50話
★★★
淡いグリーン、ピンク、チョコレート。彩られた三段重ねのアイスクリームを頂点からぺろりして、頬にチョコミントをくっつけたリサは初めて付きあい始めた彼氏と一緒にゲーセンのモニターを眺めた。仮想世界「クリティカル・アーマメント」のリアルタイムが上映されるそこには、相対する強大なモンスター(三つ目の巨人)と少女(ウサギ耳の人間)が激しい攻防戦を繰り広げている。
ちょうど巨大なアギトを開くモンスターが、真下から受けた「アッパー」にアゴをぶっ閉じられるところだった。大怪人に比較してやたら小柄なうさ耳キャラクターが、過ぎった勝利の予感にガッツポーズを取ると、一連の衝撃的シーンに歓声が沸く。
巷で持ちきりの話題である「VRMMORPG」を、先駆的に体験できるキャンペーンを絶賛開催中のアミューズメントパーク館内では、ろくに歩くスペースがないほど人が盛っていた。
手を引く彼がせっせと急くのをよそに、リサは重なりあう手のひらを「ふむふむ、こんなものなのか」と楽しんでいた。皮膚を媒体にして向こう側から急く気持ちがビンビン伝わってくる。おお、これがカップルの疎通なのか、と。
やっとこさ二つ目のアイスが口腔で溶けきると、待ちきれないのか彼はハチキレんばかりの心を吐露した。
「ああああもうリサ! はやく食べてよ呑みこんでよ! こんな直前にジラされるなんて、これじゃまるで拷問だよ!」
「もおー、そんな焦んなくたってチケットは限定なんでしょう? どの道やれるなら、後でも先でも変わらないじゃない。むしろ待ちに待った方がひときわ楽しいわ、きっと快感も一塩よ」
うんうん、と持論に自賛してアイスをぺろりする。
ちらっと見ればモニターの中には、振りかぶられた獰猛な「カギヅメ」の逆襲を、ウサ耳キャラがひょいと避けているところだった。バトルが主体であるとは聞いていたが、想像していたよりも野蛮そうなゲームだと感想する。心配になる気持ちは、けれど彼との思わぬハプニング or シチュとなる期待とも表裏一体。当然わくわくだってしている。これから伝説と出会うことになるとは露とも知らずに、リサは残る最期のアイス(チョコ味)に、うれしそうに唇を濡らした。
★★★
仮想世界における世界大会「クリティカル・マスターズ」がフィナーレを迎えるのは、巨大なスタジアムだ。楕円の外枠に立つ壁から、それはまた巨大な樹木が伸び、会場を天蓋のごとく塞いでいる。その全天から隈なく垂れ落ちるのが極太なツタ群とびっしりと生えた葉だ。スタンドにはしとどに胞子や淡いグリーンリーフが降り注ぎ、こぼれる陽が斜光のカーテンをつくっている。それはどこか神聖で、まるでこれから始まるだろう激闘を「嵐の前の静けさ」的に演出している。
スタンドに集うのは数万の大観衆。その外見は実に様々で、多様な人外が顔をそろえている。ドワーフやエルフはお決まりのもので、ドラゴンにゴブリン、一つ目のモンスターや人乗り用の鳥まで混じっている。皆が皆、本当はつまらない現実に生きる、紛れもなく人間だ。けれど、誰が構築したかこの仮想上の世界で、本物の住人かのように違和なくヒト以外の種族を全うしている。その様相はまさに幻想世界そのものだ。
「これが最後の戦いなんだ。勝者が王に、仮想世界の最強になるんだよ」
ゲーム内に降り立った彼氏は、会場入りしてからここまで興奮しっぱなしだった。対してリサが感動していたのは景観でもアヴァターでもなく、仮想上で販売される「ポップコーン」だった。想像をはるかに超えてマジっぽいのだ。ゲーム内マネーを持ち合わせていなかったため、じーっと見ることしかできなかったが、あまりの熱視線に店員が一口だけ味見させてくれた。ちょろっと口に入れると、これが仰天やばい。あまりに『普通の食感』だったので、口腔内を手で何度も触れてみたりした。後でそれが行儀的にマズいことに気付いて自制したが、改めて仮想世界のクオリティを、クラスメイト「くるみ」の言っていたように甘く見ていたと気付かされた。
「このパンフレットに載っている人たちがそうなの? オカマキャラって……、これって実際装ってるのか、それとも本気なのか解らないね。こっちの銀髪の人は、なんだか目が死んでるみたいだけど大丈夫? 調子悪いんじゃない?」
「その銀髪の人が『白銀のレイ』だよ。ほら僕が前言ってた注目のプレイヤーってやつ。ちなみにその目は調子悪いんじゃなくて、いつもそうだから」
「へえ、そうなの」
死んだ目をしたレイという人。まるで我が家の「あの人」みたいだ、とは思ったものの口に出しては絶対言えなかった。彼氏の前で身内の恥などさらしたくはない、当前のことだ。