5話
自らの意思で「爆発」を起こしたわけではない。特別意図のある行動をとったつもりも、システムにあるかどうか呪文を唱えた記憶もない。ソレらしい声を出してすらないのだ。
強いて言えば型通りに決めた「回し蹴り」――、それだけだ。
フツルの動作を拾い上げ、合わせてシステムがエフェクトを発動させた、そう考えるのが今は一番しっくりくる。仮想へ赴いてからこっち、こうやって不可解なことばかり積まれ続けており、元来納得ゆくまで突き詰めようとするフツルには知りたい欲に駆られて堪らなくなってくる。状況的には後回しだが、解答は現実に戻ったらユイミにきっちりと伺いたいところだ。もう、ねっちりと。
仮想の妙に苛立っていると、相当体を打ちつけたのか、ぐったりとしていた少女が顔を上げた。歪んだ表情をこちらに、すぐさまキッと睨みつけて、低い姿勢のまま弾丸速で走り始める。口から垂れ流しにされる血が非常に気にかかったりするのだが、狂気漂わす少女の動きに体が反射的に応じていた。
柄を握りしめて振り回すだけで、手の内が焼けるように痛むのだ。同じ条件感覚で、この一メートル強はあろうかという剣の刃を一撃でもクリティカルに食らったら、その時点で戦闘どころではなくなる。
ゆえに目下最大の肝心事は彼女が手もとから放している「武器」の拾得に限られてくる。フツルからすればその阻止が絶対最優先事項だ。
少女キャラの剣が置かれたパージポイントまでは、フツルのほうがより近い。
だから余裕で有利かと思えば、仮想の現実ではそうとはいかなかった。走り始めるとやはり速度は彼女のほうが断然と上手なのだ。残像が伸びるほどの動きで、少女キャラクターは腰まで届かんばかりの長髪をほぼ一文字に流れさせる。負けじとフツルも全力で駆けるが、経験値の差はRPG系ではやはり大きなハンデなのだ。情報の足りなさも含めて、今はフツルのほうに不利な点がよくよく目立つ。
といって「はいそうですか参りました」と安に手を引いてしまうほど、フツルの負けず嫌いは大人しくない。ここで退けば命に次いで大事となる沽券に、泥を塗りつけてしまうようなものではないか。ましてや相手は自分をイキナリ襲ってきたアンチマナーガール(不良女)。譲るには少し悪ふざけに過ぎた。ここは完膚なきまでに勝利を見せつけ、しかるべき処置として正々堂々なるものの意義を彼女にみっちりと教えてやらなければなるまい。でなければ気が済まない。
敗北なる二字をぶっ潰すべく、渾身の前傾姿勢でもって駆けだす。颯爽たる勢いに気持ちも自然とノッてきて、これもシステムがフツルの何かを拾って起こしたエフェクトなのか、「黄色光」が全身を包みはじめた。
「――うっぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
現実の肉体から放たれる電子信号が、ルッカーを通してバチバチと迸る。回線を流れる肢体への司令は虚構なるゲームの世界にめり込んで、仮想現実の肉体運動へと顕現してゆく。
これが本当に仮想なのか、それとも網膜に焼き付けられた現実の映像なのか。ゲームの一環だとは思わせない真剣なる意気を帯び、互いに余すことのない全力をふり搾った。耳朶を打ちつける風圧に、フツルは一瞬、ここが仮想であることさえついと忘れた。
みるみる内に二人の距離が縮まり、ほぼ同時的に剣のパージポイントへたどり着く。着差はわずかに彼女が先で、柄を握ったその表情が、一瞬だけ緩んだような気がした。そのまま間髪入れずに構えを取ろうとする。だが、動きを完全に読みきっていたフツルは体勢をすでに移し変えていた。助力からくる慣性にブレーキをかけることなく、流れ込むように渾身のスライディングキックを放つ。不意を突かれた少女に対応の余地はなく、
「――――――うっ!」
直撃を受け、半ばひっくり返るように身を崩した。
再び爆発エフェクトでも起きたらどうしよう、という心配は杞憂のようだった。アタッカーであるフツル自身も勢いを制御しきれず、少女と縺れ合うようにしてごろごろと転がる。やがて地面に身を幾度も打ちつけて、ようやっと慣性が緩んだころには、フツルの平衡感覚は完全に失われていた。後頭部に強打があれば意識も危うかったかもしれない。黒目の位置はあちこちに、グルグルと世界が回る。
そう。だからこそ、その体位が恣意的なものではなかったのだと主張したかった。心から謝罪したいとも思った。覆いかぶさるようにして体を重ね合い、手の内には収まりきることのない豊満なボリュームの肉。その得たいの知れない塊は、心地良いむんにゃりとした優しい弾力で手のひらを押し返してくれて……。
いかに不可抗力な展開だったとはいえ、ソレを揉みしだくという結果にさすがの彼女も血の気を消失、やがて逆流した血で真赤になった。ふるふる震える透明感のある薄ピンクの唇がゆっくりと開いてゆき、
「きゃああああああああ――――――――――!」
「ち、ちがうんだこれはわざとじゃなくてぐごがあっ!」
バチコン! と肘打ちでアゴを貫かれて脳天が激震する。一時視界がふき飛ばされ、目も覚めるような激痛にフツルはその辺をジタバタのた打ち回った。
そのスキに鋭気を取り戻した少女が四つん這いからそそくさと距離を取ろうとする。が、すぐに青ざめて動きを止めた。
「っ!」
刀身はまっすぐに、剣先を顔前に固定してようやっと彼女を制止させる。
「いい加減にしてくれ。君の負けだ」