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14話

 フツルの普通の家があって、その隣にオシャレなユイミの家がある。そしてさらにその隣にはリョージの巨大なる家、言い換えて「屋敷」が構えている。

 家系図をたどれば戦後勃興期に名を馳せた一大企業の歴代取締役とあって「三酉 良路」の家は大層金持ちだ。だから、訪問がてら持参していくおみやげにもそれなりに気をつかう。幼馴染(おさななじみ)のよしみでユイミの写った雑誌でも持っていこうかと思ったりするが、あそこで雇われているメイドさんは常人の想像をはるかに超えて厳しいからダメだ。以前、フツルがリョージに謝罪の意を込めて(少しでも笑いを取ろうと思って)持っていったアイドルの秘蔵写真集は、ことごとく庭先の「メイド実験処理場」にて焼却処分されてしまった。「ご主人様を誑(たぶら)かすのは止めて下さい!」なんて、本人もまだ十八かそこらだったろう。十分エロいぞ、若メイドだって。

 そんなことを考えつつ、フツルは駅前の高級和菓子屋で、そこそこ名の知れたどら焼きを購入した。ついでによった牛丼チェーン店で定食をたのみ小腹も埋めて、準備は万端だ。

 向かう先はリョージの家だが、近隣同士なので結局自分の帰宅路でもある。暗がりの時頃に明るく光を放って賑わうこの道は、昔よく四人で通った商店街だ。あの頃は通るたびに商店のおっちゃんおばちゃんが目をかけてお菓子をくれたものだった。戻ることはけっして叶わないが、大切な思い出は今もこうしてハッキリと脳内の片隅に残っている。

「記憶障害……いや、まさかな」

 街灯の下をとぼとぼ歩きながら、さきほど医者に告げられたことを思い返す。VRWを正規で利用したのは、今日が初めてだった。フツルが史上最悪の黒歴史とする、無理やり処女を奪われるがごとくVR機器のテスターにされたのはもう十年も前の話だが、ソレは自らが記憶の完全なる消去に努めている。

 今回もどうせそのトラウマを引きずってか、もしくは元から肌に合わなかったのだろう。VR機器側のシステムが発する五感指令に体が馴染めず、のめり込めるほどの干渉も持てぬまま眠りにふけってしまったに違いない。そこでみた夢の中での出来事に、そもそも記憶も何もないだろう。

 そうこう考えていると、リョージの屋敷が見えてきた。

 相変わらず広大な敷地にどどん、と構える家城は高圧的にでかい。ホームセキュリティは確か安心と信頼をうたう屈指の企業アールショックだったはず。建物のまわりには一面を緑芝がおおい、その周囲を鉄格子の塀が巡っている。門には専属の常勤がいるのだろう、控え室が設けられている。

 寄って行き、その窓ガラスにこんこんとノックする。

「あのー、お隣のお隣の一林ですけど」

 と言えば、大体受け付けてくれる。ダメなのは企業関係者の集まりや、金持ち同士のパーティが催されている時ぐらいだ。今はそのどちらでもないので、たいして遠慮する必要はない。怖れっ気もさらさらなく、子供のころから通っている古巣のような場所と思っている。というのも、リョージの両親はとても暖かい人なのである。

「あのお! 一林ですけどー」

 何度か声をかけてみたが、返事は一向に返ってこなかった。

 ……いないのだろうか。

 せっかく高値のドラ焼きを買ったので、さすがにおいそれとはちょっと引き下がりにくい。応対が厳格でこちらが緊張してしまうので、普段はあまり触れないのだが、三酉家公式のインターフォンを使うことにする。黒い正方形に縦線の入ったスピーカ、その下方の丸ボタンに指をつけて、ぐうっと押し込む。するとピーンポーン! とどこかなじみ深い鈴が遠くに響き、しばらくして女性らしき人が応答した。

「一林様ですね。お待ちしておりました。中へどうぞ」

 同時にガガガ! と勝手に開き始める大きな門。

(お待ちしておりました?)

 が脳裏に多少引っかかったが、そのまま門の中へ。踏み入るとまたすぐに背後で門が閉まる音が響く。

 庭園を通りぬけ奥までゆけばそこにお屋敷の玄関がある。が、しかしフツルはその場で立ち尽くしてしまった。

 よく整備されて丈の均等な芝生庭のど真ん中に、白と黒を基調としてカチューシャまでつけた本腰のメイドさん(♀)が、腕組みをして仁王立ちしていたからだ。

 よくよくみると何やら雰囲気がおかしいではないか。敷地内の明かりは異様に薄く、全体的にダークオーラに包まれて暗い。その暗がりの中を、メイドさんのツブラな瞳だけが不敵に輝いてみえた。

「あ、あのお……」

 どうしたんですか? と言おうとしたフツルは、しかし次なる事の転移に言葉を紡ぐことができなかった。視界の中を焦がすように、急に光が差し込んだのだ。

 そのあまりの光度に目が眩み、思わず顔を伏せてしまう。

「少々手荒なマネっこですが、他ならぬご主人様が望まれたこと。ご容赦ねがいます」

 うら若きメイドが高らかにそう告げると、ザザッと周囲で何かが動く気配がした。

 必死に眼球の奥で光を引き絞り、どうにかして周囲の情報をかき集めようとする。白く霞む視界の中で、確認できたのは工事現場や球場で使われていそうな照明器具だった。それが円を描くように周囲に配置され、フツルめがけて一斉に照射している。その一つ一つに黒スーツ&黒メガネ(まるでSPみたいな)男たちが群がり、どうやらフツルは、そのサークルの中心にメイドと一緒に置かれているらしい。

「な、なんだッ? どうしたっ? 何があったッ?」

 フツルが手許から落としてしまったビニール袋が芝生の上でくしゃりと音をたて、丁寧に和紙で包まれたドラ焼きがポロリとはみ出た。


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