コイツ、舐めてんのか。
「好きです。付き合ってください」
高校2年生の秋。
クラスメイトの男子に呼び出された放課後の中庭で、真田 ナオはその言葉を聞いて思った。
「コイツ、舐めてんのか。」
クラスメイトの柴田に呼び出されたのは、ホームルームが終わった直後だった。
「真田さん、ちょっといい?」
その声に振り向いた瞬間、ナオは心の中で盛大にため息をついた。柴田 太陽。クラスの中でも陽キャ中の陽キャみたいな存在で、180cmという身長の割に、子犬のような人懐っこい笑顔で女子にも人気だ。その柴田が一体私に何の用があるというのか。
放課後の中庭は人もまばらで、夕日が斜めに差し込んでいた。ナオは鞄を肩にかけたまま、特に表情を変えずに柴田の顔を見た。
「好きです。付き合ってください」
シンプルだった。飾りも前置きもなく、ただ真っ直ぐに。
ナオは一秒、二秒、三秒と沈黙した。
胸の奥に、すっと冷たいものが流れた。好き。付き合ってください。その言葉が、まるでゲームのセリフみたいに聞こえた。だって柴田 太陽がナオに告白する理由が、なにひとつ思い当たらない。
ナオは地味だ。自分でもよくわかってる。黒髪のロングヘアだけど、学校ではいつも顔が隠れるように下を向いて歩いてる。誰かと群れるのが得意じゃないし、友達も多くない。クラスの中で目立った記憶なんて、ほとんどない。そんな自分に、クラスで一番目立つ男子が告白してくる理由なんてひとつしかない。
罰ゲームだ。
背後でかすかに笑いを押し殺したような気配がした。見えない角のどこかに、スマホを構えて待ち構えてる奴がいてもおかしくない。
ナオは柴田の目を見た。
柴田は、真剣な顔をしていた。でも、目の奥にどこかほんのり後ろめたそうな色がある。まるで「ごめん」って言いたそうな目が、それを必死に隠してる感じ。
そう考えれば全て納得できる。
そういえば、今日のお昼休みに柴田がクラスの男子たちとババ抜きをして、ボロ負けしていたっけ。
ナオはゆっくりと息を吸った。
——舐めんな、よ。
怒りじゃなかった。もっと冷たい、静かな何か。
こんなにわかりやすく後ろめたそうな顔で告白なんてして、バレないとでも思っているのだろうか。
「……わかった。いいよ」
柴田が目を丸くした。なんてわかりやすい男なんだろう。告白しておいて、OKされると思ってなかったのか。あんまりにもわかりやすい反応に、ナオは口の端が上がりそうになるのをぐっとこらえた。
——面白いじゃない。どうせ嘘の告白なら、こっちの方から振り回してやる。
「え?今、何て?」
柴田がもう一度確かめるように聞いてきた。声に、隠しきれない動揺がにじんでいた。
ナオは前髪の隙間から、じっと柴田を見返した。
「付き合うって言ったの」
柴田はしばらく固まって、それから「……ありがとう」と言った。その声が、思ったより嬉しそうで、なんだか変な感じがした。
——後悔させてやる。
「じゃあ、明日の土曜日ヒマ?デートでも行かない?」
ナオは間髪入れずに、柴田に次の一手を仕掛けた。
柴田は状況に追いつけていないのか「あ、うん。空いてる…」と答えながら、頭の後ろをかいた。
「じゃあ、明日10:00に駅前で」
ナオは柴田に考える暇を与えずに、デートの約束を取り付け、中庭をでていった。背中に柴田の視線を感じたけど、振り向かなかった。
走って家に帰ったナオは、部屋のクローゼットを開けた。その中から綺麗なワンピースを手に取り、ナオは一人でかすかに笑った。
嘘の告白で付き合うことになった。嘘で塗り固めた関係の始まり。でも最初から嘘だとわかってるなら、傷つくことなんてない。
そのはずだった。




