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19話

 

「……りょー、じ、なのか……」

 目を見開いて立ち尽くしていると、思いのほか反応は早かった。

 ぱっと開かれた巨大な瞳が、キョロキョロと人形のソレのように動き、やがてこちらを捕捉してピタリと止まる。するとおさな顔の少年は、かすかに笑ったような気がした。

 その懐かしき面影は忘れようもない。幼少のころを共に過ごしてきた最愛の友、リョージその人だ。なのにどうして、ソイツが本人であるとは到底信じられなかった。――死人、もしくは妖怪の類か。不吉なオーラの醸し方は、ホラー映画であればもはや受賞ものの凄みがある。

 久しぶりであることは抜いたとしても、これほどの違和はない。

 変わり果てた友を前に、フツルは紡ぐ言葉も見つからなかった。「イカしたアクセだね」などと言ったら、喜んでくれるだろうか。

 こちらの言葉を待っていたのか、その長さに耐えかねたのか、ケーブルに吊られたままのリョージが先に口を開いた。

『来る頃だと思ってね。ちょうどログアウトしたところなんだ』

 きらきら光る大きな目が、少しだけ細まる。

 凛々と鳴った高い音を、人の声だと認識するのに寸刻を要した。声というよりはむしろ、機械的な効果音といった印象が強い。ますますリョージに対する疑念やら嫌悪やらが増幅して、いよいよもってもうダメ認識むり的な混乱状態に陥る。半ば廃人の相を呈して、フツルはせっかく勇気を振りしぼって開けたドアを何事も無かったかのように再び閉めようとした。

 するとむむむ、とまゆをひそめたリョージが、ヴォイストーンを一段下げて言った。

『ボクをロボットか何かだと疑うのはやめてくれないかな、フツル。こんな体にだって、ちゃんと真赤な血が流れているんだ。いいよ、なんなら見せてあげても。だけどもほら。やっぱり痛いし、そんなの見るのもイヤだろう?』

「……おまえ。一体これ、どうしたんだよ」

 震える唇を堪えて、辛うじてそれだけを返した。ぽいっとリョージから視線を逸らす。周囲に徘徊するケーブルの一本を掴んで、持ち上げ――ようとしたのだが、想像以上の重量に数センチ浮かせるだけで精いっぱいだった。一体何を通しているというのか。

 浮き出した頭上の疑問符に気付いてくれたのか、リョージが説明を加えてくれた。

『ボクには単一の、それも物理的なインターフェースでは物足らないんだ。それは全て神経系をプログラムへと導く架け橋みたいなものだよ。そのケーブルを介して、ボクは脳髄から機器へ直接信号のやり取りをしている。慣れるまで体がビクビクするんだけど、今はほら、この通りさ」

 言うと、周囲のディスプレイに表示されるプログラミングコードが「ずざざざざ!」と量を一斉に増やし、新たなスクリプトを生み出しはじめた。

 すると部屋の天井に敷設された無数のLED照明がそれぞれ異なる速さで連続フラッシュし、フツルの足下になにやら文字らしきものを刻みこんだ。その一文字一文字を、目で追いながら小さく口に出す。

「フ、ツル。ご、めん、ね……」

 ――フツル、ごめんね。


 居構える巨大な機器を冷やす空調の音だけが、ぼうぼうと鳴り響く。

 そこかしこに溢れかえった黒いヘビに睨まれて、フツルは苦いツバをごくっと呑むことしかできなかった。

 しかし、言わなければなるまい。そのためにここまで決死の想いで出向いたのだ。

「……謝らなければならないのは、僕のほうだ。あの時、もっとちゃんと考えるべきだったんだ。本当に悪かったと思ってる。……ごめ――――」

 そこまで言うか言わないかの絶妙なタイミングで、部屋中に巨大な音が爆発した。


『――――ブッブウウウウゥゥゥゥぅぅぅぅ!!!!!』


 大音響をブチかます背後のスピーカーから、クイズ番組の不正解的な音響が鳴り轟く。咄嗟に耳を塞いで暴力的なサウンドを遮ろうと試みるが、もはや関係なかった。脳天をつらぬくような激振動に、フツルは目をひん剥いて驚き、背筋をぴーん! と張りつめた。

 やがて鳴り止み、それでも残る耳鳴りの激しさにこめかみがぴくぴくと痙攣する。

「こ、鼓膜が破れたらどーすんだよ!」

『君が謝る必要なんてないんだ! 謝るべきは、――ボクの方だ』

「――ッ!?」

 顔を曇らせたリョージの発言に、フツルはまったく意図が読み取れなかった。なぜ謝る必要があるというのか。リョージに呵責されるべき非などない。悪いのは全て、

『悪いのは全てボクの方だ。君に何も明かさなかった。君がここへ何度も足を運んでくれたことは知っていたんだよ。カメラ越しに君を見ていたからね。けれど、どうしても言えなかった。巻き込みたくなかったんだ』

「……いや、ちょっと待ってくれ……何の話をしてるんだ?」

 ワケがわからず、二、三、リョージの吊られた体の方へと詰めよった。次の瞬間にはリョージがマブタを閉じ、全てのディスプレイが一斉にあるロゴマークを映し始めた。その文字と絵が合体したような図柄に、フツルの中の記憶データベースがちくちくと刺激される。


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