40話
青白い光のカベに映し出された映像は、宇宙空間に浮かぶ丸い黒石だった。
フツルはその画に見覚えがあった。歴史の授業中、教科書に載っていた写真だ。地球圏に飛来してきた隕石の一部に埋め込まれていた、かつて宇宙のある座標域に存在していたと云われる惑星の文明が遺した記憶媒体だ。なんらかの原因によって滅んだ生命集合体が、その寸前に黒石に「文明」の詳細を記して『外』へ発信した。学校では「ロスト・メンタル」という名で習っている。
黒石の表面には文字的なロジックとは到底解すことのできないデタラメなラインや凹凸、光が情報媒体として遺されていたが、地球の学者は一向にその意味を解読することができなかった。何十年もの間、世界中の賢者から注目され研究されまくっていたにも関わらず、発表される論文はどれもいい加減なものばかり、デマの嵐だったと聞く。
「この石に隠されていた莫大な『技術』を、世界中央政府の創設者であるローゼルは秘匿した。ロスト・メンタルが持ちうる史上ダントツでバカげた技術を、奴らは独り占めし、あまつさえその力で世界を統べようとしたのだ。こんな子供じみたわがままが認められていいはずがあろうか? いいいいいいやない! 言うまでもなかろうが、ヤツらの思惑は通りきってしまい実際現状をみれば世界は統べられてしまっている。ならば必然誰かが抗わなければならないだろう。ああそうだ、我々はやると決めている。死しても抗うだろう」
そこまで言うと、半エイリアンの男はその長い腕をぶんと振り抜き、スクリーンを掻き消した。
「考えてみるといい。我々は歪められた歴史の上を歩いている。もし、あの時、ロスト・メンタルが地球へとやってこなかったならば、今頃君たちはここにいない。生命体が電子体へと乗り移ることを許す『VR』などというバカげた技術そのものが、その恩恵を受けている代物だからだ。我々はこの歪んだ世界を変えるために! この間違った、腐った世界をもとに戻すために戦っているのだ!」
「どっちにしたって狂ってる」
これまで黙っていたリョージが、しわを寄せてつぶやいた。
「世界を変えるために人様の記憶を奪っていいなんてこと、あるわけないじゃないか!」
「主観が変われば世界も変わるものさ。君が今すぐアリの子にでもなれば解る。世界は、世界は、世界はと軽々しく言えるものではないのだ。我々が世府と渡り合うためにどれほどの犠牲を払ってきたか知っているのか? 従うことに慣れ切り、のうのうと生きてきたガキどもに何を言われたところで私の主観は絶対に屈しないさ変わることはない。幾百の愛するものを失い、それでも前へ進むしかない血みどろの戦いに、私は身を投じているのだ」
フツルはリョージの肩に触れた。
「きっと何を言っても無駄だって。テロリストを言葉で諭せるなら特殊部隊なんか要らないだろ」
「……そうだね。『その為』に来たのを忘れてた」
リョージは深呼吸すると、改めてソランを睨んだ。
「ボクはハッカーフォックス。忠告しておきます。今すぐこのサーバを閉鎖し、自首してください。でなければ、実力を行使する」
「なるほど、君たちの目的は闇サーバの停止とその運営者である私を世府に突き出すことか。いいだろう。我々にもようやっと巡ってきたチャンスだ。ここは互いに正々堂々と勝負をしようじゃないか。この仮想空間に相応しい『戦い』だ。決められたHPを、己らが力と技術で削り合い、やがて尽きた者が敗者となり、敵を征したものが勝者だ!」
ぎろり、ソランの両眼が光った。
「言っておこう。我々の目的は君だ、フォックス。君は一度世府サーバへ侵入したことがある。その経験は君の記憶の中にあるだろう、それこそが奴らの秘密へと続く道となる。私が勝った時はそれを頂くとしよう。無論、君がこれまで歩んできた人生の記憶すべてもこっぱみじんに何も残さずぶっ壊させてもらうが、今さら逃げ出したいとも言うまい」
わずかな逡巡を、リョージに代わってフツルが前へ出て応えた。
「リョージは僕が守るさ。勝負事と聞けば完璧主義者は黙っていられないんでね。けど約束しろ。もしあんたが負けたら現実世界で、ちゃんと顔見せて出頭するって」
にい、とソランは笑った。
「もちろんだとも」