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ニュルンベルク裁判にて

1949年 ドイツ・ニュルンベルク―


「被告人、ルドルフ・フランク―絞首刑」

一人の男に判決が下った。絞首刑。すなわち、死刑に処されるということだ。

その法廷は異様な空気に包まれていた。一般の裁判の法廷とは違う。被告人席の周りには大勢の憲兵が立ち、被告人席に着席しているのは、ほんの4年前まで、この大ドイツを牽引してきた国家の高官たちであった。

かつて一人の政治家に夢を託し、この国をここまでの荒廃へと導いた政治家たちが、いま、この法廷で裁かれている。

ルドルフ・フランクも、またその一人だった。


<ちくしょう!>フランクは、裁判官のその冷酷な判決がくだされた瞬間、心の中で絶叫していた。この判決が出ることは、この裁判が始まった時からわかっていたことだった。しかし、彼自身は、この裁判が始まってから、自分に罪があることを決して認めず、過去の自分に対する後悔ばかりが心を支配していた。


あの演説会で、あの男とさえ出会わなければ。あの演説を聞き、1ミリでも疑いの心さえあれば。ああ、自分は、あの演説を聞いた瞬間から、自分の100%を彼に委ねてしまったのだ。その結果が、この屈辱的な敗戦と、第三帝国の崩壊だ!


その男の名は、アドルフ・ヒトラーといった。


あのとき、フランクは、第一次世界大戦後の荒廃したドイツで、補助労働者として働いていた。明日のことなど何一つ見えず、ただただ都市をさまよい歩いていただけだった。

ボロボロの服を着て、いつも腹をすかせ、今日のパンのことだけを考えていたフランクの横を、ユダヤ人の太った男が通り過ぎてゆく。

ここはドイツで、自分は正統なアーリア民族なのに、どうして奴らにこき使われ、支配されねばならないのか。

友人の補助労働者は、みんな共産党に熱狂していた。愚かな奴ら、民族の裏切り者。マルクシズムは、まるで見えない所で着実に巣食うシロアリのように、この国を蝕んでゆくというのに。

その時の彼の心は、いつも荒んでいた。世の中のすべての思想、政治、芸術に対して、必ず疑いの目を持ってかかっていた。あのとき、自分を救ってくれていたのはただ唯一賃金であり、パンであった。思想や政治や芸術によって救われたことなど、ただの一度としてなかった。


そうしていつものようにフランクが路地を歩いていると、ひげを生やした男がビラ配りをしている。通りすがりに受け取ると、ドイツ労働者党という政党の、演説会の告知だった。


なぜ、あの時あのビラに心をひかれ、演説会に行ってしまったのか、フランクは未だにわからない。あの時あの演説会にゆかず、アドルフ・ヒトラーに出会ってさえいなければ、自分がここでいま絞首刑の判決を受けることもなかったろう。


しかし、事実、彼は出会ってしまったのだ。アドルフ・ヒトラーに。

そしてヒトラーに熱狂し、ともに闘争する日々を送った。ともにドイツ労働者党を切り盛りし、ミュンヘン一揆にも参加した。ヒトラーが投獄されている間も、いつ彼が帰ってきてもいいように、準備していた。

ヒトラーの出獄後、「我が闘争」を片手に、ドイツ労働者党改め国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)から立候補し、国政へ転身した。そしてナチス党が政権を獲得し、ピンデンブルク大統領の死後、ヒトラーが総統に就任したのを見て、ああ、あの屈辱的な敗戦から、やっと我がドイツが立ち直る時が来たのだ、オーストラリアを併合し、私達が母国大ドイツへ還ることができる時が今来たのだと思った。


彼はヒトラーを信じ続けた。ユダヤ人は必ずこの国から追放せしめねばならないと信じた。ユダヤ人をこの世から抹殺する書類にも、ナチス副総統として署名した。

やがて戦局が悪化し、ヒトラーの生え際が後退し、皮膚がだらしなく垂れ下がり、愛人エヴァの助けを借りねば、自力で歩くこともできなくなったのを見た時、フランクの心のヒトラーに対する盲信が、手のひらですくった砂が溢れるように、消え失せていった。


そして今日のこの日まで、後悔の連続だった。どうして自分は、ヒトラーに出会ってしまったのか…

絞首刑の台に上がるその瞬間まで、彼は懺悔し、過去の自分について呪い続けていた。


そして自分の首に縄がかけられた瞬間、彼は猛烈な光に目が眩むのを感じ、そのまま意識は遠のいた―


次に目覚めたとき彼は、自分の置かれた状況を把握できなかった。

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