はじまり
ユーゴは持っていた槍を鞘に収めた後、自分の隊を眺めていた。まだ動くことのできる兵士達は協力して、負傷して倒れている兵士、もう動くことのない兵士を運んでいる。
自分の部下、仲間を死なせてしまった。ユーゴの中には、そのような喪失感が生まれていた。実質、隊の半数弱の人間が死んでしまうのは、ユーゴには経験がなかった。
「葵隊長、気を確かにして下さい。死んでしまった者もいますが、生きている者も大勢います。それだけでも良しとしなければ、心が持ちません」
葵隊の副隊長である四木は、ユーゴの後ろでそう言った。四木はユーゴを直視することはできなかった。悲痛な表情を隠すことができないユーゴを見るのは痛ましく感じていた。
「四木さん、ありがとうございます。……そうですね。隊を預かる者として慣れないといけないですね」
「隊長はまだ戦場に出てからの日が浅いんです。だからこそ、隊員を労わることができます。その気持ちを持てる葵隊長だからこそ、隊員達は私を含め、喜んで隊長の命令に従うんです。これからもその気持ちを忘れないでください」
「ここは私に任せて、隊長は体を休めてください」と、四木は告げて兵士達の元へと進んでいった。
四木の背中を見届け、部下である年長者の忠告は聞くべきだとユーゴは考えた。今の気持ちを忘れないようにしよう。仲間を死なせないよう、もっと自分の力を高めようと。
「ハッ! なんだ、あのジジイは? ポエムが趣味かよ」
乱暴な口調の男が現れた。細身の真っ黒なレンズのサングラスや剃り込みの入った短い金髪が粗野な印象を助長している。もう一つ特徴的なのは、両腕がガントレットに覆われていることだろう。
現れた場所は先程光弾が発射されたビルからであり、男の横には身丈とほとんど同じ長さの狙撃銃を担いだ女が歩いていた。
「隊長さんよぉ、作戦は失敗したんだって? なんだっけ、標的が雲隠れ? なあ、雲隠れってどういう意味だ?」
「雲隠れ。想像するに、ここ『天上大地』から地上へ逃げる時、主に飛び降りという手段を用いて行うことだと考えます。天上大地が雲の中、または上にあり、雲に隠れて見えなくなってしまうことから取られたのでしよう」
「だとしたら、あのガキ共は死んでるな、今」
女の口調は機械的であった。抑揚はほとんどない。右目を前髪で隠しており、表に現れている左目でさえ男の方を見ることなく、淡々と答えていた。
二人の問答の中、ユーゴが詰め寄る。
「捩切ハイド、どうして子供達を殺した? 生きて回収する命令だっただろうが!」
「命令ではそうだったかもしれないが、自分の命の危険があったら、その限りじゃあないだろ? なあ、ユウ?」
男ーー捩切ハイドは、狙撃銃を持った女ーー海凪ユウに対して、助け舟を出して欲しいかのような視線を送った。
「さあ、知りません」
「お前だって、一人殺したろうが!」
「私は一人も殺してませんよ。あれはペイント弾に毒を混ぜたもので、一定期間、自由を奪うものです。だから、私に問題はありません」
ハイドはユウを睨みつける。
話を逸らされたと感じたユーゴはハイドの胸倉を掴んだ。
「まだ終わってないぞ。お前は自分の命の危険と言ったな? 俺はあの惨状を見た。お前は自分の快楽のために子供を殺しただけだろ」
ハイドは自分の胸倉を掴むユーゴの手を見て鼻で笑った。
「ハッ! うるせーな。俺はお前の部下じゃねえんだよ、クソガキ! そんなに殺したくなかったら、お前の部下に命令しろ。できるんならな」
ハイドはユーゴの手を強引に振り払って、ユーゴ達の前から離れた。そして、影形を残さずに消えてしまった。
ユウはそれを興味なく眺めている。
「私は『黒騎士』の命令でしか動きません。今はあなたの下で働くように言われていますので、その命令の限り、あなたの言うことは聞きましょう」
「さすがに、あなたから死ねと言われれば、私はあなたを殺しますが」と言って、ユウはユーゴの横に立っていた。
しばらくして、ユーゴの元に四木が戻ってきた。四木はユーゴの横にいるユウに対して怪訝な視線を送ったが、すぐにユーゴに向き直った。
「報告します。隊員の搬送先の手配は済みました。対象は十二体回収しました。以上です」
「わかりました。それでは、基地に戻りましょう」
ユーゴは一度空を眺めた。いつもは星が見える夜空であったが、煙が立ち込めて何も見えなくなっていた。
――――――――――――
――???
少女は意識のないジンを抱えていた。
少女の立っている地点、そこには大きなクレーターができており、その中央に二人はいた。
少女は無言のまま、ジンの身体を横たえる。ジンは「うぅ……」といって、微かだが意識を取り戻した。だが、動くことはない。凍っていた身体のダメージはそれまでに大きかった。
少女は、ジンを意に介さずに次の行動へと移る。
「……つち?」
少女は地面に触れた。一掴みして指でこすると、サラサラと下に落ちる。何度かその動作を繰り返した後、手を払うと、次はジンの頭を掴んだ。すると、掴んだ手が光り始めた。
「かりれんけつ、かんりょう。じょうほうをとうごうちゅう」
少女の手から伝播するように、少女の体が光りに包み込まれる。
「じょうほうを、統合中」
光が大きくなり、それと同じく少女の体も大きくなっていた。声色も大人びて変化する。
しばらくすると、光が弱くなり消えてしまった。そこにいたのは、十歳に満たない様相の少女ではなく、ジンと変わらない年齢であろうとされる少女であった。
少女はジンから手を離す。手を一度閉じて開いた。
「情報から考察。ここは……」
辺りを眺める。そして呟く。
「ここは、地上世界ね」
少女は遠くなった空を見上げた。