表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/55

35話

「どういう意味だよそれ」

 にっこりと、リョージはかすかにニヒルな表情で返してきた。

「旧世代のゲームコンソールには、プレイヤー自身が持つ不確実性なんてまったく加味されていなかったんだ。もちろんシステム上に選択肢のランダムはあったよ。でもね、現実世界を生きる人間の混沌(カオス)と比べれば、そんなものはあまりにもチンケだ。世の中はもっとぐっちゃりしてる。あらゆる要素が偶然に融和し無秩序に絡み合いながら、ボク等の世界は神秘的に推移してゆくんだ。ちょうどパンをくわえて登校をしていたら、女の子にぶつかって恋をするようにさ!」

 ……い、いや。それは極稀すぎるし、なんか意味もわからない。

 積もった灰をすくってばら撒くリョージを、フツルは右眉を下ろしつつ見つめた。

「つまりはだ。ゲームシステムに奇遇な出会いが盛り込まれているって、そういうことなのか?」

 けむった宙を眺めながら、リョージは首を横に振った。際して長髪が綺麗にゆらめく。

「Aボタンを押せばXの効果が期待できる。Bボタンを押せばYのアクションが起こせる。Cボタンを押せばZうんぬんまたしかり。そんな確実性に塗り固められた世界で見せられる出来事なんて、所詮は小さな箱の中に用意された劇にすぎない。つまらないよ。いずれ必ず飽きがくる。でもVRは違うんだ。ボク等がゲームの中で本当に出会うことができるのは、自分自身なんだ」

 哲学的な言い回しになっていることに自分で気付いたのか、リョージは一度コホンと咳払いした。両目を閉じ、改めてゆっくりと開く。

「ボクは今さっき高レベルの魔法を放ったけれど、その前に一度こけちゃったでしょう。あの時ボク、心底ステージに『ムカついた』んだ。口で示すにはちょっと難しいけれど。わかるかな、目には映らない感情が、実際に隆起したんだ。そのときボクの中で変化した何がしかこそが、このクリティカルアーマメントにおける魔法の力なんだよ。スキルなんて関係ない、人間が元から持っているフィーリングこそがすべてなんだ」

「……ち、ちょっと待てよ。そんなことがまかり通ったら……」

 もしリョージの言うことが本当だとしたら、ステータスの数値を絶対のより所として個々人が平等となれるMMOでは、そもそもゲームシステムや運営に無理が生じるのではないか。彼らは求めれば同クオリティが約束されている世界であるが故に、理不尽な現実と隔てて幻想を楽しむことが出来るのだ。他のプレイヤーと協調を図れるのも、心のどこかで互いに同枠のルールを共有する者同士だからこそのはずだ。それを《天性》に関わるセンスなるものが、ゲームの根幹であるはずのプレイヤーの強さを左右してしまうとなると、それはあまりにも、そう……。

「理不尽じゃないか。せっかく積んできたステータスが、目の前で単にキレたってだけの野郎に覆されるなんて、あんまりだ。僕ならそんなゲームに時間をかけるなんてこと、絶対にしないよ」

「誰もがそう思っていたクリティカルアーマメントの草創期、けれどみんなは気付いたんだ。自分たちが求めていた本物の世界、まったく新しい幻想の完璧をさ。……確かに、かつてのゲームコンソールや旧式のVRで形作られてきたようなシステムの確固性はそこになかった。はっきり言えば滅茶苦茶だったよ。でもね、それでいいんだ。ゲーム世界はようやっと拓いたんだよ。現実的な幻想世界、見せられるのは絶対に超えられない各個人の能力限界、痛いほど『本物らしいファンタジー』をさ」

 言い切るリョージの瞳が、現実と見紛うばかりの輝きをもった。斜めに入る光のラインの奥に、アヴァター特有色のネイビーブルーが灯る。

「昔、いたんだ。ゲーム世界に初めて現実の理不尽と混沌を突きつけたパイオニアが――、独特の銀系魔法を好んでいたことから『白銀のレイ』って呼ばれてた。その人が自分の実体が作り出すことのできる感情や脳波を、ゲーム上のスキルとして広く活用しようとしたんだ。けれど不運なことに時世は彼を受けれいれなかった。まだ多重再生やEX唱詠の概念をもっていなかった当時のプレイヤーたちは、イカサマとか反則とかって思ったんだ。異質なものは忌み嫌れ、迫害される。結局、最愛の居場所を失くした彼は自殺しちゃった。今ではゲーム内でも石碑オブジェクトにまでなってるのにね」

「……はあ」

 自分の知らぬ世界で起こっていた変遷に、少なからず感慨しつつ、フツルは改めて極太魔法書に目をむけた。煌びやかな紅粒子を放つそれは、本の形をした宝石のようにも見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ