21話
「はは、ははは……そう、そっか、そうだったのか……」
リョージは元気だった。心に傷を負って、もう二度と立ち上がれない精神的病魔に冒され尽くして……もう、ゾンビみたいに「ウオオ!」的な状態に陥っているのかとずうっと思いこんでいた。それがなんだ、あの世界中央政府から力を認められ、自分の才能を謳歌してうまくやっているではないか。もはや言うことなんかない。
「良かった。そんじゃあ、僕は帰る!」
ビシッと手をかざし、翻って扉を閉める。
そのまま廊下を二、三、歩いたところで部屋の中から「とててててっ!」と小走る音が聞こえてきた。続いて思い切り開かれた扉から、ベットシーツ一枚体に巻きつけたリョージがむむむ! 眉間にシワをよせていた。
『なんでそこで帰る選択肢がポップするう!? ふつー久しぶりの旧友に会ったらもっと時間をかけて色々語り合うとかするよねえ!? も、もちろんボクと君はライバルだから敵視するのは否めないにしてもだよ!? かけがえのない友達であることは、一生変わらな――』
リョージの言葉はそこまでで途絶えてしまった。彼が見ているものは、紛れもなくこちらの垂れ流す涙だ。が、そんなものをじっと見られていて気分爽快とはいくまい。
おもわず顔をそむける。が、崩壊する涙腺は留めようもなかった。
「おまえのせいで、こっちが引きこもりたいわっ!」
『ご、ごめんフツル。だから最初にあやまったんだ。……泣くなってば』
言う本人も泣いているのだから収拾がつかない。男が二人して、メソメソと泣きじゃくる。こんな姿ユイミに見られていたら恥ずかしくて立ち直れないかもしれない。
『ぐす、フツル、それじゃあ……許してくれるんだね? ぐす、ぶん殴られても全然平気なんだね?』
「あたりまえじゃないか。ぐす、僕たちはしんゆ……、ぐす……なぐ、なぐられる? えっ?」
殺気を感じたのは、まさにその時だった。背後から忍びよるメイド(マチノさん)の爆炎オーラを、もっと早くに気付くべきだったと後々も後悔してやまなかった。すぐに振り向くが事すでに手遅れ。曰く特製の《メイドメイドメリケン》=3Mを装着した拳が、フツルの横っ腹に、肋骨粉砕も辞さないパワーでもってしてめり込んでくる。その直後、
「うががががががっ!」
頭の毛先から足のさきっぽまで、ぶち貫かれる電撃的衝撃。いやむしろ、これは電撃そのものである。局所だけの痛みならまだしも、神経系を突っ走る暴力的電気系統に手も足もビクビクしっぱなしだ。
「どうですか。私の愛情タップリ3Mの力は。よく効くでしょう? これ、電気が流れるメリケンなんです」
「うががががががっ!」
言いたいことも言えない。やめろ、と言いたかった。
「ご主人様は今、困っているのです。いかにあれ、かつてあなたが裏切ったのは事実なのですから手を貸すのは当たり前でしょう」
「うががががががっ!」
ただひたすらに、やめてください、と言いたかった。頭が変な感じになってくる。
「説明の詳細は省きますが、あなたにはお手伝いをしていただきます。アヴァターはそのまま《あっち》に残してありますので再設定の必要はありません。一度中へ入れば帰路への《トビラ》は閉ざされてしまいますが、心配はいりません。なにせリョージ様がご一緒して下さるのですからね。サーバから送られてくる通信データを解析して同時に中へ潜りこむ予定ですので、《あちらの世界》でおとなしく従ってください。……頼みましたよ? それではようこそ――」
――闇サーバへ。
最後の言葉を聞くか聞かないかの瀬戸際に、フツルの意識は完全に途絶えた。
薄くなる視界の中で、ただ言いたいことは一つだけだった。
「3Mって……ただの、スタン、ガ……じゃ、ない、か……ぐへっ」