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33話

 無機質の母胎の中ですでに己が自我を確立していた半人造の胎児――、キクルは肉体が組成されてゆく渦中にもすでに頭を働かせていた。言語的な思考方法をまだ得ていなかったキクルはただ身を守りたいという本能的な直感のなかで、自分の母親を探し出そうと幼き視野能力をフルに稼動させた。すれば液中、ぶくぶくと泡走るガラス面の向こう側にヒトの姿を見つける。

 白い衣を着ている(これは見て取ったのではなく感覚的に悟ったことだ)男性は愉快に、こちらを見つめ返していた。気色の悪い形相を引っ提げて、男は笑っていた。何かを果たし終えたときの恍惚的な表情が、舐めまわすようにじっくりと観察してくる。キクルは顔をしかめつつ訴えた。

 ――ママはどこ?


「やあおはよう。私の大事なモルモット」

 男がうれしそうに語りかけてくる内容など未だ七ヶ月に満たない胎児に解るはずもなかったがしかし、その男が眼の奥に潜めていたドス黒い野心には直感がビンビンと反応していた。このままここにいれば、いずれ自分は利用され、果てはこの男に破滅させられるかもしれない。キクルは恐怖に戦慄した。生まれたての生命にとって命の存続は目下至上なる目標なのであり、絶対に達成されなければならぬ自我覚醒以前の本能的使命である。

 逃げなければ。

 咄嗟にそう判断したキクルはまだ出来たての肢体が、己が脳指令によってコントロールできるのかどうか確かめようとした。稚拙で微々たる運動系の電子信号をバーストさせてみるが、未完成で細すぎる指先はやはりダメだった。腕も足もまるで言うことを聞いてはくれない。脳細胞の闊達さに、体がまったくもってついてこれていないのだ。不釣合いにも甚だしいもどかしさがキクルのフラストレーションゲージをぐいぐいと押し上げてゆく。やがてすでに泣く事すらウザったく思うプライドを持したキクルの体内で、「ぷちり」とはち切れるような音がした。

 ――クソったれが。

 ぼこっと水泡が一つ、キクルの口からこぼれ上がった。


 ☆§§


「――フツル?」

 心配そうにかけられたリョージの声が、遠くからゆっくりと耳に入る。

 まぶたを開けるとフツルは深く息を吐いて、なんとか笑顔を取り繕った。

「ああ、ごめん。……そうだな、また四人で集ろう。今度はちゃんと、言いたいことをハッキリと言えるように、僕も努力するよ。だからお前も」

「うん」

 後はにっこりとだけすると、リョージは再び険しい根だらけの森を進み出した。

 歪にも太い植物群は相変わらず地を覆い尽くしていて、ちょっと辺りを探索しようにも非常に手間がかかった。見上げれば三メートルは越す隆起した極太根っこが、一人分をすっぽりと覆い隠せるほどの巨大葉が、大きく迂回しなければ進めない塔のような木が、行く手を次々と塞いだ。

 あちこち枝にこすり切られて嫌気がしたが、見目凶暴なモンスターや強面のプレイヤーに襲われないだけまだマシと思えた。刃渡りメートル級の凶器をぶんぶん振りかぶられて追いまわされたり、牙むちゃくちゃ生えてますがな! 的なドラゴンに上空から超光線をぶっ放されたりするのに比べれば、物言わぬ植物なぞなんてことはない。

 と考えていたらリョージがすべって、転げ落ちた。

「……イタタ。ほんと不便なデザインだよ。邪魔すぎる」

 ここに来て苛立ちゲージを急上昇させたリョージが、再びアイテムストレージから極太書物をポップさせた。ぴょんと空に飛びだしたデカ本を食いしばりながらキャッチし、次いで懸命な所作で開くとまた読み始める。

 再びつらつらと唱えられる謎言語は、先ほどとはうって変わって音がキリリとした別の物になっていた。書物の背表紙からこぼれ落ちる光の粒子も、先ほどのグリーンではなく、真紅に輝いている。

「このゲームで使われている魔法って、なにか規則性があるのか? 素人の僕でも、本を読んだりすれば使えたりする?」

 唱詠を続けるリョージは「ちょっと見てて」という風で片目を閉じウィンクした。

 やがてリョージの周りを風が取り巻いて服がはためき始めた。大地に円陣の赤光が灯りだし、そこから小さな光燐が一つ、二つ、上空へ火の粉ように昇ってゆく。それが長髪の一本一本と絡み合いながら、リョージの全てが赤色に染まりだす。エフェクトは「フオーン」の長音をつれて、次第に音量を高めていった。

 そしてそこが遂にピークなのか、光も音も最高域でリョージが両目を開くと熱波が飛びだした。

 ――ゴンドラ・ゼノ・ファイア。


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