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15話

「ヘタに動かれてしまうと、命の保障は致しかねます。どうか神妙に殴られてくださいね。それが身のためにもなるのですから。ああ、それとも」

 言いながらメイドが指を「ボッキボキ!」鳴らし、髪の毛をめらめらと逆立てた。

「自ら破滅を好みます?」

 ぎらつく瞳のその奥に、勘違いだろうか鋭利な殺意を感じる。次いで出た行動が他でもなく右手への「メリケンサック」装着なのだからもはや間違いはあるまい。状況の危険値は赤いゲージを振りきっている。

 とは言え、リョージ家に仕えるメイドさんたちとは顔なじみだ。いつも訪れるたびに明るく挨拶を交わし、こんがり美味しいクッキーや、取り寄せのブランド紅茶はもちろん、見送りのもてなしまでしてくれる。こうして目の前にいきり立つ少女もまた、名を「町野 ひとみ」といって親交のある人物の一人だ。エッチなことへの異常な厳しさは抜いたとしても、普段は笑顔の似合うとっても温厚な娘さんなのである。

 が、どうしたことか鋭いドスッ気を豊満に放ち、今はまるで極道に準ずるがごときそっち系のオンナと化している。メイド服の布地を透かして、キツイ文様の刺青(タテュー)が自然と想起されてくるほどだ。それほどまでに彼女を駆り立てる理由とは、一体何なのか。

「ちょ、ちょっと待ってよマチノさん、神妙にって……、まず説明してもらえる? 身に覚えがなさすぎて混乱するから! ってか、うあー。高かったのに!」

 しゃがみこんで落としたドラ焼きを拾う……、と思わせておいて状況を瞬時に確認する。照明がまぶしくて視界が霞むが、とりあえず入ってきた門側はすでにSPまがいの男たちが立ち塞いでいた。

 無論、前左右にも逃げ場はない。黒スーツの数はざっと二十人ほど。強行すれば逃げきれるだろうか、……いや、成功率はきわめて低い。多勢に無勢に四面楚歌、まさに事ここに極まれり! って感じで叫びたくなる。

「おとなしく気を絶ってくださいね。そして運ばれてください。ついでに私の勝手な希望を申し上げますと、アナタには大いに抵抗してもらって、その上でやむなく私が渾身の一撃をぶちかますッ! といった流れでお開きにしたいですね」

 てへっ、と舌出しウィンクのステキな笑顔。いや、いや、いや。

 後半は完全にマチノさんの身勝手でトチ狂った言い分なのだろうけれど、今はスルーしておく。気になるのはそっちではない。

「リョージがそう命じたのか?」

「無論、私どもはご主人様の言いつけで動いておりますよ。いつ何時でも」

 てへてへっと続けるマチノさん。

 その言葉が本当だとすれば、これは何かしら意図のある計らいに違いない。フツルは一度、リョージが学校でイジメられているのを無視したことがある。それ以後リョージは引きこもってしまい、気に病んだフツルが何度も謝りに行ったのだが、彼は顔を見せることさえしてくれなかった。もしかすれば壮大なる復讐劇の始まりなのか、とも考えなくはないがタイミングがおかしい。

 たった数時間まえ、フツルはリョージに助けられたばかりなのだ。

 VR体験の折に発生した非常事態エマージェンシーレッドのトラブルで、フツルは身をキケンに晒された。その窮地から救ってくれたのは他ならぬリョージだ。もし彼が、昔のことをまだ根に持っているのだとすれば、そんな気を起こすだろうか。いいや、そうであれば気にもかけず、放っておいた可能性の方が十分に高かったはずだ。

 だがリョージは助けてくれた。

 そう、助けてくれたではないか。その流れからわざわざ手間をとって、今ここで危害を加えるというのはやはりおかしい。なにより幼少期をともに過ごしてきたフツルには、リョージが安にこんなことをするヤツだとは到底思えない。

 屈託のない旧友たちの笑顔。四人で過ごしたかけがえのない日々、想いは、今もなおフツルの中で色褪せてなどいない。それはきっと、彼らも同じであるはず……そう信じたい。

 と、不意にメイドさんが構えをとった。そのまま一歩、また一歩とにじり寄ってくる。

「え、えっ――?」

 おもわず向かってくるマチノさんを凝視し、続いて周囲にかまえる黒スーツたちの姿をまじまじと見つめた。さらにもう一度メイド服姿に目をやり、その異様なシチュの推移に混乱する。他のSPまがいたちはまるで動く気配はないというのに、目の前のメイド服少女一人だけが戦闘の態勢を構えているのだ。それがまるで《マチノVSフツル》という構図を指し示すかのように、二人の間だけに緊張したオーラが走りわたる。

「あの、ええっと、この周りのヒトたち動かないの? な、なぜに《メイド》さんであるアナタが寄ってくるわけ?」

 意味がわからない。ここはあのSPまがいのスーツたちが襲ってきてしかるべきところじゃないのか。手順を間違っているんではなかろうか。

 疑問をあからさまに顔に出して戸惑っていると、マチノさんも一瞬きょとんとした表情を見せてきた。が、すぐに「てへ」っとして笑いだす。

「私が一番、つよいのですよ?」

「そんなバカなっ」

「では自分の目で確かめてみるとよいです。ご主人様を引きこもした耐えがたき恨み、今ここでたっぷりと晴らさせてもらいます!」


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