34話
「計りて値なきゴミを滅せ。我が怒りに触れる地を焦土にかえろ」
高らかに挙げられたリョージの手に光が収束してゆき、やがて爆発。世界を炎がつつんだ。
発動された魔法は、赤色、橙色をミックスした揺らめく情熱的な爆弾だった。天から無数の火炎弾が降り注ぎ、地に衝突すれば一つ一つがそこでグラウンド・ゼロ。地響きの度合いはジョーダンではなく、立っていられる、いられないのオアどころか立地そのものが木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
「うおおおおおおおおおおおお!」
爆風にさらされながら、フツルはリョージの腰巻に必死こいてしがみ付いた。不思議なことにリョージにはエフェクト(魔法による周囲の環境変化)の影響が届いておらず、魔法発動の余光を宿した体はずっと宙に浮き続けていた。見下ろせば、焦熱地獄と変わりゆくフィールドが赤々と色合いを変えて、熱気もグレートMAXに森が急速に焼失させられていた。大地までもが、まるで火に削り取られるように凹んでゆく。が、そもそもは勘違いだった。それまでフツルたちが地面だと思っていたそこは、実はすべて巨大な木の根で編み上げられた『層』だったのだ。それら根の塊がやがて真っ黒にコゲつけられ、次いで順よく灰へと化していった。
あっという間に光景は一変する。
その場所が先ほどまで森であったとは思えない、まさに灰の海が出来上がっていた。
「……レベルどーなってんだお前。ここまで出来ると、もうゲームとかつまんないだろ」
「そうかな? ボクはハッカーであってゲーマーじゃないからあんまり解らないけれど、気持ちは良かったよ? それにバック(雇い主)は世府なんだ。パラメータなんてイジッていて当然さ」
ふふん、と満足げにリョージが鼻をならした。こっちは呆れ顔だ。
「それはそーと、こんだけヤッておいて大丈夫なのか?」
地に着くと、もっそりと灰溜まりに足が埋まった。ふんわり粉がたなびく。一面をグレーの砂漠に姿を変えた世界は、なんだか煙っぽくてむしろ見通しが悪くなったような気がした。調査とは名ばかりに、やっていることはただの爆破テロ行為ではあるまいか。
「首謀者を洗い出そうっていうのに、これじゃ目立ちすぎだろう、ケホッ」
「ボクらがこの世界に侵入しているなんてことは、きっと踏み入った時点でバレてたよ。世府主導サーバへの介入はそうそう果たせるもんじゃない。いや、無理なはずなんだ。それを破り、この不可解な闇サーバを構築した主さんは天才さ。少なくとも人間の意識データがサーバ内にあるかないかぐらい、ちょちょいと解ってしまうぐらいにはね」
言いながら、リョージが手元の赤い本を「ふん!」と力みごちに投げよこしてきた。
アーチを描いて飛んできたソレをキャッチすると、フツルの全身にとんでもない質量が加重される。
「おもッ!?」
本、というレベルではない領域の重量感は一瞬間、フツルにがっちがちのバーベルを想起させた。掛かりくる重圧に耐え切れず、最後は思いきり尻餅をついてしまう。拍子にばっふう! と灰が巻き上がった。
「ぷぶへ! なにすんだよ!」
漂った灰がいくらか入り込み、口の中がもさもさになる。パック顔で怒ると、リョージは腹をかかえて笑いだした。しばらくしておさまると、涙目で言った。
「おもしろいでしょ? 魔導士なんてそもそもパワーがないのに、その書はバカみたいに重い。一種のジレンマをもった超難の武器なんだよ。中身の魔法は強力だけれど、実戦でその本を扱うには上級の戦士並みに力のスキルを高めなくちゃいけない。逆に戦士系には圧倒的に足りない量の消費MPを要求するから使えるわけがない」
真赤に彩られた背表紙が、きらりと紅い粒子を放った。
「魔法名『ゴンドラ』は力を、『ゼノ』は範囲を、『ファイア』は属性を表しているんだ。ボクが今さっき放った『ゴンドラ・ゼノ・ファイア』はね、訳せば『最強で超範囲の炎攻撃』になる。まあ、実際効果は見てもらった通り」
一陣の風に、周囲の灰が巻き上がった。
ようやっと本をどけ、フツルはなんとか起き上がった。体中にまとわり付く灰を、両手で何度か叩き落す。ノドが痒くて思わず咳が出てくる。
「つまり、ケホケホ。……僕には使えないわけだ」
「ところがどっこい、なんだなーこれが。ある条件を満たせば、誰でも使えるようになるんだ。――感情が世界を揺り動かす、それがVRゲームの魅力だよ」