22話
仙人ヅラした爺さんがしゃがれた声で言う。
「いけませぬぞセレイエ殿。おぬしの様な若者がこんな場所で戯れなど」
頭の天辺がハゲ、そのまわりにまっすぐ白髪をたらす老人の腰はぐんにゃりと曲がっていた。顔のシワは老齢の深さを醸し、慇懃でいてどこか憎たらしい所作はマジくそ爺臭い。その顔がさらに険悪な表情をさらして「くわっ!」と近づいてくるのだからいっそ消滅させたくなる。
「いけない? オレが行きたい場所でやりたいことをやっちゃいけないのか? おいジジイ、そりゃあ一体誰の作ったルールなんだよ」
クリティカル・マスターズ三連覇、前人未到の覇王『セレイエ』はとなりの白髪には目も向けなかった。その瞳、いきり立つ暴力的な虹彩から放たれる赤光は、妖精支族であるシーオークの外見的特徴だ。VRゲーム『クリティカルアーマメント』における世界マップ最北部の雪国「ティルーナノグ」に所属する武闘派の血統は、背中の翅が退化した代わりに、全身の筋がムキムキと厚くなっている。背丈もすらっと伸びやかだ。
そんな今日のセレイエは愛用の鎧も投げすて、上は胸元をあけたロゴ《ひゃっほー》入りTシャツ、下は七分丈のチノパンと軽い身形をしている。というのもここ、ピンク色に染め上がった建物に色鮮やかなイルミが光る《ウエットピンク》は、仮想世界における風俗チェーン店なのである。まさに「色っぽい」控え室では薄ピンク一色の壁に、女性アヴァターのお色気な写真がタップリと貼られている。来るに至っては、セレイエの思考は異性を吟味するのに稼働率が目一杯。せっかくの楽しみであるのだからして、じじいの腐敗しきった顔で己が昂ぶる精力を萎えさせてしまうようなことだけは、何としてでも避けなければならない。と、自負する。
「仮想とはいえここは世府の管轄下にありますゆえ、バレればただ事では済まされぬぞ。ましてやおぬしの名はクリティカルアーマメント中、全土に渡っておる。なおのこと世の反響は厳しくありましょうて。ここは一度気を鎮めてからですな、ふさわしき場において相応なる女性との交際を――」
「うほおっ! この娘ヤバイっ! キテルッ! マジ入った決めた!」
大声で叫び、となりの爺さんの頭をバチイイィィィン!! 平手でぶっ叩く。その衝撃で年寄りアヴァターのHPが一撃で消失! とは、幸い保護エリアである為にならないが、歳重ねの体が勢いよく沈みこみ、その中身の博識な脳ミソがかるくシェイクされる。
備え付けの革ソファから飛び上がると、セレイエはピンキーなカタログをカウンターの受付嬢に突き出した。
「この娘で決めた! ソッコーね」
「かしこまりました」
やたら胸元のラインが際立つ女性アヴァターは深々と頭を下げて奥へと引いた。他の項目事項と違いなく、性においても仮想は現実と一線を画している。巷で出会った見目麗しき女性アヴァターが、ややもするとリアルではむさ苦しいオッサンかもしれないのだ。しかも、それでいて仮想での《行為》そのものは規制されていない。愛し合うことを望むのであれば、例えそれが現実には《男同士》《女同士》であったとしても、関係なく床を共にすることができる。
しかし、それが現実に男女であったとしても、仮想上で起こった出来事に物理的な反応は皆無だ。つまり、子供は出来ない。
といって簡単に『行為』に及べるかといえば、そうでもない。未成年や風俗への規制は当然存在する。学生が堂々と仮想世界のネオン街を謳歌できるほど、このクリティカルアーマメントは甘くないのだ。
世界の絶対的第三機関「世界中央政府」はVRから得られる様々な余剰効果をグローバル経済の起爆剤としようとしている。ゆえに仮想における不安要素への対応は厳格であり、これまでも卑猥なる案件に対して例外なく現実的処罰を布いてきた。
しかしてだ。どこぞの人間社会でも同様、日の当たらない抜け道を二重三重と介して拓かれる手段というものも、一つや二つ、必ず用意されてあったりする。かくいうセレイエは先のクリティカル・マスターズで手中に収めた優勝賞金、総額五百万円をもってして裏道を徘徊しているのである。