死の形相で何か本当に恐ろしい物に追われているという感じだ。
そのうち一人が盛大に転ぶ、抱えた本を広間にぶちまけ慌てて拾い始めたそこに階段から現れた影が襲いかかった。
「うわぁぁぁぁぁぁあ”っ」
叫ぶやいなや一蹴される。文字通り蹴り飛ばされて転がり柱に背中を打ち付けて崩れ落ちた。
その光景を目の当たりにした広場の人間は一斉に叫びを挙げて逃げ惑う。
その叫び声で緊張していた体に意識が通った、何を呆けていたんだ。動かなきゃ
階段を登って来たモンスターはところどころがスライムのように透けたいわゆるリザードマンのような爬虫類系だ。
幸い武器は持っていないようだ、次の獲物に襲いかかるべく動き始めるリザードマンを横目に先ほどふっとばされた白衣の男に駆け寄る。
口からは血が流れ完全に意識を失っているが……これで治ってくれ……
体に宿る命のイメージを相手に流し込むことで目立った外傷がみるみるうちに癒えていく、真っ青だった顔も血の気を取り戻していく。
完全に回復したことは感覚で理解することが出来た。ゆすり起こすとすぐに目を覚ましたが安堵してる暇はない。
「早く逃げて」
「は、はいぃ」
何度か転びそうになりながらも逃げていく、リザードマンを見ると兵士達に囲まれていた。
兵士たちは槍で牽制しているがなかなか踏み切れずにいる。
迷わずにリザードマンへと駈け出しながら全身に防御を張る、今は武器になるものが無いので肉弾戦をするしか無いのが怖いが、逃げ出すわけにもいかない。
あと数メートルという所まで来た時に攻撃した兵士が一人尻尾の一撃を受けてふっとばされた。ゆうに2mは宙を飛んだのではないだろうか……
その威力に他の兵士達は後ずさりをする、一瞬で力の差を感じてしまった。
「俺に任せろ!彼を助けてやってくれ!」
そう叫んでリザードマンの懐に入り腹に掌底を叩き込む、腹にまで硬い鱗があるためあまり大した手応えを感じない
反撃に噛み付こうとするリザードマンの顎にも掌底を入れて距離をとろうと一歩下がると、回転の勢いで尻尾が遅いかかる。
とっさにガードするも踏ん張りが効かず吹き飛ばされる。まるでサッカーボールのように体が飛び柱にぶつかるが
すぐに立ち上がりまた駆け出す、衝撃そのものは受けるが体に痛みは無いし怪我もない。
全身に力をみなぎらせて行くと感覚が普段より鋭敏になるのを感じる。神の力さまさまだ。
二度の攻撃で完全に村正を敵と認識したリザードマンはその2mはあろうかという体で駈け出した。
ぶつかり合う瞬間に振り降ろされる腕をかいくぐり再び腹に一撃を見舞うと今度は手応えがあった。
恐ろしい牙の生えそろう口からうめき声が上がる。
村正は十数年に渡り体に染み込ませてきた体術を流れるように叩き込んでいく。
反撃は全て受け止め、弾き返し、軽々と人間を吹き飛ばす尻尾ですら叩き落とした。
しかし約40秒にも渡る攻防で一方的に攻めてもトドメを刺せる手段が見つからずにいた。
再び振り下ろされた腕をとり、重心をずらすことでリザードマンを投げ、床に叩きつける。
「誰か武器を貸してくれ!」
そう叫ぶと兵士の一人が槍を投げてよこした。完全に投げ槍のフォームで刃がこちらを向いていた気もするがこの際良しとする。
飛んできた槍を受け取り、手になじませるように数度回転させる。
起き上がったリザードマンも投げ飛ばされた事に驚いたのかすぐには跳びかかってこない。
こうして刃のついた武器を握るのは初めてでは無いが、それで何かの命を奪うのは初めてだな、とどこか他人めいた事を考えながら力を込める。
これも加護の力なのか、そこまで命を奪う事に抵抗が無い事に少し驚いたくらいだ。
実際の時間にしてほんの数瞬のにらみ合いの後、リザードマンは咆哮と共に動いた。
村正は槍をビリヤードのキューの構えの変形のような形で構え迎え撃つ、突き出した槍は村正にとっても驚くような威力でリザードマンの片腕をもぎ取った。
痛みに怯むリザードマンに畳み掛けるように連撃を見舞う、横薙ぎ、切り上げ、回転して切り下ろし、柄を顎に叩きつけて脳天に刃を振り下ろす。
どれもリザードマン吸い込まれるように叩きこまれていく、その姿は戦いながらもまるで踊るようだったという。
全ての攻撃を受けきったリザードマンは完全に沈黙し、崩れ落ちた。
絶命した後に体が崩れ始め、肉片や骨、スライムのような粘りのある透明な何かの塊のようになった。
兵士達は村正の戦いぶりに驚きながらも警戒の色を強くした。
この強さを持った男がそのまま攻め込んできたらひとたまりもない。
戦闘で感覚が鋭敏になった村正はもちろんその気配も感じ取っていた。
このまま人間と戦うのは避けたいとは思いつつも、襲われるならある程度応戦はしないと行けないだろうかと考えていた。
その時階段の上の廊下から何者かが現れよく通る声で兵士を制した。
「待て、何の騒ぎだ」
その声に振り向いた兵士達は全員が同じ敬礼のポーズを取る、この国かこの部隊かでは右手を左肩に置き、左手は腰の後ろに回すのが敬礼に当たるのだろう。
声を上げた男はいかにも団長というような豪華に見える鎧に身を包んでいた。
顔はまだ30台後半といったところだろうか、その目には幾つもの死線をくぐり抜けた事を匂わせる鋭さがあった。
最初から登校間隔や時間をぶっちぎっていますが
初めはR18側に投稿していたものを移植しただけですのでご容赦下さい
次回からは予約投稿で14時投稿になります。