23話
満面の笑みを引っ提げて、セレイエはふり返った。
「あばよジジイ。お目付け役ご苦労だったな。……いやまあ不憫に思うよ。歳を取るっつうのも痛いもんだな? あんたが精神的にもう少し若かったら、一緒にウハウハしてやっても良かったんだぜ」
悶絶する老人に対し、白い歯を見せてやる。真赤に腫れあがった頭を撫でさすりながら、ジジイは呆れじみた顔をこちらへ向けてきた。
マスターズ優勝以後、セレイエの付き添い人として昼夜を問わず監視してくるおっさんは、俗称で「神様」と呼ばれている。何故かは誰にも解らない。だがいつ何時でもこのクリティカルアーマメントの世界に《居る》のである。どこからともなく現れては、プレイヤー達に助言を呈し、気付かぬうちにパッといなくなる。時には難攻不落のダンジョン最奥、ボス戦に突如として出現せしめ、取得難度最高峰と云われる《神魔法》によって形勢をぶち変えてくれることもある。すでに《最強》を謳歌しているセレイエにはまったくもって興味のない存在だが、今ではその老顔にもどこか馴染み深いものを感じている。一度、仲らいの関渉抜きに本気で戦り合ってみたい相手の一人だ。
「……おぬしは確かに強いのう。精神、技術、力、知識、その目に宿る貫きの大志。局面において揺るぎなく、境地に追われて尚増幅する野心にはワシも感服しておる。しかしですな――」
老齢のシワが深まり、目の奥にドワーフ・ハーフ独特の緑光が宿る。
「ウワサではかの闇サーバ、ただごとではないようですぞ。マスターズにも現れぬ裏のツワモノどもの往来も聞きますゆえ、おぬしにも刃の届く相手かどうか……」
「まだ言ってんのか。どーせネット界隈で出たホラだろうが。イチイチ鵜呑みスンじゃねーよ。……おっさん、強さってのは言伝に誇るモンじゃねえんだ。イヤでも解るように焼き付けて、本能的に示してやるもんなんだよ。口なんかで言わずともな、全六感、誰もが感覚だけで竦んじまうようにキチッとな」
左拳を固く握りしめ、胸元へ溜めこむ。そして次の瞬間には破壊不可オブジェクトであるはずの壁へ、膨大なエネルギー量をもってしてぶち込む。際して爆音が響きわたり、全空間が一瞬の時を《数センチ移動》して、視界が二重、三重にもブレ始めた。
たまらず姿勢を崩した神様だったが、その顔には《怯え》というよりはむしろ《哀れみ》の表情が浮かんでいた。
「ラ・ソノ・ポート」
一口に紡がれる呪文は瞬時に効果を顕す。すでに空間移動系魔法の長文詠唱を済ましていたのか、発動名をささやくと老体から青白い光粒子がほとばしった。徐々に肉体を消失させながら、去り際、神様は意味深く瞳を閉ざした。
「体外に示す、確かにそれも強さでしょうな。しかして努々忘れなさらぬことよ。何より己がうちに問い続けること、それこそが真に強き者の要諦ですゆえ――。……それとおぬし、戯れは良いが《オトコ》と寝るのは考えものですぞ。ちと気色悪いでな」
生じた効果音「モワアン」と共に、最後は目をかっ開いた顔を残すという、最悪の後味を漂わせて神様は消えた。
「……ふん、くそジジイめ」
「おまたせ致しました。こちらへどうぞ」
そこでやっとお目見えした麗しき娘っコだったが、ここにきて萎え具合は頂点に達してしまった。こめかみに「ぶちぶち」と血管が浮きあがり、半ば殴るように宙を叩く。すぐにポップアップした青白いスクエアウィンドウから装備を選択し、愛用の《鎧》と《アックスソードランス》を引き出す。
装着後はずんずんと迫ってゆき、その威圧に後ずさった少女を壁際に追い詰める。
そしておっぱいを横からビンタ。
「ああっふん。な、なにをなさるので?」
「トボケンナてめえオトコじゃねえか!」