第五話 ~再会~
リタの行方を追っているという青年は、酒場を出た後、すぐに馬を走らせた。
店主の話を信じるとすれば、リタにはその街で会えるだろう。
もしリタが街に寄っただけで、すぐに出発してしまっていたら、また手がかり無しで探さねばならないことになってしまうが。
せっかく足取りをつかめたのだ。この機会を逃す訳にはいかない。
次第に道の両側の木々が増えてきたところで、青年は馬を止めた。
道の脇に見覚えのある馬がうろついている。
近寄ると、どうりで見覚えがあるはずだ。リタが隠れ家から乗っていった馬である。
この近くに、いるのか?
そこまで考えた時、嫌な考えが浮かぶ。
リタがさらわれたという可能性もある。ここらにも奴隷商人はいるだろう。一人きりの少女など商人たちにとって格好の獲物だ。いくらリタでも何人にも囲まれたら・・・。いや、リタだったらむしろ商人を袋叩きにしてついでに身ぐるみを剥がしていそうだが。
突然、上から何かが降ってきて、馬から落ちる。あまりに突然であり、降ってきたものにのしかかられているので動けず、青年は受身をとれずに落馬の衝撃で肺の中の空気を全部吐き出した。
それから回復する間も与えられないまま、首筋に冷たい刃が押し当てられる感触がする。
「なんだお前一人なのか。てっきりもっと人数が多いかと思ったが」青年を見下ろしながらリタはつぶやいた。
「街に行く前に追っ手を一度始末しておこうと思ったんだがな」それにやっとのことで呼吸を整えた青年が答える。
「一人で追っ手と戦えると思ってたのか?」
「戦わなきゃ街に行ってから大変になるじゃないか。それよりさっき、何をぼうっとしてたんだ?」青年は正直に答えるとリタが怒るのではと危ぶみ話を逸らした。相変らずナイフは首筋に当てられたままだ。
「ちょっと考え事だよ。まぁ、無事に会えてよかった。ナイフをよけてくれないか?」
「一人であたしを追ってきた目的を言えば放してもいい。まさか一人でも捕まえられるとか思ってたんじゃないだろうな」心なしか喉への圧力が高まったようだ。
「違う違う。俺も一緒に連れてってほしくて追ってきたんだよ」
リタが一瞬、力を緩めたのをみて、青年はナイフを押しのけた。
「なんでだ?別にケイなら盗賊団でもやっていけるだろ」リタはナイフをしまいながら聞いた。
その問いに青年、ケイは大きなため息をついた。
「お前のいない盗賊団にいても意味がないんだよ」リタの方をまっすぐ見て言ったが、目があうとすぐに視線を逸らしてしまった。
「大体、小さい頃にずっと一緒にいるって約束しただろうが」
「そうだったか?」リタのつれない返事にがっくりと肩を落とすケイ。
「嘘だよ。ちゃんと覚えてる。なんてったってケイはあたしの記念すべき友達第一号だからな。置いていこうとしたことは謝るよ」
「じゃあ、連れてってくれるな?」
「ま、いいだろう。これから色々大変になるかもしれないしな」リタは楽しげに笑いかけた。
2人は並んで馬を進める。
「それにしてもなんでいきなり逃げようと思ったんだ?」
「別にいきなりじゃないさ。母様にここから出て行くと言ったら地下牢に閉じ込められてな。そこからほとぼりが冷めるまで3ヶ月待ってやっと実行できたんだ」
「なるほど。あの頃、会わせてもらえなかったのは閉じ込められてたからなのか。さすがお頭、ものすごい溺愛っぷりだな」
「あれは愛じゃないだろ。娘を監禁するとかどんな神経してるんだ」
「まぁまぁ。いやそれよりもさ、俺が聞きたいのは何がきっかけだったかってことだよ。今までそんなこと一言も言わなかったのに。やっぱお前が逃がしたあの娘が関係してんのか」
「リディのことか?まぁそれもあるだろうな。リディからは外の生活を色々聞いたから。そんなことより、あたしも聞きたいことがあるんだが。なんでケイはあたしの居場所がわかった?馬の足跡もできるだけ残さないようにしてたのに」
「リタだったら自分の痕跡を残さないようにすると思ってさ」
「つまり?」
「南の方は雨が降ってたから道に蹄の跡が残るし、他に通れる道は少ない。そっから後は勘を頼るしかなかったけどな」
「勘・・・」
「大丈夫だって。当分あいつらは来ないよ」
「途中で連れ戻されるのは嫌なんだ」安心させるように笑うケイを尻目にリタは後ろの景色にじっと目を凝らした。