35話
「どういう意味だよそれ」
にっこりと、リョージはかすかにニヒルな表情で返してきた。
「旧世代のゲームコンソールには、プレイヤー自身が持つ不確実性なんてまったく加味されていなかったんだ。もちろんシステム上に選択肢のランダムはあったよ。でもね、現実世界を生きる人間の混沌(カオス)と比べれば、そんなものはあまりにもチンケだ。世の中はもっとぐっちゃりしてる。あらゆる要素が偶然に融和し無秩序に絡み合いながら、ボク等の世界は神秘的に推移してゆくんだ。ちょうどパンをくわえて登校をしていたら、女の子にぶつかって恋をするようにさ!」
……い、いや。それは極稀すぎるし、なんか意味もわからない。
積もった灰をすくってばら撒くリョージを、フツルは右眉を下ろしつつ見つめた。
「つまりはだ。ゲームシステムに奇遇な出会いが盛り込まれているって、そういうことなのか?」
けむった宙を眺めながら、リョージは首を横に振った。際して長髪が綺麗にゆらめく。
「Aボタンを押せばXの効果が期待できる。Bボタンを押せばYのアクションが起こせる。Cボタンを押せばZうんぬんまたしかり。そんな確実性に塗り固められた世界で見せられる出来事なんて、所詮は小さな箱の中に用意された劇にすぎない。つまらないよ。いずれ必ず飽きがくる。でもVRは違うんだ。ボク等がゲームの中で本当に出会うことができるのは、自分自身なんだ」
哲学的な言い回しになっていることに自分で気付いたのか、リョージは一度コホンと咳払いした。両目を閉じ、改めてゆっくりと開く。
「ボクは今さっき高レベルの魔法を放ったけれど、その前に一度こけちゃったでしょう。あの時ボク、心底ステージに『ムカついた』んだ。口で示すにはちょっと難しいけれど。わかるかな、目には映らない感情が、実際に隆起したんだ。そのときボクの中で変化した何がしかこそが、このクリティカルアーマメントにおける魔法の力なんだよ。スキルなんて関係ない、人間が元から持っているフィーリングこそがすべてなんだ」
「……ち、ちょっと待てよ。そんなことがまかり通ったら……」
もしリョージの言うことが本当だとしたら、ステータスの数値を絶対のより所として個々人が平等となれるMMOでは、そもそもゲームシステムや運営に無理が生じるのではないか。彼らは求めれば同クオリティが約束されている世界であるが故に、理不尽な現実と隔てて幻想を楽しむことが出来るのだ。他のプレイヤーと協調を図れるのも、心のどこかで互いに同枠のルールを共有する者同士だからこそのはずだ。それを《天性》に関わるセンスなるものが、ゲームの根幹であるはずのプレイヤーの強さを左右してしまうとなると、それはあまりにも、そう……。
「理不尽じゃないか。せっかく積んできたステータスが、目の前で単にキレたってだけの野郎に覆されるなんて、あんまりだ。僕ならそんなゲームに時間をかけるなんてこと、絶対にしないよ」
「誰もがそう思っていたクリティカルアーマメントの草創期、けれどみんなは気付いたんだ。自分たちが求めていた本物の世界、まったく新しい幻想の完璧をさ。……確かに、かつてのゲームコンソールや旧式のVRで形作られてきたようなシステムの確固性はそこになかった。はっきり言えば滅茶苦茶だったよ。でもね、それでいいんだ。ゲーム世界はようやっと拓いたんだよ。現実的な幻想世界、見せられるのは絶対に超えられない各個人の能力限界、痛いほど『本物らしいファンタジー』をさ」
言い切るリョージの瞳が、現実と見紛うばかりの輝きをもった。斜めに入る光のラインの奥に、アヴァター特有色のネイビーブルーが灯る。
「昔、いたんだ。ゲーム世界に初めて現実の理不尽と混沌を突きつけたパイオニアが――、独特の銀系魔法を好んでいたことから『白銀のレイ』って呼ばれてた。その人が自分の実体が作り出すことのできる感情や脳波を、ゲーム上のスキルとして広く活用しようとしたんだ。けれど不運なことに時世は彼を受けれいれなかった。まだ多重再生やEX唱詠の概念をもっていなかった当時のプレイヤーたちは、イカサマとか反則とかって思ったんだ。異質なものは忌み嫌れ、迫害される。結局、最愛の居場所を失くした彼は自殺しちゃった。今ではゲーム内でも石碑オブジェクトにまでなってるのにね」
「……はあ」
自分の知らぬ世界で起こっていた変遷に、少なからず感慨しつつ、フツルは改めて極太魔法書に目をむけた。煌びやかな紅粒子を放つそれは、本の形をした宝石のようにも見えた。