感触
暖かく、柔らかい。
ジンが目を覚ました時に感じたことはその二つであった。
どうしてかはわからないが、自分が布団の上で寝かされていること、着ていた衣服が変わっていることがわかり、ジンは身体を起こそうとした。しかし、思うようには動かなかった。痛みはないが、身体に重りが乗っているように感じた。
ジンは辺りを見回した。どこかの室内であろうが、自分がどこにいるのか、眠ってからどれだけの時間が経ったのか、それは今の情報では知ることはできない。
「やあ、やっと目を覚ましたみたいだね」
部屋の扉が開いて、現れたのは無精髭を生やした男であった。心配するような口調であったが、ジンが男の声を聞いて最初に行ったことは、攻撃であった。自分に被せてあった毛布を男に投げる。目くらましとしての行動で、その間に、ジンは近くのテーブルに転がっていたペンを手に取り、毛布の向こうにいると思われる男を刺す準備をした。毛布が落ち次第、攻撃をする。その考え通り、ジンは男の姿を確認して、突きを放つ。狙うのは相手の目。外れたとしても、顔に当たる確率は高い。それが牽制となると確信していた。
だが、男はその攻撃をいとも簡単に避けジンの腕を掴むと、そのまま床に組み伏せた。
「ど、どうして?」
「それはこっちの台詞だ。命の恩人に対して殺しにかかるなんて、どんな教育受けてんだ」
呆れた口調の男に対して、ジンは呆気に取られていた。自分の攻撃が、普通の人間に見切られるとは思わなかったからだ。
自分は普通の人間ではない。人間離れした感覚、腕力を持っている。そのことを確信しているジンにとって、男の行ったことは、ジンを当惑させるのに充分すぎることであった。
「おい、どうしたよ少年。さっきまでの威勢は、どこに行った?」
「……殺せ。お前、あいつらの仲間なんだろ」
ジンは力を緩めた。抵抗を止めてしまった。
「人の話を聞かない奴だな。俺はお前の命の恩人だって言ってるだろ」
男も組み伏せていた力を緩め、ジンの身体を持ち上げる。そして、椅子に座らせた。
「そうだな……。自己紹介をしようか」
睨むジンに耐えかねた男は、自分の無精髭を触りながらに言う。
「俺の名前はユウジ。黒木ユウジだ。お前の名前は?」
「……ジン」
ジンは呟くように言う。
「そうか。ジンというのか」
ユウジは自分が座る分の椅子を持ってきた。
「それでは、ジン。お前にはいくつか質問をする。答えたくなかったら答えなくてもいい。子供に強いるのは酷だからな」
ユウジは、ムッとするジンに相対して続ける。
「まず、一つ目。お前は地上人ではないな。」
ユウジの質問に対し、ジンは少しの間考える。そして、立つと窓の外を見て続けた。
「……そうだ。だとすると、ここは地上世界ということか」
窓の外に見えたのは、雲の上までそびえ立つ塔だった。意識が無くなる前にいた、天上大地である。
「察しがいいな。奴隷階級なのに、そういう知識があるのか。だとすると特別な位置にいたな、お前は」
「奴隷階級? なんのことだ?」
ジンの問いに対して、ユウジは自分の首の後ろの部分を触れながらに言う。
「ここに小さいが、皮下にチップがあるんだよ。奴隷はデータが登録されているはずだ。識別番号みたいなものさ」
「何もないんだけど。それに、俺の仲間にだってそんなものはなかった」
「そりゃそうさ。認識できないように、奴隷は頭をいじられているんだからな」
ユウジは、さも当然のことのように言う。だが、それはジンの人生を揺るがす事態であった。認識させないようにしていた、ということは、他にも同様の手段が使われていたのかもしれない。
「二つ目の質問」
ジンの考える間もなく、ユウジは次へと進む。
「お前はどうやってここへ来た?」
「さあ、わからない。気づいたらここにいた」
「それじゃあ、ここへ来る前のお前の記憶している場所はどこだ?」
「それは……」
ジンは思い返していた。蘇るのは、仲間を目の前で失うという辛い過去だけである。
ジンは黙っていた。
「まあ、ここまで下りてくるくらいだ。話したくないことだろう。だけど、もう一つの質問には答えてもらうぞ」
ユウジは人差し指を立てて「1」を作ると、質問を続けた。
「お前はどうして、ここで生きていられる?」
ジンには、ユウジの言っている意味がわからない。だが、深刻そうな表情から推察するに、普通であれば自分は死んでいる身ということか。ジンはそのように考えたが、その理由には至らなかった。
「どういう意味だ? 俺は死んでいるべきだと言いたいのか?」
「……そこまでの知識はないということか。わかった、説明しよう」
ユウジはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
薄着になったため、ユウジの屈強な体つきが露わとなったが、ジンが注目したのはそこではなかった。
「なんだ、それは?」
ジンが、ユウジの体の一部を指で差す。差した先の肩から胸にあたる肌は、紫色に変色しており、まだら模様となっていた。
「これがお前が死ぬべき理由だよ」