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32話

 ガラピオの力を借りつつベルジュの襲撃を脱し、転移システムをハッキングしたフツルとリョージは第一層から闇サーバの最下層へと辿りついた。視界は悪く、周囲の状況はおろか自分の足元すら明瞭としない暗がりの中である。湿をもった柔らかい地には葉か何かが重々と体積しており、踏みしめるたびにむしりと音がする。

 仰げば日の沈みかけた薄青い空が木漏れていて、そのわずかな光を頼りに、リョージは何やら書物を読んでいた。両手でも余るかなり分厚い本だ。表紙から蛍光グリーンの粒子がこぼれており、それだけで普通のアイテムではないのだと判る。現にリョージがぼそぼそと口にしていた言語は、これまでに聞いたこともないような不思議な音調を持っていた。

「……ジイラ・ボノ・ライト」

 ゲームでのロジック(魔法)なのだろう。記されたソレを静かに唱え終えると、リョージの前にふんわりと光球が現れた。次いでリョージがほっと息を吐けばそれを合図に、魂の明減を想起させる穏やかな光の玉が、フツルとリョージの間を定置として急激に膨張する。と、あたり一面、勢いよく明度が増してそれまで不明瞭であった世界が照らし出されてゆく。

 途端、フツルの前に視界を覆うほどの大木が姿をみせる。見渡してみれば無数、無限ともとれる巨木、そこから派生する太い根が、周囲を大蛇の群れのように覆っていた。そのうちのたった一本ですら、対峙しているだけで自分がちっぽけな存在に思えてしまう。思わず息を呑んでいた。

 現実であれば、日光の届かない木の内側に葉はあまり生えてこない。しかしどうだ。ここの木は下から上までをまったくもって効率性に従うことなくびっしりと枝が伸びている。その一つ一つにたくさんの葉が連なり、照らされながらひらひらと落ちてくる様はまるで雪のようだった。

 シワの深い樹皮の重厚さに惹かれ、フツルは自然と手を伸ばしていた。それはとても硬質なのに、無機質とは明確に違っていた。この世界に存在する全ては意図付けされたコードである。なのに、そこからは確かな生の温もりが豊満に発せられていたのだ。

 ――ぱたん。

 感慨にふけっていると、リョージが小気味良く極太書物を閉じた。次いで首を傾げ、

「おかしいな。最下層までくれば何か変わると思ったんだけど」

 周囲の景色が単にステージとしての「森」であることに不満があるらしく、リョージはぶつくさ言う。フツルの聞かされた話では、ここは「闇サーバ」と呼ばれている非公認のステージだ。誰が何のために作ったのか、何故あえて強権の世府に立てつくような行為に及んでいるのか、意図は皆目わかっていない。だからこそリョージは調査に来ているわけだが、天才ハッカーにとっても及ばないシステムがこの世界には組まれているらしい。

 幾度も仕掛けたハッキングはことごとく失敗している。しばらくはエラー音ばかり響く時間が続いていたが、とうとう業を煮やしたのかリョージはごにょごにょ欠伸をするとぽんと手を叩いた。

「ちょっと歩いてくるよ。フツルはどうする? ここで休んでるかい?」

 屈託なく笑顔を向けてくるが、とんでもない。

「こんなとこ一人でいられるかよ」

 また襲われたりでもしたら今度は本当にヤられそうだ。

 ……内心とっとと帰りたい気持ちを秘めつつ、フツルはリョージの後を追いかけた。光の玉も勝手に付いてきており、その自動っぷりが心なしか楽しそうにみえる。

「リョージ。……この一件が済んだらさ、ユイミに会ってやってくれよ」

 声をかけると振り向くことなく、リョージは「え?」と応えた。

 無理にとは言わない。けれど、リョージが引きこもるようになってから、誰よりも心配していたのはユイミだ。リョージが戻ってきてくれるよう、彼女はあらゆる手段を講じていた。家に訪問した回数もフツルの比ではない。学校の連絡事項や行事から、とるに足らない瑣末な出来事までびっしりと書き記した手紙を今も送り続けている。

 太根を軽く一越えしてから、リョージは不意に立ち止まった。少しの間を森の静寂が過ぎる。

「――そうだね。その時は一緒に、キクルにも会いに行こう。また四人で、あの頃のように集まろうよ」

 笑顔で振り向かれると、今度はフツルが言葉に詰まる番だった。

 フツルの双子の兄であるキクルは、母親の胎内から生まれた子ではなかった。もともと子宮に難のある母体であった為に、二卵性双生児としてこの世に生を受けた二人は早くして人生を分かつことになる。

 一人は母親の胎内に。

 一人は最新鋭技術を駆使して作られた擬胎ポッドの中に。

 前者はフツルで、後者はキクルだった。

 どちらも健全な子供として生まれ、誰が見ても微笑ましい、どこにでもある幸せな家庭に思えただろう。だが実際は違う。当事者には、特にキクルという無機質の母体で製造された少年には、その事実はあまりにも大きすぎた。彼は完璧だったのだ。本物の完璧主義者であった。



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