脱出⑨
何が起こった?
ユーゴはそのように考えながらも、隙を与えることなく片手を地面につき、逆立ちの体勢から、ジンから離れるように体を捻り、両足で立った。
今、何をした?
そのような疑問がユーゴの中に浮かぶが、深く思案する暇もなく、ジンの次の攻撃が始まる。
ジンは、ユーゴから離れた位置で大剣を上げて振り下ろす。普通ならば、ユーゴに届くはずがない攻撃。だが、先程の普通ではない攻撃もあり、ユーゴはそれを警戒し、必要以上にジンの攻撃から離れた。
ジンの大剣は振り下ろされ、地面を穿つ。その瞬間、ユーゴは再度『悲鳴』を聞いた。それと同時に悪寒がし、咄嗟に横に跳ぶ。
何かが目の前を通り過ぎたような気がした。さっきまでユーゴがいた位置の地面が削られる。そして、その『何か』はそれだけでは終わらなかった。
「うわッ!」
「なんだ!? グッ!?」
ユーゴの後ろにいた兵士達から、次々と悲鳴があがっていた。見ると、兵士達の体からは血が噴き出しており、次々と倒れる。
ユーゴは、即座にその場に向かいたかったが、ジンが攻撃の手を緩めることはない。
隙が多く、デタラメな攻撃であったが、不可解な現象が起こっているのも事実。ユーゴには、それを見極める必要があった。ユーゴは横に跳び、後ろに兵士達がいない所に位置取りをする。
「さあ、来い!」
ユーゴは、挑発するように手招きをした。反対の手にある槍の穂先は、パキパキと音を立てて再び大きくなっていた。
ジンはユーゴの挑発に乗ってしまった。ユーゴに対する怒りは勿論のこと、先程から起きている、妙な大剣の現象により優勢になっていると思い込んでいることも拍車を掛けていた。
ジンは両手で大剣の柄を握り、頭の上に掲げる。そして、渾身の力を込めて、その場に振り下ろした。
大剣を打ち付けた衝撃が地面をひっくり返す。その衝撃は、ユーゴまで続いていく。
「あぶない!」
「葵隊長!」
兵士達は、ユーゴに向かって叫んだ。だが、当のユーゴはその言葉に応えることなく、その場から離れないでいた。その理由として、一つはジンの攻撃を見極めるため。そして、もう一つは部下の兵士達に危害が及ばないようにするためであった。
槍を構える。穂先は既に、氷の塊と化していた。
衝撃がユーゴに迫る。そこで、ユーゴが示した行動は、地面に槍を突き立てることであった。前の地面からは、氷の壁が現れた。それは、ユーゴの背丈を超える高さまででき、さながら盾のようであった。
衝撃が氷の壁にぶつかる。まるでガラスに向けて鉄球を打ち付けたような音がし、氷の壁に数多くの亀裂が走る。しかし、そのお陰でユーゴは無傷で済んでいた。
誰もが一連の攻防は終わっていたと、そう思っていた。兵士達が、ユーゴの無事を確認し、胸を撫で下ろした所であった。
ユーゴは、氷の壁に何かが当たった音を聞いた。亀裂が細かく入っていたため、その向こう側の視界はほとんどない環境であったが、何が当たったのか想像はできていた。しかし、その想像からのするべき行動は、これから起こることに、追いつくのは難しかった。
何かが当たった音を聞いた後に、氷の壁を突き破って、大剣が現れるのを見た。そして、それを持ったジンの姿を視界に収めた。
ユーゴは槍を構えようとする。だが、間に合わない。
ジンの大剣がユーゴの体を捉えた。
体を抉るように振り抜かれた大剣の力に逆らうことなく、ユーゴの体は後ろに飛ばされ、二回バウンドすると、転がりながら着地した。
「これで……みんなのーー」
みんなの敵を討てた、とジンは息も絶え絶えにいたが、ユーゴを飛ばした時に感じた奇妙な手応えを思い返した。そして、「ハハハハ」と、前方からの笑い声に気づいた。
その方向へ目を向ける。
「そんな……馬鹿な。どうして!?」
ジンが倒したと思っていたユーゴはゆっくりと起き、そして立ち上がった。
「ハハハハ……。成る程、そういうことか。やはり、俺と同じか」
ユーゴが立ち上がった所で、ジンはユーゴの姿を見る。ジンはその様相に驚いていた。
ユーゴの体の至る所が、氷で覆われていた。さながら、身を守る鎧のようであった。それによって、死ななかったのだろうと考える。
「やっとわかったよ。お前の攻撃。どこで拾ったのか知らないが、衝撃波……、いや、その攻撃は人を切っていたから……」
ユーゴの体を覆っていた氷の鎧が、地面に落ちて粉々になり、散乱する。
「お前のそれは、衝撃波ではなく風を操る『ARMS』といったところだろう」
ジンに向かって言い放った。「何を言っているんだ?」と思っていたが、ユーゴの言う『ARMS』といったものが気になっていた。
「なんだ。何も知らないで使っていたのか。『ARMS』が悲鳴をあげていたのを聞くと、無理に使っていたな」
「それでこの威力か」と言うと、ユーゴは手で口元を拭った。その手には血が付いていた。ジンがユーゴに浴びせた一撃は、氷の鎧に防がれたものの、ダメージは与えたようである。
「悲鳴……? なんのことだ?」
ジンは息絶え絶えに言うと、ユーゴは呆れたように笑った。
「何がおかしい!」
ジンが叫ぶが、ユーゴは笑い声を止めない。ジンは地面を蹴り、ユーゴの元に駆けた。次こそは一撃を加えて殺してやる、と考えていた。だが、大剣のリーチまであと三、四歩といった位置で、足を止めた。止めざるを得なかった。
ジンの足元は凍っており、その氷はジンの足を地面に貼り付け動かなくしていた。
「クソッ! クソッ!」
ジンはそれにも構わず、大剣を振った。しかし、大剣は空を切るだけであり、何故か先程まで起こしていた現象は再現できていない。
「最後は一直線か。なんの捻りもない。能力も発揮されないとなると、『ARMS』には見放されたな、お前」
ユーゴは、ジンが大剣を振るのも構わずに近づく。ジンの攻撃可能な範囲に入るも、大剣は空を切るだけであった。ジンが横からの攻撃を試みるも、それは槍の持ち手の部分で防がれる。足が固定されていることにより踏み込みができないため、威力は殺されていることが原因だろう。
ジンの攻撃を防いだユーゴの次の行動は、ジンの両手を蹴り大剣を飛ばすことであった。
回転しながら大剣は飛ぶと、離れた位置で止まる。
「これで終わりだ」
ユーゴは槍を構える。攻撃の準備である。ジンの目の前であり、外す可能性も必要性もない。
ユーゴは槍による突きを、ジンの心臓の位置に向けて放った。対するジンは大剣を失い、無防備な状態である。だからこそ、ジンはその攻撃を素手で受け止めた。
槍がジンの右手の肉を貫き、左手の骨を砕くが、胸を貫く寸前で止まることとなる。
「両手を捨てたか。でも、そんなことをしても意味はない」
ユーゴの槍の穂先が白く輝き始めた。ユーゴが何をしようとしているのか、ジンはいち早く気づいたが、自分にはもう打つ手がないことにも気づいた。
始めは両手が動かせなくなった。動かせなくなるだけでなく、凍っていることによる冷感や貫かれていることによる痛みすら感じなくなった。そこから先は一瞬の出来事であった。全身が動かなくなる。
薄れゆく意識の中でジンは、カイや子供達、そしてシュウの敵討ちができなかったこと、自分に力がないことを悔いた。