31話
宙に浮いている。飛び上がるような上昇感もあれば、真っ逆さまに落ちる浮遊感も一緒くたに、フツルは白い空間に漂っていた。キラ。キラ。キラーン、と。まぶたを開ければメルヘンチックに丸みを帯びた流星群が「星のカー○ィ」のごとく愉快におどっている。まったくもって不思議な世界である。もし、ここが仮想世界における【あの世】だというならば話はとっても解しやすい。さきほど食らったバカげた一撃――何チャラヴァーストによってもたらされた結果なのであれば、今このアヴァターは仮死状態であり、眼前に広がる光景は中にいるプレイヤーが目にする死後の世界ということになる。
不思議とフツルは冷静だった。宙にあぐらをかいて、となりに居るリョージを見やる。
瞳を閉じ、瞑想的なオーラをかもし出す友人は「ガラピオ」の鼻を引っぱっていた。
「……」
「おかしいんだ。いくら回復させても、鼻が伸びないんだよ」
漫画であれば頭上に青黒いタテ線をいくつも伸ばしていそうな残念っぽさで、リョージはその目をうるりと涙ぐませていた。周囲の星々に照らされて瞳がキラキラ煌く。
――は?
内心、友人が正気なのかどうか心配していると、リョージが神妙な顔で続けた。
「ボクの作ったプログラムではガラピーのHPは鼻そのもの、体力ゲージなんだ。それが伸びない。……もう、だめなんだ」
「え、えっ? 死んだの? いや、だってプログラムだろう?」
確かにガラピオは人間と日常レベルでの会話を成立させるほど高性能だった。しかしてそれは所詮リョージの造りだしたAIシステムなのであって、けっして生命的なものを意味しない。やろうと思えば、何度だって再製や複製を繰り返すことができる、例に倣って電子的なコードなのだ。ゆえに「死ぬ」などという重い言葉が使われるのは適切ではない。
浮かんだ疑問符が宙に溶けこみ、やがてずずっと鼻を啜ったリョージが応えた。
「ボクは自分が高尚なクリエイターだなんて思ってないよ。けれど、それでも創造主としてこれだけは守ろうって、誓ってることがある。――知能体である彼らには、ただ人間に使われるだけの奴隷のような役目を与えない。終幕は己が使命を全うして自らが下ろす。天命は定められた限りを精いっぱいに尽くすんだ」
顔を上げ、リョージはっきりと答えた。
「ガラピオは生きてるのさ。自らの意志でボク等にHPを譲ってくれたんだ。そうしなければ二人とも、あの攻撃で闇サーバから追い出されていたから」
思わず閉口した。言われてから、改めて鼻のなくなったガラピオを見る。その顔デカなキャラクターはぐったりとして動かない。個性豊かな、あのへんてこりんな表情も浮かべてはくれない。けれど何故か、今にも「さーせんした!」と軽口を言ってくれそうな気がした。
「なんだか、さみしいな」
「うん」
抱えていたガラピオのおでこに、リョージはそっと口を添える。「ありがとう」。優しく囁けば、それで終わりだった。ポイっと放たれた小さな体は宙をくるくる浮遊し、やがて遠ざかり、いつしか星々に囲まれて見えなくなった。
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