表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MMORPG「∞・クリティカルアーマメント」  作者: 立花豊実
‐Ⅶ‐ ロストメンタル
41/55

41話

 ソランは長い腕を左右へ開くと、直後ばちいん! と打ち合わせた。するとそこに生まれた衝撃波がまるで空間を歪めるように広がり、背景の形、色合いをデタラメに染めた。波及してゆくその波が、幾何学的な文様を刻みながら世界の様相を変えてゆく。

「せっかくだ。それらしい雰囲気のステージに移ろうじゃないか。どこがいい? 森か火山か氷上か? それともオーソドックスに闘技場とするのがいいかな」

 口々にでる場所の名と同期して背景がその通りに変わってゆく。やがてトーンが落ちて完全な暗闇へと暗転した。

 しばしの沈黙の後に、リョージはそれじゃあ、と応えた。

「広い会場を希望するよ。できる限り公平を期したいんだ」

 何か策でも講じているのか、リョージの目からは強い意志が感じられた。それに対してなんら感情を見せようとしないソランは指をならして応えた。再び世界がぐんにゃりと歪み、それが修復されるとステージが切り替わった。

 全身を吹き抜けてゆく風を、フツルは感じた。

 霧めいた大きな白煙がゆっくりずれてゆくとやがて、目前に広がる情景が正体を露わにした。

 今まで見たこともないような規模の、巨大なスタジアムだ。楕円を描いて囲む客席の大きさがあまりに途方なく、反対側の席がまるで「かなた」の場所に思える。中央のフィールドは一面を白い床が占め、円枠には等間隔に灯火が上がっている。

「これほどの情報量を秘めた世界であるにも関わらず、今私たちがいる本当の場所というのはあくまで電子板の一部、仮想だ。ふざけてるとは思わんかね。たとい命を失ったとしても、現実世界の君たちは傷一つ負うことはない、何ら影響はないのだ。どこまでもそっくり現実で、けれど希薄な仮想体験がこの世に広まればいずれ、現実と仮想とに見境をつけられなくなるバカが出てくるだろう。画面上でさえ狂う者がいるのだからな。ロスト・メンタルの持ち運んだ弊害の一つだ」

 暗鬱そうなソランの漏らす言葉も、フツルの耳には入ってこなかった。それほどに雄大で目を奪う情報が詰められていた。巨大スタジアムを俯瞰してしばらく唖然としてしまい、数分を要してやっとフツルは疑問に思った。

「ここは客席じゃないか。移すなら会場の真ん中にすればいいだろ」

 あまりにも広い距離感に、歩いてフィールドまで降りていくのに時間がかかりそうだ。どうせどこでも自由に場所を変えられるのなら今すぐ舞台に移せばいいのだ。

「その必要はない。我々はここでいいのだ。ただここで見ているだけでいい」

「――はあ?」

 ナニをいっているんだこのオッサンは。

 とフツルが更なる疑問を浮かべたその時だ。フィールドの一端から、何やら小さなシルエットが現れた。席上からは距離がありすぎて詳細までは視認できないが、それは明らかに人の形をしていた。銀髪なのか、長くのびた光筋が煌めいている。

「何だよ、あれ。なんだ見ているだけって……それじゃあ勝負になんかならないじゃないか」

「見てるだけで勝負にならないものもあれば、なるものもあるだろう。そもそも私は自らを凄腕と自負する「ハッカー」だ。対してフォックス、君も並大抵のハッカーじゃないだろう。となれば互いに、いつシステムを改変する「反則」をかまさないか知れたものでない。なんら保障はできんのだ」

 リョージがばつの悪そうな顔をするのを、フツルは見逃さなかった。図星だったのかと、改めてデジタルな世界の住人にあきれる。けれど、その一方で納得する節もあった。ハッカー同士が正々堂々と戦う舞台は、既成された技術のぶつけ合いだけではないはずだ。創造性の深いコードの大海で彼らは戦ってきた。ただ用意された場でドンパチするだけなら、いっそ腕相撲一本勝負にでもすれば済む話だ。つまり、公平な戦いなどそもそも無理な話なのだ。

 だが、だとしたらどう「勝負」するというのか。

 フツルが詳細について聞こうと口を開きかけたとき、再びフィールド上にシルエットが現れた。先ほどとは反対側の登場口から、ゆっくりと歩き出てくる一つの黒影。今度は少しばかり体格が大きいように見える。何か不吉なオーラも感じられた。

「もう察しているはずだ。我々は手を出しあわずに互いを反則せぬよう監視していればいい。あとは勝手に別の者たちが決着をつけてくれる。競馬や競艇とまったく同じことだ。どちらが勝つか、賭けをするだけでいいのだからな」

「なっ、賭け? そんなの正々堂々の勝負になるわけないだろう。ただの運任せじゃないか!」

 完璧を貫いて努力してきたフツルには、到底納得のし難いものだった。頑張ってきた分を出しつくし、互いにその力の丈を競い合う。それが正々堂々とした勝負というものではないのか。

「いいや、運こそ最高に公平なものだ。大体、仮想世界におけるバトルなど経験によって差が出過ぎてしまい公平どころではない。それこそ一瞬で終わってしまうだろうよ、私が強すぎるのだからな。むしろ私の配慮に感謝してほしいほどだ」

 一種ドヤ顔のソランは、フィールドへ続く長い階段の一つ目に踏みだした。

「ここからでも見えるだろう。戦うのは闇サーバを一度も負けることなく勝ち抜いてきたプレイヤー、二名だ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ