9話
数万の観衆を擁す会場の熱気は、ついにピークへと達しようとしていた。広大なアリ地獄を模す観客席に集うのは、けれど人間たちだけではない。耳の尖った長身のエルフ、薄く透ったエメラルド翅をもつフェアリー。小さなドアーフにこんがり焼け顔のサラマンテス。皆が皆ファンタジーの世界よろしく中世な服装に身を包んでいる。だが中にはデカ耳をたらす奇抜な着ぐるみや、ぐるると吼える竜、マスクを装着したちっこいゴブリンなんかも見受けられ、顔ぶれは多種多様、個性的な生物たちの織りなす幻想世界が呈されている。
そんな彼らの視線の先、広がる楕円形の舞台には両端に選手の登場口が設けられている。その一方から、ゆっくりと姿をみせる黒影のシルエット。斜めに射した光に、姿の一部がさらけ出される。
黒鉛の鎧、節々に引かれる蛍光オレンジのライン。
仮想における「最強」の名をわがモノとするキングオブプレイヤーがいま、最後の雌雄を決するべく至極の戦場に舞い降りたつ。その如何ともし難いオーラの発生源に、場内は歓声をもって迎えいれた。
セレイエ! セレイエ! セレイエ! セレイエ――……!
肌を焼くような熱き視線たちに応えるがため、渦中の騎士は両手を高らかに掲げた。それだけで客席の黄色い声援がボルテージを上昇させ「きゃー」と声があがる。それに片手で応えると、次いで騎士は背をまるめた。ノドの奥底からエネルギーの奔流をぐぐぐと滾らせてゆき「よっしゃ行くぜ!」とばかりに気合をこめて、最後はソレを盛大にブッ吐き出した。
「ひゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」
すると喝采も一際ボリュームを高め、会場全体が湧き上がる。
調子にノッてきた史上最強の黒騎士《セレイエ》は、己がクリティカルアーマメントを背からぬき出だし、華麗にぶんぶん振りまわすと付加スキルを作動させた。一見は両サイドにハネを広げた巨大な斧。されどその中央先端部から生え出すは美しき諸刃の剣。しかしてしなやかに伸びた柄はまさに槍のごとし。豪風起こすその武器こそ、彼の真骨頂といわれる「アックスソードランス」である。それが高熱を帯びた鉄ひとしく真赤に輝きだすと、今度は「これを見よ!」とばかり天へめがけて一直線にぶん投げとばす。直後、轟音とともに手許から放たれる一筋のイカヅチ。
――ジャッ、キイイイイイイイイイイン!
響きわたるシステムの超効果音は空間を絶する爆風を起こし、会場全体をもぐらぐらと揺さぶった。雲間をぶちぬく激烈の一撃が地から天へ、刹那に閃いたのだ。お空にくっきりとした円状の穴が丸々とひろがり、そのあまりにも突然の出来事に、一瞬何かの異能に時間をせき止められたかのような静まりが支配する。
未だ赤色光のオーラを余す背をまっすぐにのばし、スーハスーハとちょっとだけ深呼吸を挟んだ。呼吸を整えてから、歯ぐきを全開にしてニッコリと笑ってみせる。おやゆびを突っ立て、最後は静寂を破るべく一言をそえるだけでいい。
「……さーびすは、この辺で満足か。お前ら」
再び「わああ!」っと湧き上がる数万人の大歓声。
仮想世界の頂点に座するその名は、確かに絶大な力を誇っていた。
ここはVRWMMORPG「クリティカルアーマメント」の仮想世界。
与えられるストーリィに沿って各ダンジョンを踏破するだけのよくあるファンタジーゲームである。担当したシナリオライターが月並みの布陣だか、アマチュア上がりのヘボだったかで、物語周辺の評価は当初あまり高くなかった。けれど世界九十カ国以上、登録者数延べ3億人を超すVRWゲーム史上最高熱を帯びたこのゲームは、幾度となく世府の規制対象に陥りながらも、なおもって絶大な人気を博している。
彼らを魅了する誘引の一端は、五感を直流して得られる美麗のグラフィックスにある。
天を占める雄大な浮遊島群、肌を掠めてふき抜けてゆく風のささやき、あらゆる大地を色彩豊かな草花たちが、送粉を交わしながら一斉に躍りだす。胸を通りぬけてゆくような香しさ輝きに、初めて訪れる者たちは皆、一様に同じことをつぶやいたという。
曰く、もう現実には戻りたくない、と――。
実際に『二度と還らない者』も少なくなかった。
VRWの導入初期に起きた悲劇《プレイヤー幽閉事件》も含め、固い見解をもつ有識者にはさぞ危険な遊びに思えただろう。
だからこそ世の厳しい目に晒されてはその度に、厳しい規制を強いられてきたのだ。Nova――ノヴァによる全サーバの監視体制から年齢や時間の制限、リアルマネーのゲーム内換金の限度額精査もその一部だ。だが、それでもなお堪能のし尽くせぬ魅惑の深遠を見せてくれたゲームに、多くのプレイヤーたちは愛着をもって遊び支えてきた。その甲斐あってか今ではVRWという技術そのものは新鋭なる産業領域の担い手として、むしろ大いに期待を集めている。
クリティカルアーマメント初号サーバの稼動開始からは、すでに十年。
三周年の折に記念イベントとして始まった《クリティカル・マスターズ》は今、第七回目となる決勝の大幕がゲーム内ワールドマップほぼ中央に位置する華やかな商業都市の、歴代由々しき大闘技場にて切られようとしている。