第六話 ~怪しい雲行き~
「息が詰まる。もっと広い部屋は用意できなかったのか」と、リタが呻いた。
「申し訳ございません。教会街内部には本来、信者の方しか入れないようになっておりますので」戸口の近くに控えていた男が答える。その声にわずかな侮蔑の念を感じたリタは気を落ち着かせるために深呼吸をした。
荒くれ者たちには身分不相応な場所にいる、と言いたいのだろう。今、追い出されるわけには行かない。落ち着け。
心の中で何度かつぶやき、それでも抑えきれなかった怒りは目の前に座るケイのむこうずねを蹴飛ばして発散する。
広間の中はざっと20人ほどの男がいた。どれも皆、殺気立った目をしており、それがまたリタの神経を逆撫でしていた。
なおも不機嫌な表情を崩さないリタに、涙目になったケイが言う。
「イライラするのは判るけどさ、なにも俺に当たることは無いんじゃないか?」
「あたしがイラついているときに目の前にいるのが悪い」
「理不尽」
「大体、こっちからわざわざ来てやったっていうのに武器を取り上げるなんておかしいだろう。もしかしたら――――――」
リタとケイの視線がかち合う。
「案外これは罠かもな」
「突然後ろからグサリ、なんてことになったりして」教会側で悪党共を始末しようとおびき寄せた可能性もある。
「まぁ、いざとなったら素手でも戦えるさ」ケイは興味をなくしたように投げやりに言った。
「武器といえばお前、自分のハルバードどうしたんだ?」
とたんにケイは決まり悪そうに笑う。
「あぁ、実はさ、隠れ家を抜け出す時に持ち出せなくって」大方のところ母様が持ち出しを禁じたのだろうと、リタは勝手に想像する。
「で、そのことなんだけど。リタは出て行くときにお宝結構持って行っただろ。だからさ、その・・・」
リタはケイの言わんとするところがわかり、笑みを漏らした。
「ほぉ。あたしにたかろうとするわけか」
「いや、やっぱ素手だとリタに迷惑かけることになるかもしれないし、な?」
「残念だが今あれはあたしの手元に無い」
「へ?」
「前の村の宿の裏に埋めてきたから」
若干青ざめたケイを励ますようにリタは続ける。
「でも金ならすぐに手に入る予定だ」
「そうなのか?」
「ここでの仕事を果たせれば報奨金が出るはずだ。しかもエルシリア教は信者の数が大陸一で知られている。懐に入ってくる金も相当のはず。そこまでケチじゃないはずだ。ま、この話が嘘で無ければの話だが」
きちんとした保障がない話ではあるが、ケイを元気付けるには十分だったようだ。
「そうと判れば一安心だ。お、なんかお話があるみたいだぞ?」
戸口から入ってきたのは若い神父だった。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。私が隠し通路探索の責任者を務めるクラークです。以後お見知りおきを。まず最初に言っておきたいことは、この探索には非常に危険が伴います。現に通路の中に入り帰らぬ人となった聖職者が何人もいます。ここで辞退していただいてもかまいません」
クラークは長い間を置いて一同を眺め回したが、誰一人その場を動こうとするものはいない。リタはクラークの顔がわずかに曇ったのを見て取った。
責任者を任されている男でさえ、この探索に乗り気でないらしい。
どんどん雲行きは怪しくなっていくが・・・。
リタは体の中をゾクゾクする興奮が駆け巡るのを感じていた。