脱出①
――天上大地第2層
南西部に位置する研究区の、ある一棟の建物から突如、火の手が上がる。続けて爆発音が轟く。
その建物の中で、ある一団が走っていた。
「これで、全員揃ったか?」
一団の先頭にいた赤毛の少年は、横にいた銀髪の少年に尋ねる。
「うん。動ける子達はみんな。マリア、ケンジ、セレナ、ユートとアンリが……」
「そうか。俺達がこいつらだけでも」
二人の少年は後ろを見た。
二人の後ろを二十名程の子供達が着いてきている。その誰もが、何処かに傷を負っていた。中には、頭から血を流している者、時折ふらついている者もいる。先頭を走っている二人も傷を負ってはいるが、まだまだ軽傷と言えるだろう。
「こんなことをして正しかったのか、シュウ? 死んだ子達もいる。ここからも死ぬかもしれないのに」
「ジン、俺もこいつらも、この行動がどれだけ危険なことだってわかっている。もちろん、死んだ奴らだって、それは同じだったはずだ。誰も後悔していないはずだ。それをお前にはわかっていてほしい」
赤髪の少年――シュウは銀髪の少年――ジンに、諭すように言う。ジンは一度だけ頷く。
「『先生』の言う通りにすれば、この地獄からは確実に出られるんだ。それに、『コイツ』もあるしな」
シュウが右手に持った『モノ』ーー拳銃を掲げた。これが、彼らが何者であるかを物語っている。彼らはこの騒動を起こした張本人である。そして、彼らはこの研究所では研究対象として生きていた者たちでもあった。
一団が走っている廊下の進んだ先の曲がり角から、武装した人間が現れた。追っ手である。人数は三人。距離にして十メートルもないが、彼らの持つ小銃ではそれは大した距離ではないだろう。
「い、いたぞ!早く捕らえーー」
しかし、それはシュウにとっても同じであった。
武装した三人を視認した瞬間、シュウがこれまでより速く走りだし、ジンはそれを追った。
その一秒にも満たない差が二つの集団の生死を分ける結果となる。
三人組が武器を構える前に、シュウは右手の拳銃を向け、三回引き金を引いた。銃口からは、二発の弾丸が飛び出し、一つは一人の額を、もう一つは別の一人の右肩を貫いた。
「……殺してやる!」
残った一人は、目の前で倒れる二人を見て叫び、小銃を構える。だが、それももう遅い。
引き金を引く前に、シュウと共に走り出したジンが懐深くに迫っていた。
ジンは小銃を蹴り上げた。それと同時に引き金を引いたのだろう。銃声が五回程鳴ったのだが、銃口は既に上へ向けられていたため、銃弾は天井を削るだけであった。
今、武装集団の残った一人は両腕を上に挙げている状態である。それを見逃さないジンとシュウではない。
「ジン、屈め!」
続けて攻撃を加えようとしたジンは、シュウの指示通りその場で屈む。その時、ジンの頭の上を、何かが通り過ぎていき、武装した一人の顔に叩き込まれた。そして、そのまま後ろに倒れる。ジンは立ち上がり、何が通り過ぎていったのかを見た。
それは拳銃、シュウが投擲したものであった。
「よし、命中」
シュウは三人に近づく。一人は既に死んでおり、顔に銃を当てられた者は気を失っている。残り一人は撃たれた部分を押さえて呻いていた。
「……化け物め」
肩を撃たれた一人がシュウを睨む。シュウは立ち止まりそちらを向いた。
「化け物、ね……。俺を、いや俺達を化け物にしたのはお前達だろう?」
「……うるさい!」
肩を撃たれた一人は横に転がっていた拳銃を、まだ自由の効く左手で掴むとシュウに向けた。その拳銃はシュウが投擲したものである。
「撃ってみろ。俺を殺したいんだろ」
「舐めるな!」
シュウは挑発をした。通常の精神状態では反応し得ない安っぽいものであったが、仲間を失って数分も経っていない者が通常であるはずがない。
シュウに向けられた拳銃の引き金が引かれる。しかし、弾丸が発射されることもなく、シュウが傷つけられることもなかった。
「それに弾はもう入ってねえよ」
シュウは拳銃が握られていた左手を蹴り飛ばし、右肩を踏みつけた。先程、弾丸が貫いた右肩を、である。辺りに悲鳴が響いた。それを気にも留めず、シュウは肩の傷を広げるように足を押しつける。いつの間にか、悲鳴が嗚咽混じりのものに変わっていた。
「シュウ、もう止めろ。充分だろ?」
その光景に耐え切れなくなったジンが、シュウを宥めるように言う。
「どうして止める必要がある。俺達が味わってきたものはこんなもんじゃなかった」
「でも、あいつらだって泣いてる」
ジンは、後ろを着いてきていた子供達を指差した。今までの光景を表情も変えず見ていた者もいれば、目を背ける者、既に泣いている者もいる。それを見たシュウの顔が、柔和なものになっていく。
「ごめん、みんな。怖がらせるような真似しちゃって。ジンもありがとうな」
子供達に向かって、シュウは頭を下げる。
「もう頭を上げていいって、リーダー。それよりも、指示を頼みますわ。時間もとられちまったし」
子供達の中で一際背の高いカイが手を挙げて言う。カイはジンやシュウに次いで三番目に年長者であった。因みに、ジンとシュウは同い年である。
「じゃあ、年長組はこいつらの武器を奪え。これからは、今みたいに戦闘することが多くなるだろう。年少組は年長組から離れないこと。それから」
シュウは目の前の道とポケットから取り出した地図を確認した。廊下は左右に分かれており、どちらも出口への道となっているようだ。しかし、その出口の場所は異なる。
「ここからは二手に分かれて行こうと思う。俺とジンは、それぞれのグループのリーダーの役目だ。カイはジンの方で頼む。あとは年長組と年少組、打ち合わせ通りにそれぞれ半分ずつに分かれてくれ」
シュウの指示により、速やかにグループが半分に分かれ始める。ジンの後ろには、武装集団から小銃を奪ったカイがヘラヘラと笑いながら並ぶ。
「よろしくお願いしますよ、ジン先輩」
「うん、俺からも頼む」
ジンの答えに、カイは顔をニヤリとさせた。
「みんな、準備は終わったな。ジン、目的地である『旧市街』で会おう。『先生』も待っているらしいしな」
「じゃあ、また後で」と言って、シュウはジン達に向かって親指を立てた拳を掲げる。ジンはそれに応えた。
これが、二人の最後の会話であった。悲劇が始まる。