20話
青い背景に地球を模した楕円が浮かび、その内側にシンプルな装飾文字で《SGOW》とある。――『世界中央政府』を表す英語表記の頭文字だ。
イキナリ出てきた巨大なる組織の名に、ただならぬ背景を感じてフツルは顔をしかめた。以前、リョージは世界中央政府サーバへのクラッキングを稀ながら成功させた経歴をもっている。後に正体を突き止められて世間に名を公表されてからは音沙汰なかったが、その後、リョージと世府との間に何があったのかまでは知られていない。
世間的には公開処刑、――つまり公(おおやけ)に名前を曝されたこともあって、表面上は厳重注意で済まされていたはずだった。だが、稀に見る天才ハッカーと、VRWを推し進めようとする世界の中央政府。お互いに利害の一致が見合えるならば、その能力と権力との間に何かしらの扶助項目があってもおかしくはない。
『ボクはもう君の知る三酉 良治ではないんだ。世府に飼いならされたイヌ……いや、キツネと言った方が合っているのかな』
自嘲気味に吐かれるリョージの言葉。同時的にディスプレイの映像が『X‐X‐X‐X』(4X=フォックス)に切り替わる。ニュース番組で報道されていたその表記を、フツルは今でもハッキリと憶えている。ネット上に現れた謎の天才ハッカーが、標的にしたシステムやサーバの中に故意に残していくハンドルネーム、それこそがその「X‐X‐X‐X」だった。
『君も知っている通りさ。ボクは世間的にはもう死んでいる。ハッカーの命ともいうべき《本当の名前》がバレてしまったのだからね。世府に素性を暴かれ、その後もずっと目を付けられてしまった。身元を暴かれたことはまだしも、世府本部の役人がウチに出向いて来た時は流石にびっくりしたよ。あの『ゴルト』本人が顔を出してきたんだ』
リョージの瞳の中の光彩が、角度を変えてきらめく。
――ゴルト・ハイゼン。世府本部に座する世議会議員の最高議長だ。
『あの後、アイツにスカウトされたんだ。ネットの保護やシステム向上の手助けをして欲しいとね。何度も断ったけど、タブーを犯したボクに拒否権なんかなかった。結局、この通り――』
腕に接続されたケーブルをブチブチと抜きとり、リョージが自分の首元を指差した。白い肌の上に黒い線――バーコードが浮かぶ。
『今日、君を助けたのも他ではないよ。世府から受けた依頼を遂行するため、なんだ……』
どこか諦めのついた顔で、リョージが屈託なく笑って見せた。
『とはいえ、君とボクとの間柄だろう。正直、二度と会わないつもりでいたけれど、そう簡単に過去は振り払えない。君たちに、連絡もなしに消えたこと……謝る。迷惑をかけたくなかったんだ。もう、ボクは元の世界には戻れない。世府の《奥部》を知ってしまったからね。もちろん、身辺一帯も調べ尽くされ、君たちのことも……。だから、あえて拒絶したんだ。自分を世間から完全に隔絶し、君たちから世府を引き離すために』
「……それじゃあ、リョージが引きこもったのは……」
『当たり前じゃないか、君が思っているようなことじゃない。そもそもね、フツル』
険しそうに、リョージがぐぐっとまゆを押し下げた。
『誇大妄想も甚だしすきじゃないか。ボクがイジメで引きこもり? あの時そんな事になっていたら、ボクは迷わず君の家に行っていたよ。それで君の部屋へ駆け込んで、干からびるまで好き勝手に泣き叫ぶことを選んださ。たとえ、君がツンケンな物言いでボクを突き放そうとしてもね』
ふん、と鼻をならす顔はどこか満足げだ。それを見て、フツルは自身の大きな勘違いに、はたと気付かされた。もともと二人の間には腐っても壊れない、強くて太い絆があったのだ。心の奥底では信じていたはず。だが、閉ざされた扉の前ではそれも確かめようのないことだった。だからこそ、こうして直に言葉を聞くことで、胸のウチの氷塊は一息に粉砕される。