ミチタカさんととある秋の注文
犬居のすけさんの『石釜』(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1462230)に触発されて書いた小話です。
「総支配人! いますか!? ……ミチタカさーん!」
「んあ?」
ここはギルド〈海洋機構〉の総本部、総支配人の個室。日課のデスクワークの時間、自分の机で退屈そうに書類に目を通していたミチタカは、せわしなく自分を呼ぶ声に目を上げた。
見ると、設備部門の責任者と料理部門の責任者が連れ立って部屋に入ってくるところだった。
(こりゃ珍しい組合せだな……)
ミチタカは訝しんだ。
同じギルドにありながら、設備部門と料理部門は扱う素材も生産品も全くジャンルが異なるため、普段ほとんど接点はない。別に仲が悪いわけではないが、この二人が連れ立って来るのは稀である。
「どうした。なんかあったのか?」
ミチタカが問うと、二人は口を揃えて言った。
「大口の注文と、それに伴う相談が一件」
「大口の注文? 俺まで話を通さなきゃならんような?」
〈海洋機構〉は日々大小様々な注文を託っているが、その大半は部門の責任者レベルに決裁権を持たせているため、ミチタカが決めるような案件はそう多くない。全ての注文に対していちいちミチタカの意見を伺っていては、〈海洋機構〉のような巨大ギルドは回らないのだ。彼の元にまで話が来るとなると、よほどの新発見を伴う報告か、たとえば〈D.D.D〉のように相手も巨大なギルドで、取引も大規模にならざるを得ない場合と相場が決まっていた。
もっとも、酒に関する報告は例外で、これだけは委細漏らさず全て自分に伝えるように言いつけてある。それくらいの役得は許されるだろう。
さて、今回は大口の注文と来た。となると一番に考えられるのは〈D.D.D〉のケースだ。
「クラスティ辺りが無理言ってきたのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「実は、シロエさんのギルドからの注文でして。これは総支配人の耳に入れておかなければと」
「そういう意味の『大口』かよ」
ミチタカは笑った。
シロエのギルド〈記録の地平線〉は現在わずか八人の零細ギルドだ。先の例を引き合いに出せば、口が裂けても「大口」とは呼べない客である。
だが、シロエは〈円卓会議〉を設立しアキバに治安をもたらした立役者にして、非常に頭の回る切れ者である。彼のギルドからは幾つかの注文を託ったことがあるが、いずれも先進的・独創的なものばかりだった。零細ギルドで補助もなく〈円卓会議〉の激務に忙殺されているのはわかるから口に出せないが、本音を言えば〈海洋機構〉にアドバイザーとして招きたいくらいの気持ちでいる。
その彼からの注文であれば、確かにミチタカに話を通しておく必要はあるだろう。
「それで? あそこの注文ならよっぽど変なものじゃないのか」
「いや、設備自体はそこまで特殊なものではありません。石釜です」
「石釜、ねえ」
ミチタカは腕を組む。
確かあそこには腕利きの料理人がいたはずだ。〈茶会〉のにゃん太といえば、ミチタカのような古参の間では有名人である。「味のする料理」も彼が発見したと、〈円卓会議〉設立会議の時にシロエが言っていた。
彼の注文であれば、さぞ面白いことが起こるに違いない。
「何かまた新しいこと企んでやがるな」
「総支配人はなんでそんなに色眼鏡で見るんですか。気持ちはわかりますけれど……。
今回は、ピザを作りたいそうですよ」
「なんだ、ピザかよ」
ピザなら材料がありふれているし、作り方もそこまで手が込んでいないことから、〈革命〉以降、頻繁に作られている料理のひとつだ。生地を用意し、具とソースを載せて焼くだけの単純な料理だから、必要な調理スキルも決して高くはない。
「まあ、確かに本格的にやるなら石釜は必要だわな。
いいぞ、立派な奴を作ってやれ。それが相談ってやつか?」
ミチタカが尋ねると、設備部門の責任者は首を振った。
「いえ、実はそれはきっかけでしかなくてですね……」
「例えばさっき、支配人はなんだピザかと仰いましたよね」
突然、料理部門の責任者が強い口調で言葉を引き継いだ。ミチタカは思わず目を丸くした。
「たかがピザ、されどピザ。馬鹿にしたもんではないですよ」
責任者の確固たる口調に、ミチタカは少し気圧される。
「例えば今までは、季節柄、夏野菜中心のものが作られていました。
しかし……しかしですよ。これから季節は食欲と豊穣の秋。これまで得られなかった食材が大量に手に入り始めます。
わかりやすいところならサツマイモに南瓜、しいたけや榎等、茸類も今から本番です。魚は秋刀魚や鰯が獲れ始めます」
「おいおい、そういう話は……」
「総支配人はご存知ないのですか?
薄くスライスした南瓜をトッピングして焼き上げたピザのほのかな甘みを」
腹が減るからやめてくれ、と言おうとしたミチタカの言葉を責任者が遮る。心なしか目が燃えている。それなりに長い付き合いのミチタカは、彼のスイッチが入ってしまったことを悟った。
「トマトの酸味と南瓜の甘みがとろけ合い、チーズのコクが下地を支えるんです。薄く焼き目のついた南瓜が口の中でほくほくと熱気を上げ、
それに、そろそろ秋刀魚や鰯の季節になります。アンチョビですよ。そうですピザの定番です。
薄くスライスした玉ねぎを散らして、バジルソースをとろりとかけるんです。そして追いオリーブ。魚の脂がたっぷり乗った一切れをカットして、口いっぱいに頬張る。どうです、たまらないでしょう? あれ、ワインにも良く合うんですよぉ……?」
ミチタカは想像した。口の中に溢れる秋の味覚を。
そこに酒まで引き合いに出されては、たまったものではなかった。
「わかったわかった、降参だ!」
ミチタカは大げさにホールドアップした。
「これ以上は我慢できなくなるからやめてくれ! 舐めてて悪かった!」
「と、そういう話をうちの料理人たちも発注元から聞いちゃいましてね」
料理部門の責任者は悪戯っぽく首をすくめた。
「こりゃ我慢できんと。俺達も作りたいと」
「つきましては総支配人、各ギルドキャッスルに石釜を追加で設置したいので、その許可をいただきに参りました」
「ずるいな、お前らは」
ミチタカは得心した。だからこのコンビなのか。
「そんな話聞かされて断れるわけないだろうが! その代わり俺にも食わせろよ」
「ふふふ、了解しました」
「そうそう、総支配人。発注元によると、実は他にもいろいろ考えている石釜レシピはあるようです」
「まだあまり詳しい話は聞いていないのですけどね。
石釜を完成させた後、アフターケアのためと称して調理の様子を見学する許可はすでに取り付けてあります」
「よし、代金は思いっきりまけてやれ!」
ミチタカはほとんど叫ぶように言った。
「その代わり、あの凄腕の料理人のレシピはしっかり盗んでこいよ!」
「お任せください。ただの模倣に留まらず改良を重ねて、総支配人にも最高の一品を約束しましょう」
料理部門の責任者は職人の目でにやりと笑った。
そして――その秋、〈海洋機構〉を火付け役として、アキバの街にちょっとしたピザブームが起きるのだが、それはまだもう少し後の話である。