43話
――白銀のリーザ。
彼女は兄と同じ特殊な属性魔法「銀幕」を司る希有なキャラクターを持っている。流れるような長髪を白銀一色に輝かせ、澄んだ唇は、高いレベルまで昇華した高速再生の技術によって呪文を一瞬に終わらせることができた。仮想の世界大会クリティカルマスターズでは決勝に残るほどの実力を誇っていたが、試合の当日、姿を見せることもせず棄権している。
その後のログインは確認されていない。
リョージの出したウィンドウに、少女の顔が映りだした。その儚げな表情を見て、フツルは何かとても引っかかるものを感じた。どこかで見知ったような、けれどピンともこない何だかもどかしい感覚。必死にとっかかりを探そうと頭をフル回転させてみるがわからない。一向に見えない思考を続けていると、リョージが補足した。
「仮想が生んだ次世代の人類――、彼女みたいに、高速再生を自由自在に司る天然のプレイヤーがニュータイプって呼ばれてる」
「それって、やっぱ強いんだよな?」
「魔法の連射技術なんて、反則って揶揄されても仕方ないよ。ばかげてるほど強い」
と、言われてもいまいちピンとこない。そうなのだろうか。フツルは魔法使いがばんばん火の玉をぶっ放す映像を思い浮かべたが、とくに印象はふつうのファンタジーゲームのそれだ。
「でも、だってエネルギーが必要なんじゃないのか? ベルジュとガラピオが言ってたぞ、MPの量が少なかったら魔法は使えないんだって」
「確かに、魔法を使用するにはゲージが要るよ。でもリーザの扱う『銀幕』って魔法はMPではなく体力ゲージのHPを使うんだ。自らの命を削り取ることで負うリスクと引き替えに、発現する魔法の威力は半端なものじゃない。しかも、彼女は元来HPを回復できるヒーラーなんだ」
「ヒーラー?」
こくりと、リョージはうなずいた。
「回復専門の職業ってこと。つまり、鍛冶職人が剣士を兼業しているって感じかな。ともすればもっとヒドい。三権を掌握する支配者さ」
「ヒドいな」
「ヒドいよ。リーザの兄レイがはじめて表舞台で用いた高速再生は、あ、いや、ほぼ多重再生だったと思うけど、間合い詰めを一瞬、詠唱を一瞬、相手の放った超大ダメの反撃にただヒーリングをするだけで受けきり、笑って、次の瞬間にはまたゼロ距離に移りつつ魔法の連撃が始まる。攻防戦、というよりも攻々一方のむごいリンチみたいだった」
「なるほど」
負けたほうが「ズルい!」と怒るのも無理はない。もしそこで負けたのがフツルだったら、相手を現実に引きずり出してでも殴りたいと思っただろう。さぞかし多くの反感を買ったに違いない。
「んで、結局どっちが強いんだ? ハンかリーザか、どっちに賭けたらいい」
「わかんないんだボクだって調べただけじゃあ。フツルも考えてよ」
「ああ、そうだな。うーん。……まてよ、この構図。結局はさ、人工的な力と天性の力のぶつかり合いなんだろう? だったらそういうのは相場が決まってるよ、アムロとシャアさ」
「ふるいよ。考え方がふるい。もうほんと頼りにならないなあ」
「お互い様だろ」
ははは、とひとしきり笑い合ったあと、リョージがウィンドウに短文を刻んで指先ではじいた。シュン、と消えたデータが、腕を組んで待っていたエイリアンことソラン・リモンスキーの元へ飛んだ。
カード状のそれを長い指先でつまむと、ソランは特に表情を変えることなく応えた。
「これが、お前たちの予想した勝者か」
「うん。ボクは、フツルを信じる」
と聞いて、しばらく呑み込めなかったフツルは、気付いてびっくりした。
「え!? ちょ、ちょちょちょっと待てよ、なにしてんだ!?」
「大丈夫さ。相場が決まってるんだ」
「いやいやいや決まんないでしょそんなの、決まるわけないって」
「じゃあ、いつ決めるの?」
「今でしょ! じゃねーよ!」
自分で冗談を言っておいて何だが、リョージの即決に、これまで多くのデータを参照してきた時間はなんだったんだ? って話になる。