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30話

「な、何だよ多重再生って?」

「簡略しちゃって言うと、神のミワザですぜ。高速再生が『短時間に幾つものアクションを発動』するのに対し、多重再生は『同時に幾つものアクションを発動』させちまいやがる。考えてもみりゃあいい、ダンナ、あんたの放つ一発のパンチなんて高が知れてやがるが、もしもだ、あんたが幾十人にも分身して事を為すっていやあ、そら単純に倍々々の力量になるだろうが」

 そ、そう? そうなの? い、いや、むしろそれってゲームの範疇なのか!?

 内心VRの世界に驚嘆しつつ、フツルはとりあえずガッツポーズした。

「ふん! どーせ気まぐれもハッタリ、偶然だろーが! そんなカスカスのHPじゃ足掻いたってもうムダなんだよ。アタイにとっちゃあ高速再生も多重再生も、ほとほと見知った古技なんだからな! 上級者が大人気ねえだろうが、手向けに魅せてやんよ。ベルジュ様の真の実力、血印召喚! ウマターン!」

 話の最後に何か変なことを言うと、ベルジュの跨る召喚幻獣ユニコーンが光をまとって消滅した。すたっと地に足をつけると、ベルジュはカットラスの代わりに取り出した小型ナイフで自分の手首を切りつけた。真紅の液体が大量に流れおち、幾つもの雫が飛びはねる。

 ぴちゃ、ぴちゃり。

 大粒の水滴がやがてつうと伸びた一本筋の出血となり、見ているだけで何だか痛い気MAXになる。というのも切りつけた本人、かなり痛そうなのだ。ぴょんぴょん跳ねながら「イッテエ!」とか喚いている。……ならやらなきゃいいのに、と思うがそれも束の間、溜まった血の水面が突如ブクブクと沸騰しだした。こ、コレは絶対何かくるっ! と予感していれば案の定、やがて「クオオン」の効果音とともにベルジュの血溜まりから赤光と風圧のMIXが巻き起こった。

 トルネードしながら昇る風に、焼け顔少女の海賊衣がバタバタとあおられる。小柄な女性アヴァターの全身が赤光に呑み込まれ始めた頃合には、ガラピオも鼻をぐるぐる回して言った。

「やべえぜ、ダンナ。こりゃやべえぜ」

「鼻の回しすぎ!?」

「そうそうもう鼻がホントに回りすぎちゃって、ってちゃいますがな! ダンナ! 血印召喚ってのはやべえ、主人と幻獣との意思が疎通っちゃってやがるんだ!」

 そうか意思が疎通っちゃってやがるのか! 

 意味を咀嚼しているヒマもなく、爆流の中でなにやらベルジュに変化が起こった。バチィバチィ電流の迸る渦中から、ぼんやりと不穏なシルエットが浮かび上がる。そのスクリーンが徐々に巨大化をはじめ、小柄だったはずのベルジュの影がみるみる膨らんだ。

 そして遂に、お呼びでない怪物は形成されたのだった。


 ――グオオオオオォォォォォン!


 トンデモナイ圧力をもって、何がしか肉食系の鳴き声がぶっ放される。その威圧感に全身を叩かれて、フツルはおもわずよろめいた。重低音たっぷりなモンスターの吼えに一歩二歩とあとずさって、生唾をごっくりと呑みくだす。何が起こるのか想像もしえないが、いかに転ぼうとも穏便とはならないだろう。と、確信する。

 ズヴァーン!

 吹き荒れた横なぎの風圧に散らされて、紅い竜巻がかき消えた。その中心舞台に残された図体はあまりに大きくて、フツルはアゴを伸ばしきっても視界が届かなかった。

「き、恐竜っ!?」

 思わずそう言うと、やや呆れた声が(おそらくはバケモノの背中から)返ってきた。

「アンタばかあ? ゲームやったことねえのかよ!? これは正真正銘、クリティカルアーマメントでたった八人しか契約者のいない上級召喚幻獣――《ヴァハムウト》だ! しかと見とけ!」


 フシャア! 


 そのヴァハ何チャラさんが巨大なあぎとをぐぱっと開くと、湯けむり温泉ってぐらい周囲の空気が熱せられた。黒い肉体にぱっちりお眼々が真赤に輝き、きょろりと動いたソレがこっちを捕捉すると豊満な殺気をただよわせて細く絞られた。……エサ? とでも思っているのだろうか。口のよだれがパない。

 なんてこった。

 人生これまでフツルは数多の勝負をくぐり抜けてきた。しかしてそのどれもが人間を相手とした対人戦なのである。いくら強い相手だと言っても、人類枠の範囲を超えるような、こんな、こんなバケモノとの対決なんて――、

 いや、違う。

 さっき理解しかけたばかりじゃないか。いかに恐ろしい絵ずらが映し出されていたのだとしても、実際にこの仮想世界に存在しているのは電子的コードだ。例外なんてない。どんなに見目凶悪なモンスターだろうと、その実体は意味づけられた数値にすぎない。動き回る数字の羅列に、現にフツルは対応してみせたではないか。ならばもう一度同じ感覚をもってして反撃すれば、活路は見出せるはずだ。

「ダンナ、悪いが終わりだ」

「……へ?」

 突然、ガラピオの鼻がシュポッと引っ込んだ。鼻なしのその顔から生気が一気に消失する。眼は真っ黒に、口は全開、首はうな垂れてぴくっとも動かない。

「……は?」

 フツルが困惑していると、眼前に居構える巨大なバケモノが左右に翼をひろげた。それだけで豪風が周囲を薙ぎはらい、続いたアクション「羽ばたき」の一回が起こされた折にはもうフツルの体は後方へ吹っ飛ばされていた。残り少ない貴重なHPがガガッと削れる。

「あんたの多重再生、質は良いんだろうが所詮は付け焼刃だろう。どんなに立派なスキル引っ提げても、このベルジュ様のヴァハムウトにはぜえっっったい敵わないもんね。防げるもんならさあ、防いでみろよ! つっても、そもそもこのステージ自体が耐えられるかどうか疑わしいところだけどナ!」

 わーわーベルジュが喚いていると上空へ高らかに昇った黒竜から、なにやら不穏なオーラが放出され始めた。牙いっぱいの口をぐんわり開くと、そこに光が集束されてゆく。やがて輝く粒子が徐々にキレイな○と☆の融合した『陣』を形成すれば「クオン、クオン、クオン……」とヴォルテージの上昇音が響きわたる。

 ちょ、これ、ヤバイんじゃない?

「おい鼻! 死んでないでなんとかしろよ!」

 死に体のガラピオをぶんぶん揺すってみるが、一向に生きかえる気配はない。

 どうしよどうしよ! と迷っていた直後。上空から高らかにベルジュの声が響いた。

「我が前を塞ぎぬ不遜なるバカに死の鉄槌を! たっぷり食らえ!」


 ――ヴァハ超魔咆哮EXエクストラヴァースト!!


 特殊な技名が告げられると天上から大地へ、黒竜の吐き出した光が世界を呑み込んだ。サウンドはもはや※Ω♀☆×Жッ!!! 眩い極太の特大光線が注がれれば、すべては一斉に排除される。神聖なる光の稲妻が空間を歪ませれば刹那、幻獣の放った爆撃がフツルの体ごと闇ステージの大地を貫いた。衝撃はかけめぐり、余波は凄まじく、あらゆる凸凹をぶち消しながら同心円状に彼方へ向けてどこまでも拡散する。


 そしてフツルは消滅したのだった。


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