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ハチミツ少女と真昼の蝙蝠  作者: 霧島まるは
おまけ

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9/12

コウモリ大佐と暗闇の妻蜂(2)

 スキップしながら近道をして家に帰りついたライマーは、一瞬にして浮かれ気分をかなぐり捨てた。


 家の鍵を開けて、中に向かって上機嫌で「ただいまー」を言った直後のことだった。


 中からは何の返事もなく、それ以前に人の気配がしない。


 次の瞬間、ライマーはだっと駆け出して食堂へと首を突っ込んだ。いい匂いがする。食卓の上にはパンが既に出されていて、夕食の準備をしていた気配があった。次に台所へと駆け込み、かまどを見る。


 鍋にスープは出来ていたが、かまどの火はきれいに消されていた。


「ノル!」


 声をかけながら、他の部屋を、二階を見る。しかし、姿はない。


 ここでまず、具合が悪くなって倒れたという仮説はライマーの中から完全に消えた。かまどの火が消えているということは、かまどを長時間離れる必要が出来たのだろう。


 おそらく外に出たのだと、ライマーは判断した。次にそれは「何故か」ということになる。何か買い忘れたものがあって急いで買いに出たのが一番マシな回答。しかし、もはや食料品店などは店を閉めている時間だ。


 それ以外に、何か起きた可能性がある。


 家に帰り着いて、再び家から飛び出すまでわずか三分の間に、ライマーはその思考をフル回転させていた。


 彼女の行きそうなところと言えば、買い物、神殿、上官の奥さんであり数少ない知人のワルター夫人のところ。


 思い当たることは多くはない。しかし、どれも「いまこの時間に」突然行くところではなかった。ノルディは、無謀なことはしないとライマーは思っている。夜に出歩く性格でも決してない。


 きっと、何か困ったことが起きたのだ。情報が足りなくとも、ライマーはそれだけは分かった。


「ジークリットさぁん!」


 大通りに出たライマーは、突然上に向いて大声をあげた。


「何だい、大声で名前を呼ぶんじゃないよ、恥ずかしい」


 すると老婆の声で返事は返って来る。建物の二階の窓からだ。


 隠居した老人の趣味のひとつは、安楽椅子に腰掛けてを窓の外を見ること。ライマーたち軍人が「安楽椅子協会」とひっそりと呼んでいる彼らは、治安維持のために聞き込み調査をする時の大事な情報網のひとつでもあった。


 ぼんやり見るだけの人もあれば、「誰と誰はデキているに違いない」とまで言い当てる詮索好きのツワモノまでいる。この家の二階に住む老婆は、どちらかというとツワモノ寄りの人だ。


「うちの妻を見ませんでしたか? 家にいないんですが!」


「ああ、見たよ見た。その前に、誰か若い男が訪ねてきたようだね。若い男は南に走って行ったし、お前のお嫁さんは、北に走って行ったよ」


 南北に走る大通りを長年見つめてきた老婆は、「何があったんだい?」と聞きたくてしょうがないうずうずとした声で、それでもありがたい情報を教えてくれる。足りなかった部品が、ガチリとライマーの中にはめこまれる。


「若い男って……黒髪でした?」


「黒髪のようだったね。暗くなりかけていたから、こげ茶が黒く見えたのかもしれないよ、はっきりは分からないね」


 この時点で、おそらくライマーは自分の実家が関係しているだろうことに気づく。黒髪の若い男とは、おそらく彼の弟だろう。実家で何かあり、それがノルディに伝えられた。ノルディはそれをライマーに伝えるために、北にある基地へ向かったのではないか。


「ありがとう、ジークリットさん! 後でお礼をします!」


「そんなことより、何があったかを聞かせとくれよ」


「ただのすれ違いですよ!」


 ライマーは老婆にそう返しながら、近道をした己を呪っていた。早く帰りたかったとは言え、裏道を通ったのがまずかった、と。


 いまごろ、ノルディはライマーが帰宅済みだと分かり、家へ戻ってこようとしているのだろう。


 ここで、ライマーには二つの選択肢が出来た。家でノルディが帰ってくるのを待つこと。これが一番、すれ違いをせずに済む安全な方法だろう。


 もうひとつは基地に向かって歩き出し、途中で妻を捕まえること。この場合は、もう一回すれ違う危険性はあった。


 しかし、ライマーは迷わず後者を取った。出来るだけ早く彼女に会って自分が安心したかったし、彼女の不安な思いも拭いたかった。実家で何があったかは知らないが、あのどうしようもない父親に何かあったこと以外なら、一大事だと彼も思っていた。きっとノルディは、不安でいっぱいだろうと確信している。


 すれ違う危険性については──ライマーが見逃さなければ済むことだった。ノルディは必ず大通りを戻ってくるという確信がある。それならば自分が行く歩道と、向かい側の歩道を行き交う人の中から、彼女を見つけ出せば済むことだ。


 辺りは暗くなってきてはいるが、そんなことは彼にとってはあまり意味がない。子供の頃から鍛えられた夜目は、色こそ正しく教えてくれないものの、その形はちゃんと彼に見せてくれる。


 そして、ライマーは。


 ノルディの形を、誰よりも覚えているつもりだった。


 彼は、北に向かって足早に歩き出した。仕事が終わって帰る人々、これから夜の街に繰り出す人々と入り乱れる歩道の一番車道側を歩きながら、ただひたすらに視線を巡らせた。


 ライマーは背が高くなく、ノルディもまたそうだった。背の高い人の陰に隠されてしまう多くの視界を忌々しく思いながらも、彼は必死に妻を探しながら歩いた。


 そして、ついにその瞬間が訪れた。


「ニーナちゃん!」


 見つけたのは、妻の姿ではなく──妻の声だった。


 ざわざわと交じり合う人のものとは明らかに違う悲鳴に似た声は、まだまだずっと先から聞こえてきた。人が邪魔で姿はまったく見えない。


 しかし、その声は間違いなくノルディのものだった。そして彼女は、「ニーナ」と叫んだ。


 妹絡みで何かあったのだと、彼の脳内で線が繋がった瞬間、人ごみをすり抜けるようにライマーは駆け出していた。



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